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いざ害虫退治へ出発……しなかった

 場の全員の視線が私に刺さる。


 あぁ、うん。その発言で思い出した。いつぞや、私が預け証を拾ってあげた商人――確かロイさん、だったっけ。

 あの時は神の遣い呼ばわりだった気がするけれど、いつの間に女神へ出世させられたのだろうか。


 全員の疑問を代弁して、ルーシャさんが口を開く。

「知り合い?」

「……まあ、何というか、はい。少し言葉を交わしただけですけれど」

「いやいや、言葉を交わしただけだなんて水臭い。ルヴェンから聞いたよ、君が僕の命を救ってくれたんだろう?」


 ルヴェンさんか。わざわざ私のことを伝えてくれるなんて。

 もっと釘を刺しておけば良かった。今度会ったとき、しこたま黒豆茶を御馳走になってやるとしよう。


「ルヴェンさんにもお話しましたけれど。私が拾ったのは単なる偶然で、そこまで感謝されることではないですって」

「そんなことないさ。経緯はどうあれ、君が届けてくれなかったら、僕は首をくくっていたかもしれないんだから」

「……、せめて、その呼び方はどうにかしてもらえませんか?」

 国教であるらしいルーテリーア教の教義的には問題ないのだろうか。比喩表現にしても、冗談が過ぎるのでは。


「でも、僕は君の名前を知らないもの」

「……そういえば、そうでしたね。失礼しました」


 考えてみれば、ルヴェンさんから聞いただけで、本人から名前を聞いた訳ではない。そして当然、私も名乗った記憶がない。

 ロイさんも、きっと同じように、私の名前をルヴェンさんから聞いているだろう。けれどだからと言って、自己紹介を蔑ろにしていいものでもないということか。

 改めて、互いに名前を交換し合う。


「神の遣いだの女神様だの以外なら、お好きなようにお呼びください」

「そうかい? なら、お友達と同じようにリリって……リリ?」

 私の名前を口の中で転がして、ロイさんは首を傾げる。


「私の名前が……というか渾名がどうかしましたか?」

「いや……何だか最近この名前を聞いたことがあったような……」

「別に珍しい名前という訳でも――」

「……あぁ! そうか、クレイルシルト家の御令嬢と同じ名前だ!」


 お、おぅ。そういえば、私の実家と取引をすると言っていましたっけね。

 けれど、まさかリリ(わたし)のことを知っているとは思わなかった。商人として、取引相手を下調べすることぐらいは当然という訳か。


「へ、へぇ……そうですか。偶然ってあるものですね……私のはあくまで渾名ですけれど」


 とにかく、この話題はあまり上手くない。実家での私の扱いを聞ける良い機会かもしれないけれど、療養でずっと外に出られないでいる娘のことなんて、わざわざ話題にしようなんて思えないし。

 とっとと話を切り上げよう。


「それにしても、街道で襲われるなんて災難でしたね」

「いや、本当だよ。手前の宿場で、街道巡視の一隊が通ったばかりだって聞いていたから安心していたのに」


 それで護衛の数を減らしたらしい。道理で、荷を積んで街道を歩く割りに人数が少ない訳だ。

 護衛料だって馬鹿にならないのは分かるけれど、安心し過ぎじゃない?

 と思いきや、王都近辺では結構普通のことらしい。それぐらいこの辺りは安全が担保されているということで、なのに襲われるって運が悪いと言うか何と言うか……。


「だから君たちも、何の用事かは知らないけど、この先に行くのは少し待った方がいいと思うよ」

「残念だけれど、そういう訳にもいかないの」

 私たちのやり取りを、横で聞いていたルーシャさんが口を挟む。

「そんな話を聞いてしまったら尚更ね」


 どういうこと、とロイさんが視線で問い掛けてくる。

「その、私たち、石香炉の晶石の交換を頼まれているのです。なので、もし不具合が出てるのなら、せめて確かめておかないとならなくて」

「い、いやいや。いくら守護隊だからって、一人で守りながらってのはいくら何でも……」

 やめとけやめとけ、と護衛の人まで心配してくれるけれど、ルーシャさんは意に介さず、右腕に嵌めた腕輪を示す。


「心配してくれるのは有難いけれど、こちらも仕事なの。危なそうだから帰りましょうという訳にもいかないのよ」

「それなら尚更、子どもを連れて行く必要は無いでしょう」

「あら、こう見えて彼女も戦力よ?」


 ルーシャさんの言葉に、二人は「何言ってんだこいつ」みたいな顔をする。

 それはそうだ。事情を知らなければ、幼女が戦力ですと言われたって、冗談としか取れない。特に私は、理晶具を目に見える形で身に付けてはいないし。

 そしてわざわざ教えるつもりもない、のだけれど何か言わないと収まらなさそうである。


「戦力と言われるのは微妙ですけれど……私も一応、守護隊の一員ですから」

 おや? 折角助け船を出したのに、何言ってんだこいつ、という顔が私の方に向けられただけで終わってしまった。


「ま、二人とも街道に出られるぐらいには動けるから。何より、ここから二人だけで帰すって選択肢は、それこそないしね」

「それは分かるけど……。あ、なら僕の馬車に乗せていっても……」


 ミーネさんから助け船の第二号が出航したものの、ロイさんの親切心は止まるところを知らない。

 初対面と二次遭遇がアレだったけれど、実はロイさん、結構良い人なのではないだろうか。ここまで心配してくれるなんて。


「んー……、二人が知り合いなのも、貴男が親切で言ってくれているのも分かるけれど。私は貴男の人となりが分からないから、保護者的存在としては、それで預けるのは少し、ね」

「……姉さん、心配してくれているのは分かりますけれど、その言い方は直截的すぎます」

 いつの間に保護者になったのか、と突っ込みたいところだったけれど、今は話を合わせてフォローしておこう。


「あぁ、いや、気にしなくてもいいよ。もっともな話だから」

「何と言いいますか……、危ないことをするつもりも、させるつもりもありませんから」

「それならいんだけど……。まだきちんとお礼も出来ていないし、無事に帰ってきてよ?」

「もちろんです。女神さまだ何だと言っていただいたのです。たっぷりいただきますから、そのつもりでいてくださいね」


 私の軽口に、ロイさんはうへぇ、という顔をする。

「……お手柔らかにお願いね。それじゃ、僕たちはそろそろ先に行くよ。一応、門の衛士には話を伝えておくから」


 ロイさんは、言って馬を歩かせ始めた。

 去っていく馬車を四人で見送る。


「ちょっと悪いことしちゃったかしら」

「いえ、分かってくれていると思いますけれど……今度、改めてお礼でも言っておきます」

 メルリアさんやルヴェンさんの知り合いだというし、また会うこともあるだろう。


「それなら、後で何か買ってあげるなりすればいいと思います。商人さんですし、そっちの方が喜ばれますよ」

 後ろからアリシャが助言してくれる。

 ……今まで全然気配を感じなかったのだけれど。考えてみれば、ロイさんも、私の話はしていたけれど、アリシャのことは何も言ってなかった気がする。

 いたよね、後ろに?


「? どうかしましたか?」

「え、あぁいえ、私のお小遣いで買える丁度良いものがあるかなぁって……」

 ロイさんが基本、何を扱っているのかは分からない。私の実家には装飾品を納めたようだけれど、まさか高級品専門ということもないだろう。

 とはいえ、お礼だからといって使い道のないものを買っても仕方ないし。


「大丈夫ですよ。きっとルーシャさんも買ってくれますから」

「え、私?」

「だって、リリ様の“お姉様”なんですから。妹にだけ負担をさせるなんてことはないですもの」

「……アリシャ、何か怒っています?」

 何だろう、笑顔なのに、アリシャがちょっと怖い。


「どうして私が怒るんです? それは、リリ様私のことはお姉ちゃんって呼んでくれないのに、ルーシャさんのことは姉さんって呼ぶんだな、とは思いましたけど。怒るなんてとんでもない」

「い、いや、普段は呼んでませんからね? さっきは話を合わせただけであって……」

「いいですよ、隠さなくても。……とっても自然な呼び方でしたけど」

 ぷい、と視線を逸らされてしまう。うーん、取り付く島もない。


 そっちからも何とか言ってください、とルーシャさんに視線で訴える。

 けれど、何を勘違いしたのか、はたまたわざとなのか、

「別に私は、普段からそう呼んでくれても構わないけれど」

 燃料だけを投下してくれた。

 何? この世界は、兄姉呼ばれることに特別な意味でもあったりするの?


 アリシャの口がへの字に曲がる。

 それで、何で懐を探り始めるの? そこには護身用の短刀しか入っていないよね?

 おぉ、もう。


「はいはい、みんな仲が良いのは分かったから。じゃれあってないで、先に行くよ?」

 収拾が付かなくなりそうだったところを、蚊帳の外だったミーネさんが私を引っ張っていくことで収めてくれた。

 有り難い。


「……にしてもリリは人気者だね。浮気を責められてる夫みたい」

 半笑いでのその一言で、言葉にする気は失せたけれど。

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