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印象は大事

 無理にでも引き返さなかったことが、果たして正解だったのか、答えが出せないまま歩くこと十数分。

 私たちは一本目の石香炉に辿り着いていた。


「これが石香炉ですか……、何というか地味ですね」


 晶石を使った獣除けというから、どんなものかとちょっと期待していたのだけれど。

 目の前に立つのは、何の変哲もない石塔だ。

 別に派手な装飾がある訳でもないし、見上げるほど巨大という訳でもない(平均的身長のミーネさんですら見上げなければならない私にとっては、それなりに大きいけれど)。


 一見するだけでは、晶石が使われているようにも見えないだろう。


「どんなものを想像していたのよ」

「いや、こう……禍々しく周囲を威嚇するような近寄りがたい形状をしているのかと」


 ないない、とルーシャさんが呆れたように手を振る。

「王都に続く街道に、そんな不気味なもの設置するってどんな悪趣味よ」

「あ、でも、その……東の方の国では、わざと禍々しい造形にした石像を魔除け代わりにしてるって聞いたことあります! だから、別におかしくは……ない、かと……」


 いや、うん。冗談だから、アリシャも無理してフォローしてくれなくても良いのよ?

 でも、東の国って、やっぱり物語の定番「サムライ、ゲイシャ、ハラキリ」が文化の国でもあるのだろうか。


「まあ、かなりの数が必要だし、見た目にこだわる余裕はないってことでしょ」

 ミーネさんが、自分の言葉を証明するように石香炉をばしばしと叩く。

 手、痛くないのだろうか。


 それはともかく、石香炉が何の変哲も無いのは、あくまでも一見すれば、である。

 石塔には細かな模様が刻まれているし、私の目にはその模様を辿るように理力が流れているのも見える。

 その役割を考えれば、晶石の粉末による何かしらの効果を発揮させる機能があるのだろう。よくよく目を凝らせば、石塔を中心に染み出すように周囲に靄が拡がってもいる。


 つまりはこれも、理晶具の一種ということだ。であれば、相当な維持費用が掛かっているのだろうけれど、我が国は結構なお金持ちのようだ。

 まあ、街道の安全は国の隆盛に直結するし、多少無理をしてでもというのはあるかもしれない。


 いずれにしても、中々に興味深い。どういう仕組みで動いているのだろう。


「はいはい、ここには特に問題ないのだから。次に行くわよ?」

 ルーシャさんは見慣れているのか、特に言葉もなくさっさと先へ進んでしまう。ミーネさんとアリシャも、特に興味は無いらしく何も言わずに後に続いていく。


 つまり今なら、誰にも見咎められることはない。

「……」


 いや、勝手にいじったりはしないよ? 仕組みも分からないものに、興味本位で手を出すほどお馬鹿ではない。大事なものだということも分かっているし。


 ただ、自分でもよく分からないのだけれど、何故か石香炉には心惹かれるものがある。近くに寄っていると、何となく和むというか、ほっとするというか……。

 石香炉の獣除けには、鎮静作用でもあるのだろうか。


 大目に理力を注ぎ込んであげたら、この感覚もさらに増すかもしれない。

 ……ちょっとだけ。ちょっとだけなら――。


「勝手に触ってはだめですよ、リリ様?」

「――ぅひぇいっ!?」


 誘惑に負けそうになったところに唐突に声を掛けられて、変な声が出た。

 後ろを振り返れば、先を行っていたはずのアリシャの姿。ちょっと、全く気配を感じなかったのですけれど。


「あ、いや、初めて見るものなので、どういう仕組みなのかなぁって……。別に触ってみようとか思っていませんよ?」

「そうですか? リリ様、好奇心旺盛だから、ちょっとぐらいならイケる、なんて思っているのかと……」

「ははは、そんなまさか。もうちょっと見てみたいと思っただけです」

 よく分かってらっしゃるアリシャがちょっと怖い。

 私以上に私のことを知っているのではないか。


「それなら、次に行けば、晶石の交換もあるみたいですし、もっと良く見られますよ」

 ね、とアリシャは微笑みながら、私の手を引いて歩き出す。

 まさか駄々を捏ねる訳にもいかず、どことなく後ろ髪を引かれながら、私は石香炉を後にした。


◇◆◇◆◇◆


 それに最初に気付いたのは、先頭を歩いていたミーネさんだった。


「あれ……、馬車だ。何だか急いでるみたい」

「あら、本当。商人かしら? ……でも護衛も見当たらないわね」

 二人の言葉に街道の先を見る。目を凝らしてみると、確かに何かが動いていた。


「何だか少し慌ててるようです。普通より、随分と馬を急がせているみたいですし」

 ……三人とも、目、良過ぎじゃない? 私には豆粒ぐらいにしか見えないのだけれど。


「んー……この辺りで偽装盗賊なんて話は聞こえてきてないし、大丈夫だと思うけど……一応、三人とも警戒しておいてね」

 腰に佩いた剣の柄を確認しながら、ミーネさんが前へ出る。


 なるほど、偽装盗賊。そういうのもあるのか。


 考えるまでもなく、不埒者にとってみれば、のんびり歩く子供までいる女性四人連れなんて格好の獲物だ。

 まあその実態は、守護隊の隊士に理術士二人という詐欺のような布陣なのだけれど。アリシャだって、見た目以上に動けるし。

 囮捜査でもやっているのかって感じである。


 それでも警戒するに越したことはない。念の為、アリシャとともに少し後ろへ退いておく。

 二呼吸程度の間が取れれば、理術を使うには十分。

 それに、ミーネさんが前で受けてくれるのであれば、細かな狙いをつける余裕すらある。


 数倍の人数が問答無用で飛び掛かってでもこない限り、後れを取ることはないだろう。

 考えてみれば、黒仮面の一件でコツを掴んだ理術の使い方を試すのに、ちょうど良いかもしれない。

 不埒者であれば遠慮することはない。存分に練習台にさせてもらうとしよう。今なら、私のことを良く知る人しかいないから、気兼ねなくやりたいようにやれるし。


 そんな物騒なことを考えている間に近付いてきていた馬車も、こちらに気付いたのか、手綱を握った御者台の男性が手を振ってくる。

 ミーネさんが、手を振り返しながら少しだけ前に出て馬車を待つ。


 ……ん? 近付いてくる男性には見覚えがある気がする。誰だったっけ……。


「――。君たち、今、あっちに行くのはやめておいた方がいいよ」

 速度の乗っていた馬をなだめ、ミーネさんの横に馬車を止めた男性は、そんな忠告を口にした。

 何となく声を掛けてくる前に間があったのは、何も知らずに見れば明らかにおかしい、私たちの構成を見たからか。

 それでも、速度を落として声を掛けてくれたのは、相対したミーネさんの守護隊の印が見えたからだろう。


 ただ男性も一人ではなかったらしく、護衛か仲間か、剣を手にした年嵩の男性が馬車の中から顔を出していた。


「何かあったの? 急いでたみたいだけど」

「いやそれが、途中でヘルデ甲虫に襲われて……」

「ヘルデ甲虫? あれは普通、街道までは出てこないでしょ。わざわざ道を外れたところを通ってきたの?」

「まさか! 石香炉のすぐ横だよ。初めは一、二匹だったのに次から次に集まってきちゃって……」

「それこそまさかでしょ――」


 どうもこの先の石香炉で、虫に襲われたらしい。

 ヘルデ甲虫は、まあ、カブトムシとかクワガタの雌を想像してもらうのが分かりやすいだろうか。ただし、その大きさは小型犬ほどもある。加えて、草食ではなく雑食。

 縄張りを持たないため仲間意識が高いのか、特に特定の群れを作る訳でもないのに、何匹かで寄り集まっているのが良く見られる。

 そうして集団になったヘルデ甲虫は、不用意に近付いた豚や羊の一匹ぐらい、軽く「いただきます」してしまうらしい。


 とはいえ警戒心は強いので、わざわざ生き物を襲って餌にすることは滅多に無いし、獣除けが効いている街道で見掛けることは無いのだとか。

 だからこそ、男性側の言葉はおかしくはあるのだけれど、特にこちらを騙そうとしているようには見えない。

 ミーネさんもそう感じているのか、特に警戒を強めることもなく、半信半疑で首を傾げるだけだ。


「……取り敢えず、危険はなさそうかしら。私たちも話を聞きに行きましょう」

 会話内容に疑問はあるけれど、そのやり取りからは警戒する必要も無さそうだと、ルーシャさんも結論。三人揃って、改めて馬車に近付いていく。


 初め馬車の中にいた男性は、私たちに気付くと一瞬剣の柄に手をやったものの、やっぱり私たち三人を見ると曖昧な表情で警戒を解いた。

 その反応はともかく、目端の利き方を考えれば、やっぱり雇われの護衛か。とすると、どうして初め、馬車の中にいたのか不思議ではあるけれど。


 ただ御者台の男性は、改めて私たち――というより私を見ると、一瞬の間があって、

「って、あぁ!? 君は私の女神っ!」

 そんな血迷った声を挙げた。

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