5億円
今回、いよいよ琴美が出てきます。物語も軌道に乗り始めます。
葉田葉太は目を覚した。空っぽの自室で痛む腰をさすりながらも、なんとか立ち上がる。
昨日一度目を覚してから、二度寝して起きてみればもうこんな時間だ。おっぱいスマホケースを着けたスマホで時刻を確認すると、もう日曜日の9時だ。昨日寝たのが七時だったことを考えればだいぶん寝たことになる。
空っぽ。はっきり言って空っぽだ。
部屋じゃない、葉太の心が、だ。
涙はかれるものじゃない。一晩中寝ながら泣いていたのだろう。目が、やべー腫れてる。
千歳への余命宣告。
それは葉太にとっても、辛い現実だった。
だが、なんとしてでも千歳には生きていて欲しいと思っている。自分にできることは必ずあるはずだ。
これは葉太の予想でしかないのだが、担当医の言葉から察するに、心臓移植をすれば恐らく千歳は生きることが出来るのではないか?千歳は助かるのでは無いだろうか?そんなことを考えていたりもする。
その為にできることなら、なんだってしよう。千歳は僕の生きる意味なんだから。
そう決意し、自室から一歩足を踏み出す。
リビングに着くと、父さんが朝食を作っていた。チラッとその視線を葉太に向けると、声をかけてきた。
「葉太、千歳ちゃんのことは聞いたよ。父さんもできる限り千歳ちゃんの病気の治療の助けをしたいと思っている。だから、あんまり抱え込むなよ。」
おやっさんから聞いたのだろうか。葉太の腫れた目を見て、心配してくれているようだ。
ありがとう。そう返すと、朝食の準備を手伝った。
トントン。葉太が靴を履く音が玄関に響く。行ってきます、そう声をかけて家を出る。
目指す先は千歳が入院している病院だ。
少し歩いた後、バス停でバスを待つ。秋の朝は寒く、呼吸をするたびに体温を奪われていくかの様な感覚になる。
あと5分ほどでバスが来るようだが、寒さが、泣き腫らしてデリケートなお肌を刺激しているのを感じて、あらまぁ、なんて独り言を漏らす。
「先輩?」
唐突にそんな声が後ろから聞こえた。聞き覚えのある声だったので、思わず振り返る。
後ろを向くと、声の主の目と、葉太の腫れぼったい目とが合う。
「人違いでしたすみません。」
そう言うと、声をかけてきた人物は頭を下げてきた。それに対して葉太も口を開く。
「いや僕だよ。セリヌンティウスだよ。」
「ウフフ、もうっ冗談ですってばよーた先輩!何でここにいるんですか?」
そう声をかけてきたのは、中学生時代のサッカー部のマネージャーである結理小町だった。茶髪をショートボブにしている可愛らしい顔と幼い声は記憶の中のままだ。
「明日からそこの高校で転校生をする予定なんだ。小町こそ何してんだ?」
「いえ、ちょっと病院に用事がありまして。」
「風邪でもひいたか?エーミール」
「まぁ、そんな感じです。それより転校って本当ですか?」
「本当だ。」
「それよりも、その目が気になるんですけど。どうかしたんですか?」
「聞いてくれ小町。昨日の夜寝る前にスマホでエロマンガ読んでたら、寝落ちして乳首が目に刺さった。」
「セクハラな所変わらないですね。それよりも、エロマンガのおっぱいは、スマホから出てきませんよ。」
「いや、スマホがおっぱいなんだよ。おっぱい。」
そう言って葉太は、ポケットからおっぱいスマホケース付きのスマホを取り出す。オオゥ美乳。
「さっきから先輩のポケットがモッコリしてたのはコレだったんですね。揉むな揉むな。」
スマホをフニフニと揉みながら葉太は小町に話しかける。
「もしかして、小町もあそこの高校?」
「そうですよー、よーた先輩。小町と同じ学校嬉しいですか?もしかして、小町のことやっぱり好きになっちゃったりしますか?気が変わったりしませんか?」
「ちゃんと昔にフッたはずだ。僕は千歳のことが好きだって言っただろ?」
そう、この小町という後輩は葉太ラブなのだ。小町の中学入学式の日に、電車内で痴漢を受けていた小町を助けたのが、当時中学2年生だった葉太だったのだ。
それからはずっと葉太のことを大好きで、サッカー部のマネージャーになったのも葉太のためだ。その証拠に葉太の引退と同時に辞めている。
「うぅ、残念です。あっバス来た。乗りましょう、よーた先輩。」
その後、バスに乗ったあとも他愛無い話をした二人は、病院前のバス停で下車した。ちなみに、千歳の病気のことはあまり言いふらすような事でもないのでまだ黙っている。
「じゃっ、よーた先輩。小町はこっちの棟なのでここで。また連絡くださいねー。」
またなー。葉太もそう返すと、千歳の病室に向かって歩き出す。
千歳の病室の前に立つと、中から話し声が聞こえた。千歳と成瀬と、あと琴美の声もする。
トントン、っとノックを2つして「入るぞ」と言うと、中から、はーいという声が聞こえてきた。
ガラガラ、とドアを開けると、千歳と目があった。
「誰?」
ベットの横から声が聞こえる。琴美のものだ。
「忘れてしまったのか?ブルータス」
「あ、ようたくんだね。目がすごく腫れてたから驚いちゃったよ。会話にいちいち小ネタ入れてくるのは、昔と変わんないね?」
「千歳ほどじゃないが、かわいいね。ディオニス。千歳ほどじゃないけど。」
葉太は琴美にけんかを売る。
「はいはいそうですね。でも、もう私彼氏居るもんねー」
そう言って隣に座っている成瀬に、ねーとか言っている。おい成瀬、顔で惚気けるな。
「昔は僕のことを愛していたのに、どうしたんだ?フィロストラトス。」
「アンタがフッたんでしょうが。アンタが。」
「そんな酷いこと言わないでくれよ、ルロイ修道士。おっと、そういえば、確かポケットに懐かしき日のラブレターがあったような−−−−。」
あったあった、と言いながらキレイに畳まれた紙をポケットから取り出す葉太。
「やっ、ちょっとなんで持ってるの。」
「そりゃあ、君が僕にくれたものだからね。ジャン・バルジャン。久しぶりに読んでみようかなー。ようたくんへ、ようたくんがあの時・・・・・・・・お返事待ってます。っと」
顔を真っ赤にして、うぅーと悶える琴美を横目に見ながらも、葉太はもらったラブレターを最後まで読み切った。
「!?!?!?!?!?!?!?!?!?っ」
完全にショートして何も喋れなくなった琴美に、葉太は追い打ちをかける。
「良く出来たラブレターだね。何度読んでもグッとくるよ。将来はポエマーにでもなったらいいのに。これからも毎日朗読させてもらうね。」
「イヤァァァァァァァッァァァ‼」
「病室で騒ぐな琴美。千歳になんかあったらどうするんだ。」
「うぅー、昔からイジワルなのも変わってない。ていうか、なるくんも読み上げてるの止めてよね!」
「いや、だってそのー、ねー」
なるくん、と呼ばれた成瀬はお茶を濁してる。
「成瀬をあんまり責めてやるな。このラブレターはクラスの男子全員の前で朗読済みだから、成瀬もすでに聞いたことがある。」
「ほんとにクズじゃん。ようたくん、そんなんだから千歳にフられるんだよ。」
恐らく千歳から聞いたのだろう。葉太がフられたことは。
「いや全然気にしてない。千歳が僕の事をどう思っていようと、僕は千歳だけを愛しているからな。」
そう言うと葉太は、ベットに近づき千歳に大丈夫か、と聞いている。
「うん、大丈夫だ、よーた。それよりも、琴美も葉太も昔から、ずっとこの調子だよね。」
「琴美をいじるのは楽しいから、ついつい。」
そう言うと、葉太は部屋の花瓶に花を飾る。千歳は、「あっ、その花かわいい。」と言っている。部屋の隅にあった丸イスを成瀬の横に持っていき、腰を下ろす。
「千歳、医者から何か聞いてないか?病状について。」
いよいよ、葉太が一番気になっていることを尋ねた。
それに対して、千歳も真剣なトーンで話し出す。
「実は、−−−−心臓移植ができたら助かるかも知れないって。」
「良かったじゃん。千歳。いつ受けれるの?その手術。」
声に喜色を含ませた琴美が千歳の手を握る。しかし、千歳の表情は優れない。琴美の手を握り返しながら言葉を続ける。
「でも実は、私に移植可能な心臓が日本には無いって言ってた。
だから、アメリカに行かないと手術を受けられないんだって。
担当の先生が手術の日程の都合を、すでにアメリカの病院とつけてくれたらしいけど、それが来年の3月の予定。」
そのあと、とっくに諦めたように哀しく笑い、重大な事実を告げた。
「その手術の日までに、必要なんだって 『五億円』 」
千歳は淡々と、諦めたようにそう言った。
病室に、秒針の音だけが響いた。
時間は、刻々と過ぎ去ってゆく。
金を金を金を金を金を金を金を、というのが次回のお話です。




