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終わりゆく夢の日々

 そのまま川沿いを歩き続け、周囲は田畑ではなく木々に囲まれ始めた。

 山の中に入って暫くすると、目的地へと辿り着く。


「ほら、ここだよ」


 振り返ると、千歳は川岸の大きな岩を転ばないよう慎重に歩いて来ていた。

 しかし、オレの所まであと数歩というところで、踏んだ岩がぐらつきバランスを崩してしまった。


「きゃあ!?」


「よっと」


 倒れかけた千歳の体を受け止め、体勢を整えさせる。


「─────!?」


 そして、右足に感じる激痛。


「あ、ありがとうございます。......ごめんなさい、迷惑をおかけして」


「......あ、ああ。気にしなくて良いよ。それよりも、此処が目的の場所だ」


 足の痛みをおくびにも出さず返答する。

 そして眼前の景色を指差し、千歳の視線を導く。


「......わあ!」


 目の前にあるのは滝。

 それほど巨大というわけではないが、そこには小さな虹が架かっており、巻き起こる水蒸気が神秘を訴える。

 ごうごうと音を立てて滝壺に水を落とし続ける様も、一種の迫力を伴っている。


「昔言ってただろ? 滝を見てみたいって」


「覚えてたんですか?」


 滝からオレへと視線を移し、感極まったように言う千歳。


「ああ。お前が川に行きたいって言った時に、滝も見てみたいって言ってたからな。だから十年前、オレはこの陸間川に連れていくって言ったんだよ。この川は上流に滝があるし」


「......そうでしたか。そうでしたか! 嬉しいです! てっきり、ユウくんは私との約束はそんなに覚えてないんじゃないかと......」


「いやいや、ちゃんと覚えてるよ」


 オレが答えると、千歳は再び滝へと視線を移した。その顔には笑みが浮かんでいる。

 

 まぁ、これで良かったかな。


 オレは美しい滝を見つめる美しい横顔を、こっそりと見つめていた。



..................



「何か良いかんじじゃねぇか」


 滝の側にいる二人から少し離れた川岸にある五つの影。

 そこには、今も川遊びに興じているはずの一馬と桐花と渡。そして二人の子供の姿があった。


「おい、桐花。こりゃまずいぞ。ここにきて超強力なライバルの登場だ」


 隣の桐花に話し掛ける一馬。


「な、何よライバルって。ていうか、そもそもユウはあの子と付き合うつもりは無いって言ってたし......」


「甘い! 甘いぞ桐花! 男ってのはな、どんなヤツでも可愛い女の子には弱いもんなんだよ! 表じゃ美女に興味無さげにしてても、裏じゃ思い切り鼻の下伸ばしてるもんだ!」


「それは個人差があると思うよ?」


 すかさず渡が突っ込む。

 自分がそんな生物の一つだと誤解されたくないのだろう。


「ねーねー、一馬お兄ちゃん達は何してるの?」


「何してるの?」


 その三人に引っ付くように後ろに佇んでいるのは潤と玲音。

 無垢な子供達は、一馬らが何をしているのか分からないらしい。


「気にしなくていいわよー。ここは大人の世界だから」


「ふーん」


「分かったー」


 曖昧な返事をすると、二人は興味を失ったらしい。


「でも、実際に何をしてるんだろうね? ユウ達は」


「さあな......正直な話、ユウが何を考えてるのか分からないよな。振った女の子を家に泊めたり、二人きりになろうとしたり」


「でも、ユウの様子を見ている限り白峰さんが好きってわけでもなさそうだよね?」


 渡と一馬が考察を始める。

 暫く二人して黙って考え込んでいたが、諦めたように顔を上げる。


「なあ、桐花はどう思う? 女の勘みたいなものとか発動しないか?」


 桐花に尋ねる一馬。


「うーーん......私もユウが考えてることはよく分からないけど、でも、白峰さんは......」


「え? 千歳ちゃん? いやいや、千歳ちゃんがユウのこと好きなのは分かりきってるだろ」


「確かに白峰さんはユウのこと好きなんだろうけど......でも、それだけじゃない気がするの」


「それだけじゃないって......ユウにアプローチする理由が他にもあるってことか?」


「うん。多分だけど白峰さんは────」


 桐花が何事か言おうとしたその時、奥から千歳達が歩いて来ている姿が目に入った。


「やべっ!? 尾けてたことバレたらユウにキレられるぞ! おい、ボウズ達! さっきの所に戻るから早く来い!!」


 五人はそそくさとその場を立ち去るのであった。



..................



 オレと千歳はもときた道を遡っていく。

 オレは右足の傷みのせいで上手く歩くことができない。

 そんなオレの不自然さから足の負傷を見抜いたのだろう、千歳が声を掛けてきた。


「!! ユウくん、その足は!?」


 動揺気味に叫び声を上げる千歳。


「ん? ああ、大丈夫だよこのくらい」


 何とか強がってみせる。


「......もしかして、先程私を庇った時に岩にぶつけたのですか?」


千歳はオレの腫れた右足を遠慮がちに見ながらそう口にする。


「だから、大丈夫だってこのくらい」


「でも──────!」


「あ、そうだ。それよりも、何でお前はオレをあだ名で呼んでるんだ?」


 無理矢理にでも話題を替えてしまおう。


「え? あ、それは......ファミレスで一馬さん達と出会った時に、皆さんが勇也くんのことをそう呼んでいたので......あの、ご迷惑でしたか?」


「いや、むしろ好都合だ。この歳になって女の子から下の名前で呼ばれるのは気恥ずかしいしな」


 ならば、皆がオレを呼んでいるようにあだ名で呼んでくれた方が良い。


「そう、ですか。良かったです」


 それから、オレと千歳は黙って歩き続けた。

 やがて山を出て、先程の場所が遠くに見えるようになる。

 そこでは、一馬達が変わらず遊んでいた。


「あの、ユウくん?」


「? どうした?」


 その光景を目にして、ようやく口を開いた千歳。


「本当にありがとうございました。私の川に行きたいという約束を果たしてくれて......それで、その......いつか、あの約束も────」


「早く行かなくて良いのか? せっかく来たんだ。精一杯遊んでこいよ」


 その言葉をオレは遮る。

 その答えは既に出した筈だ。

 オレは君を幸せにするつもりだが、君の望む形で叶えられることはない。


 オレが返答を拒否したのを察した千歳は、悲しそうに微笑んで、一馬らの元へと駆けていった。


 その姿を見届け、オレはすぐ横を流れる川に、打撲した右足を突っ込んだ。



..................



「いやぁー楽しかったなぁ!」


 一馬がそう叫ぶ。

 時刻はもう夕暮れ時。夕焼けに染まった周囲の田んぼから名も知れぬ虫の鳴き声が響く。

 思えば、あれから長いこと川で遊んでいた。


「そうね。何せ小学生以来だもの」


 一馬の感想に賛成する桐花。


「玲音達も楽しかったーー!!」


「うん!!」


 子供達も満足したようだ。


「じゃあ、そろそろ解散ということにしようか」


 渡が提案する。


「そうだな。もう夕方だし、早めに帰るに越したことねぇもんな。じゃ、皆おつかれー!」


 渡の提案に賛同した一馬は、誰よりも早く荷物をまとめ、自転車に跨がり帰っていった。


「じゃあ、私もこれで」


「僕もおいとまさせてもらうよ」


 続いて桐花と渡がこの場を立ち去っていく。


 残されたのはオレと千歳と子供達。あとは変わらず堤防の上にいるあの男だけ。


 オレがルーちゃんを両手で挟み空気を抜いていると、真横を子供達が駆け抜けた。

 どうやら鬼ごっこを始めたらしい。

 あれだけ泳いでいてまだ体力があるとは。


 その姿を見ていると、ふいに横から声が掛けられた。


「あの、ユウくん。よければ手伝いましょうか?」


 ありがたい提案をしてくる千歳。


「いや、大丈夫だ。あと少しで抜けきると思う」


 実際、ルーちゃんはもう大分萎んできている。

 あと三十秒もしないうちにペチャンコになるだろう。


「そうですか......では、私は荷物を整理しておきますね」


 少し歩いた所に置いてあるオレ達四人分の荷物を指差しす千歳。


「ああ、よろしく頼む」


「任せてください」


 そう言い残し、千歳は歩き去っていった。

 オレは何気なく視線を横から正面の川へと向ける。


 あ、そういえば。

 濡れた水着をそのまま水泳バッグの中に入れると川の生臭さがバッグに移ってしまうのだ。

 洗えばいいとはいえ、そうなることは極力避けたい。


「千歳、水着をバッグに入れるときはタオルで包んで─────っ!?」



 千歳の方を再び振り返ると、そこには先程までの千歳の姿はなく、地面に倒れ伏し、荒い呼吸を繰り返す千歳の姿があった。

 


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