逢引き? いいえ仕事です。
「遅くなってごめんなさい。お待たせしてしまいましたか?」
「いえ、大丈夫。私も今来たとこ、ろ……」
お誘いを受けた逢引き当日。
私はルーシャさんと、そんな逢引きのテンプレみたいな言葉を交わしていた。
人が行き交う賑やかな広場の、噴水前で待ち合わせなんて、これまた誰がどう見ても逢引きにしか見えないシチュエーション。
だというのに、ルーシャさんは挨拶もそこそこに首を傾げていた。
まあ、気持ちは分かるのだけれど。
「……えーっと、どういう状況なのかしら、それ?」
「さぁ……何でしょうね……?」
それはだって、待ち合わせ相手がお人形のように抱えられ、なおかつその手に女の子をしがみつかせながら現れれば、誰だってそうするだろう。
ましてやその二人が、視線も鋭く睨み付けてくるとなれば尚更だ。
「取りあえず紹介すると、私を抱えているのが同僚のミーネさん。そして、右手にしがみついているのが、お友達のアリシャです」
「そ、そう……初めまして、よね? そんな風に威嚇される覚えはないのだけれど……」
何だ、何か因縁でもあるのかと思ったのに。って、仮にも王族のルーシャさんと、町のお巡りさん的存在の守護隊隊士じゃ、接点もないか。
そんなことを考えていたら、ミーネさんが動いた。
ルーシャさんから私を守るように身を引いて一言。
「リリは渡さないからね!」
「……、はぁ」
おっと、予想外。
和やかな逢引き現場から一転、まさかの修羅場の様相を呈し始めた。
歩調を合わせるように、アリシャも口を開く。
「そうです、リリちゃんに逢引きなんてまだ早いです! それも歳の差が十近いなんて……、せめて二、三歳差にしておくべきだと思います! それにそういうことは、まず私が一から十まで教えてからと決まっているんですからっ!」
うん、取りあえず落ち着こう。一から十までって何を教えてくれる気だ。
そもそも女性同士(私の中身はさておき)だし。二人でお出掛けなんてのも珍しいことじゃない。アリシャともミーネさんとも、度々買い物やら何やらやっている。
だから論点が違う。
……違うよね? まさか、ミーネさんまで同じような話だとは思わないけれど。
思わず見上げた私の視線で察してくれたのか、ミーネさんは首を振って見せた。
「いや、私は人の恋愛観に口出すつもりはないって」
「ですよね……って、その回答も何か違う気が」
無理に恋愛沙汰に持って行こうとしなくてもいいのよ?
「私が言いたいのはそういうことじゃなくて。リリは守護隊の大事な仲間なんだから、理術院に引き抜こうったってそうはいかないよってこと」
ちなみに理術院というのは、一般的に王宮付きと呼ばれている理術士が所属する国家機関のことだ。ルーシャさんは、そこの顧問という立場にいるらしい。
「あら、何処で働くかなんて本人の希望次第でしょう?」
「君が知っているかは分からないけど、リリにも色々あるの。理術院なんて悪目立ちするようなところは駄目なんだよ」
「この子の事情は知っているけれど、単なる同僚の貴女が決めることでは無いのじゃない?」
「リリは優しいから、強く頼まれると嫌って言えない子なの。そういうことも、あとで苦労することも、どっちも分かってるのに放っておけるわけないでしょ」
そんな、「ノーと言えない日本人」みたいな。
私は、本当に嫌なことは嫌だってばっさり言うよ? まあ、心当たりがないとは言わないけれど。
でも、何というか。
ルーシャさんの視線が下がって私を向く。
「……大切にされているのね、貴女って」
「真っ正面から言わないでください……照れます」
ここまでミーネさんが考えてくれるとは思わなかった。
考えてみれば最初から何だかんだと親切にしてくれていたし、ミーネさん的には妹ぐらいには思ってくれているのだろうか。
レンさんやマリクさんをからかうネタに使われているけれど、ミーネさんなりの愛情表現で、案外、私が守護隊に馴染めるように気を遣ってくれていたのかもしれない。
今度、改めて感謝の気持ちを伝えた方が――。
「それより何より、私の書類仕事を全部肩代わりしてくれてるリリがいなくなったら、私の仕事が回らなくなるでしょ!」
「台無しだよ、この野郎」
いかん、うっかり地が出てしまった。
私は、楚々としたお嬢様っぷりが売りだというのに。……売りなんだよ。
「……大切にされているのね、貴女って」
何で同じ言葉をもう一度言ったし。それも、ちょっと憐れむような目で。
まあ、私ってば“愛され系女子”ですからねっ! ふんっだ!
◇◆◇◆◇◆
それから、結局、四人で逢引きすることになった。つまり私的には、両手と頭に花である。
……いや、逢引き云々はルーシャさん流の冗談だけれど。
「それで、今日は何処へ何をしに行く予定なのですか?」
先日、リピネル草を採りに出掛けたときとは別の門をくぐり、街道を歩くこと少し。未だにルーシャさんからは、目的地を教えてもらえていなかった。
まさか、街の外へ出ることになるとは思っていなかったのだけれど。
「こっち側って、ちょっと出掛ける気分で行けるようなところ、無かったと思いますけど……」
アリシャも、特に目的地に心当たりがないのか首を傾げている。
ちなみに、ルーシャさんが私の素性を知っていると分かった途端、アリシャの口調は“様”付け丁寧語に戻っていた。別に戻さなくても良いのに。
さておき、頭の中にこの国の地理を思い浮かべてみる。
確かこちらの道は、旧都に続くのだったか。当然歩いて行ける距離じゃないし、途中、宿場町はあるけれど、こちらもそんな近さではなかったはず。
とはいえ、詳細な地図なんてこの世界では機密の塊。
私が見たのも、各街の大まかな位置を示しただけのものだったから、小さな集落のようなものまでは分からないのだけれど。
「というか、今は四人だけど、二人で出掛ける予定だったんだよね? いくら二人が理術士だからって危ないでしょ」
「そうでもないわよ。だって、もう一人がこれよ?」
“これ”と言いながら、ルーシャさんが私の頭をぽんぽん叩く。
超失礼。
「いや、まあ……リリがおかしいのは知ってるけど」
ミーネさんが返す言葉も、失敬極まりない。さっきは規格外って、多少なりとも配慮してくれていたのに。
「……この扱い、私、怒っても良いですよね?」
「はいはい、怒らない怒らない。冗談は置いておいて、そんなに街から離れるつもりはないわよ。二本目の石香炉まで行くだけだもの」
せきこうろ?
また聞いたことのない名前が出てきたぞ。
私の図上にハテナが浮かんだのが見えたのか、アリシャが補足してくれる。
「リリ様、石香炉っていうのは、大きな街道に設置してある獣除けの石塔です」
「へぇ、便利なものがあるのですね。どういう仕組みなのです、それ?」
「粉末にした晶石を混ぜ合わせたものが中に入っていて、それを嫌がる獣が寄ってこなくなるんです」
獣によって、各色の混ざり方に好みがあるらしい。
何が影響しているのだろう。石“香”炉だから、臭い? 晶石に臭いを感じたことはないけれど、砕くと発するのだろうか。
「もちろん完全に近寄らなくなる訳じゃないし、比率によっては、逆に別の獣種を呼んじゃうこともあるけどね」
ミーネさんが補足してくれる。
“嫌い”があれば、当然“好き”もあるということか。
まあ、漫画にあるような「邪悪なものが一切寄ってこなくなる聖水」なんて便利なものではないということらしい。
それでも、街道利用者にとって一番厄介な獣を追い払えるならば十分なのだろう。
「なるほど……。それで、晶石が使われているから、理術院のルーシャさんが点検……交換? をしに行く訳ですか」
「ん? あ、いや、うーん……。そんなような、違うような……」
私の言葉に、何か凄い歯切れの悪い返しをするルーシャさん。
別に違和感のある話でもない、と思ったけれど。
「いやいや、石香炉の点検って、軍が街道巡視でやってる奴でしょ? 中身は理術院で用意しているかもしれないけど、作業までわざわざやるなんて聞いたことないよ」
ミーネさんにあっさり否定される。
「……だそうですけれど、ルーシャさん?」
「んー……そういうこともあるかもしれないわね。でも、現場を知ることってとても大事だって思わない?」
「……つまり軍に回すはずの仕事を、勝手に肩代わりしてきたわけですか?」
「さぁて、そろそろ一本目の石香炉が見えてくるはずなんだけれど……」
誤魔化し方が適当過ぎる。
人のこと言えた義理じゃないけれど、もう少し自分の立場というものを考えた方が良いのではないだろうか。
私の視線に居心地が悪くなったのか、ルーシャさんが開き直ったように胸を張る。
「仕方ないじゃない。街道巡視について行くって言っても許可が出ないのだもの」
「えー? 軍と理術院って組織上は別物だけど、実質同じようなもんでしょ。共同任務なんて珍しくもないじゃない」
この国には、正確に言うと国軍に属する理術士は存在しない。
理術士はその能力上、重要な軍事資源であることは疑いようもないのだけれど、それが故に軍の力が肥大化し過ぎることが危惧され、形の上では王家直轄の理術院所属となっているのである。
とはいえ有事の際には、理術院から派遣される形で王国軍に組み込まれることにり、そのため普段から連携を密にすることが至上命題とされているというから、ミーネさんの「実質同じ」という認識も別に間違いではないだろう。
そんな面倒なことで、本当に大丈夫かと言いたくなるけれど、この形になる以前、軍の一部が暴走し、ひどいことになった歴史があるというから仕方ないのかもしれない。
ただまあ、ルーシャさんが共同任務に出られない理由は、そういう話ではないだろう。
いくら理術士として所属していると言っても、王女である。
「わざわざ、“万が一”があり得るような任務に、おう――」
じょ、と続けようとしたところで、ルーシャさんにおもむろに頬を抓られ引っ張られた。
そのまま、むにむにと弄ばれる。
「……あにするんれすか」
「いや、やわらかそうだったから、つい」
つい、じゃないよ。さっきから誤魔化し方が雑すぎる。
ミーネさんやアリシャの反応からして、何となく気がついてはいたけれど。
声を落として確認してみる。
「ひみつ、なのでひゅか」
「そういうこと」
どうやら、ルーシャさんが「第一王女ルーシャレナ殿下」であることは、一般に知られていないことらしい。
この国は、王室と民衆との距離感が近いと聞いていたけれど、顔を見て気付かれないものだろうか。ルーシャさんなんて、目立つ容姿をしているのに。
まあともかく、そういうことであれば触れずにおこう。
「急にどうしたの? おじょ……って何?」
「何でもないです。ルーシャさんは、こう見えて結構なお嬢様だから、危ないことはさせてもらえないのじゃないかなって」
「ふぅん……?」
私の誤魔化しに、ミーネさんは訝しげな表情を浮かべるものの、それ以上は聞いてこなかった。何かを察したのかもしれないし、改めて立場を明確にしてしまうと、それ相応の対応が必要になるので、それを面倒に思ったのかもしれない。
でもこれ、うっかり万が一があったら、私たちは相当まずいのではないだろうか。
……やっぱり、無理やりにでも引き返すべきじゃない?




