改めて、害虫退治
「うわぁ、本当にいっぱいいるよ……」
ロイさん一行と別れてから少し。
二本目の石香炉が見えてきた辺りで、私たちはその様子を窺っていた。
先に見える石香炉の傍には、ヘルデ甲虫らしき黒い何かが、もぞもぞと蠢いている。
ロイさんの話では次から次に数が増えたといっていたけれど、あれ、十匹以上いるのではないだろうか。
「……結構近付きましたけれど、このぐらいなら大丈夫なのですか?」
私の目でも、数を数えられる程度の距離。
件の甲虫はてんでに群れているから、中にはこちらに頭を向けている個体もいる。隠れるところもないし、当然こちらも相手の視界に入っていることだろう。
「ヘルデ甲虫は目が悪いので、結構近付いても平気なんです。大きな音や振動を立てなければ、もう少し近付いても大丈夫ですよ」
その分気付くとしつこいですけど、とアリシャが答えてくれる。
「ならロイさんたち、よく逃げてこられましたね?」
「あの人の馬は良い馬のようでしたから、少し無理をさせて振り切ったんだと思います」
「へぇ……って、馬の良い悪いなんて分かるのですか?」
「足運びが滑らかでしたし、筋肉の付き方も無駄がありませんでした。それに、結構な速度で走ってきた割りに、すぐ息が整っていましたから」
おぉ、思ったよりも専門的っぽい回答が返ってきた。アリシャは馬の良し悪しまで分かるのか。
……この世界、競馬的な催しはないかな。一攫千金を狙えたりするのでは。
「でもあれ、何をしているのかしら……」
「別に、餌を食べているようにも見えないよね?」
邪なことを考える私をよそに、年長者二人組は、甲虫の様子を窺いながら真面目に対応を相談していた。
ところで、私には細部までは見えないからそこまでではないけれど、小型犬ほどの昆虫って結構衝撃的だ。
その割りに、目が良いらしい二人とも、何でもないような顔をしているって凄くない? 生理的な気持ち悪さってどうしようもないだろうに。
「何もないのに、わざわざ石香炉に集ってるって……、晶石の交換が間に合わなかったってこと?」
「いえ、それは無いわよ。交換の日程は割と余裕を持たせているもの」
何でも、一度交換すれば、その効果は平均二十日程度保つらしい。今回は、前回の交換から十五日しか経っていないのだとか。
故障も考えづらいけれど、とルーシャさんは首を傾げていたものの、切りが無いと思ったのか、仕切り直すように頭を振る。
「いずれにしても、このまま放ってはおけないわ。私たちで何とかしましょう」
「えぇ……? それはちょっと無茶じゃない? 数も多いし、軍から人を出してもらった方がいいよ」
「それじゃあ時間がかかるじゃないの。理術士が二人いるのだもの、遠距離から先制して数を減らせばどうにかなるでしょう?」
「遠距離からって言ったって、君が得意なのって火でしょ? 結構近付かないとダメじゃない」
火の属性は、意外と戦闘には向いていない。と言うより、結構扱いづらい。
一番手軽で一般的な方法は火球を撃ち出すことだけれど、これが案外殺傷力という点では大きくない。
あくまでも火の玉だから、何かにぶつかればすぐに形を崩してしまうし、それで爆発ということにもならない。だから、一撃必殺とはいかないのである。人間相手であれば、それでも十分なのだけれど。
さて、それなら“仕留める”にはどうすれば良いかといえば、死ぬまで炎を浴びせ続けることになる。汚物は消毒的な、火炎放射という奴である。
けれど、それには当然、相当の間合いまで近付く必要があって、開けた地形でそれを狙うのは無理が大きすぎる。
「仮に気付かれずに近付けても、当てられるのなんて最初の一発だけだよ。その後は、間違いなく狙われるし……。それに、あそこにいる分だけで済むとも限らないでしょ」
「それなら尚更よ。このまま時間が経てば、もっと厄介なものが寄ってくるかもしれないわ。それで街道封鎖になんてなったら、目も当てられないもの」
対応に二人の意見が割れる。
安全策を採りたいミーネさんと、面倒の種は早急に潰しておきたいルーシャさん。
どちらが間違っているということでもない。守護隊と王女という、それぞれの立場もあるのだろう。
まあ、退治してしまえるなら、面倒がなくて一番良いのだろうけれど……。
ふむ。
「アリシャ。そういえば、頼んでいたのが出来上がったって言っていましたよね? 今持っていますか?」
「へ? あ、はい。リピネル草を煎じたお薬ですか?」
肩に提げていた雑嚢から小箱を取り出して見せてくれる。
小箱の中はいくつかに小さく区切られ、それぞれに丸薬と軟膏らしき薬が保管されていた。アリシャはその中から、薄ら桜色をした丸薬を選んで私の掌へ。
他の薬は常備薬だろうか。この世界のそれがどういうものなのか、ちょっと興味はあるけれど今は後回しだ。
「理術士が理力欠乏の際に服用するお薬を、真似て作ってあります。でもリリ様も御存じのとおり、本来はきちんと選別されたリピネル草を使わないと意味が無いので……。現状だとこれは、ちょっとだけ甘い錠菓ですよ?」
リピネル草を摘んだときにミーネさんからも言われたけれど、そこは織り込み済みだ。
本来なら効果がなかったはずの質のものでも、私には効果があった。ならば、万が一、ということもあるかもしれない。
実際、効果が出るならしめたもの、程度の思いつきである。
……作ってもらった身で、そうは言えないけれど。
掌の丸薬を口に含み、噛み砕く。うん、確かにほんのりと甘い。
「……錠菓にしては、物足りないですね」
「それはそうですよ。一応、丸薬として作ったんですから」
おやつが食べたかったんですか、とアリシャに笑われてしまう。しまった、また腹ペコキャラの印象が強まってしまった気がする。
もう少し気を引き締めよう。印象は大事だ。
それにしても、この薬、効果はあるのだろうか。リピネル草をそのまま口にしたときは、結構すぐに効果を感じたものだけれど。
注意深く身体の変化を探ってみれば、何となくお腹が温かくなっているような、そうでもないような。
……いや、なっている。うん、そういうことにしておこう。偽薬効果、なんてものもあるくらいだし。
「ミーネさん、ルーシャさん。私に任せてもらえませんか?」
下準備を終えた私が声を掛けると、いまだ平行線の議論を続けていた二人は顔を見合わせた。
「任せるって……退治するってこと?」
安全策派のミーネさんがちょっとだけ渋い顔をする。
「ミーネさんは、相手からの反攻を心配しているのですよね? それなら、相手が気付かない遠距離から、纏めてどうにかすれば問題ないと思うのです」
「そりゃあ……そんなことが出来れば苦労はないけど。それが出来ないからこうして話し合ってるんだよ?」
もちろん分かっている。一般的な理術の使い方では難しいことは。
ただ、この場には私たちしかいないし、私は、自分が出来ることを隠す必要も無い。
「つまり……、何か案があるってことよね?」
「はい。初めて試しますけれど、概ね問題ないと思います……あの虫が岩より硬いということでもなければ」
「まあ、甲虫だからそれなりに硬いけど……刃は通るし、そこまでではないよ。レンなんて、殴って潰したことがあったし」
まあ豪快。蠅叩きで駆除するのとは訳が違うんだぞ。
「私は任せてみても良いと思うけれど。……リリだし」
「や、まあ、リリだけどさ……」
何やら、相変わらず腑に落ちないやり取りだけれど、雰囲気的にお許しがもらえそうなので黙っておこう。
「……仕方ない。失敗しても走って逃げるぐらいは出来そうだし。その代わり、これ以上は近付かないからね」
改めて距離を測る。さすがに指呼とはいかないけれど、大人が思いきり石を投げれば届く程度。
まあ、大丈夫だろう。
「じゃあ、ちょっと頑張ってみますので、ミーネさん肩貸してください」
「肩? 何で?」
「……私の身長だと、細かい狙いが付けられません」
「あぁ……ちっちゃいもんね」
ちっちゃくないし! 子どもらしい身長なだけだし!
「私も別に大きい訳じゃないけど」
確かに、大きさだけなら若干、ルーシャさんの方が高いかもしれない。けれど、さすがに、仮にも王女殿下を足場にする訳にもいくまいよ。
しゃがんでくれたミーネさんの肩に両足を乗せ、頭を跨ぐように仁王立ちする。
「え、肩車じゃないの? 危なくない?」
「気休め程度かもしれませんけれど、視点は高ければ高いほど良いので……、落とさないでくださいね」
「結構無茶言うね……」
ミーシャさんが立ち上がるのに合わせて、視点が高くなっていく。
おぉ、世界が広い。普段の倍以上の高さというのは新鮮だ。
これなら、多少狙いも付けやすい。
「ところで、私、上向いたら下着が覗けるんだけど」
「……別に止めはしないですけれど。ただの布ですし」
見る側であれば神秘的な何かを感じざるを得ないものの、見られる側に回ると特に感慨ははない。下着って不思議。
いや、別に率先して見せたいとも思っていないけれど。
「湯屋でも思ったけど、リリのその辺りの感覚って変だよね」
それはまあ、野郎と女性ではその感覚は違うだろう。
こんな形でも、私の心は男だ。
そんな雑談をしながらも準備は進む。
屍人形の一件で連続射出が出来ることが分かっているとはいえ、一網打尽を狙うのであればいつもの石塊では力不足だ。
かといって、黒仮面の時のように火付けをするのも難しい。小型犬ほどの甲虫をこんがり焼けるほどの火力を求めたら、間近にある石香炉が無事では済まない。
つまり求められるのは、周囲に害を与えずに、十数匹の甲虫を一瞬の間に無力化する。そんな方法である。
結構な難題だと思うけれど、現実的な腹案はある。狙うは、軟いであろう甲虫の腹。
地面をなぞるように理力を石香炉まで這わせ、そこを基点に蜘蛛の巣状の網を拡げていく。
土の理晶具では、身を守るために石壁を地面から生やすことがあるとシアから教えてもらった。要はそれを応用すれば良い。
目を閉じて、瞼の裏に残る残像のような現実の光景に、赤茶色の理力が噴き出すイメージを描き加えていく。
さながら、送水管に小さく空いた穴から水が噴き出すように。それが、やがて石へと変わるように。
「――――」
息を呑んだような、いや、吐いたような、小さな呼気は誰のものだったか。
そっと目を開くと、イメージをなぞるように現実が変質していた。
甲虫の足下から無数の石針が突き出し、その身を串刺しにしている。
見える限り、串刺された虫たちは大半が藻掻いているけれど、時間の問題だろう。
漫画やらで良く見掛けるようなその光景は、思いの外再現が楽だった。あるよね、相手の足下の影から針が無数に伸びて、とか。
物は試しという目論見があったものの、自分から申し出たことでもある。無事役目を果たせたようで一安心。理術も案外応用が利くことが分かったし、結果は上々というところ。
欲をいえば、もう少し発動を早くできるようになると良いかな、なんて思いながら振り返ってみると。
そこには「さすがリリ様!」みたいな笑顔で拍手をするアリシャと、「何だコイツ」みたいな表情で頭痛を噛み殺しているようなルーシャさんがいた。
足下にいるミーネさんのことも覗き込んでみる。
彼女は彼女で「知ってた」と言わんばかりに、呆れ顔で遠いところを見詰めている。
アリシャはともかく、残りの二人の反応はひどくない?




