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リリの資質

「うーん……控えめに言って、貴女、何処かおかしいのではないかしら」


 黒仮面との一件から少し後。

 私は、王女殿下から「おぅ、ちっと聞きたいことがあっから顔貸せや(意訳)」という、とても丁寧な御招待をいただき、王宮へと顔を出していた。


 メルリアさんと一緒だった初対面以来、たまにこうして呼び出されては世間話に付き合わされている。始めこそそれなりに気を遣ったものだけれど、公的な場以外では普通通りでと言われてからは、結構気安い付き合いになっている。


「それ、世間一般では控えめって言いません。何処かって何処ですか」

「え、頭とか?」

「……私の使う言葉と、王家で使う言葉は違いがあるみたいですね」


 こちとら、仕事を休んでまで呼び出しに応じたというのに。失敬な話だよ、全く。

 いや、仕事があるって断ろうとしたら、皆に怒られて仕方なく来たんだけれど。


「だって、三属性を同じように使えるだけで驚きなのに、理術の間接発動なんて信じられないもの」

「そんなこと言われましても……。最初、信じられそうな内容で説明したら怒ったじゃないですか」


 私だって、これ以上変に目を付けられたくないから、始めは嘘にならない範囲で事実だけを説明し、誤魔化していたのだ。

 それなのに「王族の私を騙したら、不敬罪で柱に吊るされるからね」とにっこり笑ってのたまったのは、何処の何方でしたっけね。


「それで、三属性が使えるのが驚きって、普通使えるものじゃないのですか?」

「使えないわよ。あぁ、いや使うだけなら使えるけれど、同じようには無理」


 何でも、人によって相性の良い属性というものがあるらしい。

 とは言え、全く使えない訳でもないようで、発動までに時間が掛かったり発動規模が比較的小さくなったりする程度なのだとか。


 まあ、良くありそうな設定だ。だからきっと、火属性の人は見た目も赤くて気性が荒く、水属性の人は青くて冷静なのだろう。

 そうするとルーシャさんはと言えば……別に赤くも青くもない。見た目金色だから、土かな?

 いやでも、土と言えば豊穣の象徴だったりもする。ぺたーんなルーシャさんが豊穣というのはちょっと……。


「……貴女、何か失礼なこと考えているでしょう」

「いえ、滅相もございません。それで、つまり私は特別な存在ということですか。ひゃっほぅ」

「間違ってはないけれど。何、その反応」


 いえ何となく。ただ誤魔化したかっただけなので。


「とはいえ、別に間違っているわけじゃないのよね……。ねぇ、やっぱり私の下で、百年に一人の天才理術士って感じに華々しく登場してみない?」

「何がやっぱりなのか分かりませんけれど、謹んでお断りします」

「えー、別に良いじゃない減るもんじゃ無し。あ、家のことを気にしているのなら、私が後ろに付けば気にしなくても良くなるわよ?」


「それ、単純にもっと大きな面倒事に呑み込まれるってだけですよね」

「……そんなことないわよ」

 否定するなら目を逸らさずに言ってほしいです。

 

「ま、それに関しては追々ね。わざわざ何かしなくても、どうせすぐそうなるだろうし」

「ちょっと、縁起でも無い予言は止めていただけませんかね……」


 私のお願いも何処吹く風といった様子で、ルーシャさんは何か机の引き出しをごそごそと漁り始める。

 やがて「あったあった」の声と共に、何かを私に向けて放り投げてきた。


「わ、っと、と……何ですか――って、あ、これ見たことあります」

 今となっては懐かしい。目が覚めた後、ライエル先生の診察を初めて受けたときに使った理晶具だ。

 確か機能は――。


「理力の流れを可視化する理晶具、でしたよね?」

「ん、半分正解。それは、そこに加えて対象の理力の量とか、各属性の適正とかが分かるのよ」

 まぁ大まかにだけれど、とルーシャさんは肩を竦めてみせる。


 そうか、これがライエル先生の言っていた理晶具か仕組みはさっぱり分からないけれど、便利な物もある物だ……んん?

「こんな物があったのに、どうして最初の時は水汲みなんて……」

「あまり気軽に使える物じゃないというのもあるけれど、メルリアから止められたのよ」

 気軽に使えないというわりに、さっき凄い雑に扱っていましたけれど。

 それはともかく。


「止められた……、え、それなのに今回は使って良いのですか?」

「だって、メルリアは理由を教えてくれなかったんだもん」


 だもん、って。

 まあ、何かあっても私のせいに……ならないよね?

 

「……使い方を間違えると、爆発したりしません?」

「しないわよ。ただの計測具だもの」


 それなら、うん。ひどいことにはならないだろう。


 私の手には少し大きい木盤に目を落とす。

 えぇと、特別な使い方は特にないのかな?


 改めて両端を握り意識を集中しようとしたところで――。

「じゃ、身に着けているもの、全部外してね」


「えっ」

 ……えっ。なにゆえ?


「稀に計測結果に影響が出るのよ。それに、予想外の挙動したりしても困るし」

 あぁ、漫画とかで良くある、ヒロインの露出を増やすための設定か。でもそれはヒロインがするから良いのであって、自分適用されても嬉しくない。


「でも……だってこんなところで……」

「部屋の中には私しかいないのだから、気にすることないでしょ?」

「いやいや、それはそれで恥ずかしい感じが……」

「何を意味の分からないこと言っているのよ。あ、何? 普段は家の人に任せてるから、一人じゃ出来ないってこと? それならそうと……」

「み、身支度ぐらい一人でしてます!」

 子供じゃあるまいし。いや子供だけれど。


「そ、それじゃあ、ルーシャさんも外してくれたら私も外します」

「私も? ……まあ、別に構わないけれど。何を警戒しているのかしら……」


 言うや否や、ルーシャさんはあれよという間に身に着けていたものを全て取り去ってしまった。

 凄い、何の躊躇いも無かった。警戒心とかないのだろうか。


「これで良いわね? はい、次は貴女の番よ」

「あ、ちょ、自分で――」

 ルーシャさんは私の胸元に手を伸ばし、そして――。


 そこに下げられていた理晶具を取り上げた。


「着けている理晶具は、これ一つよね? 全く、変な手間掛けさせて。何だったのよ、今のやり取りは……」

 いや、うん。途中から分かっていたけれどね。外せっていうのが理晶具のことだったって。

 でも何となく、お約束かなって。


「時間は無限にある訳じゃないのだから。ほら、早く」

「はーい」


 仕切り直して、握ったままだった木盤に意識を集中する。

 やがて透明な晶石の中に、ふわふわと靄が漂い始めた。


「……ところで、これで何をどう判断するのですか?」

「普通、その人の理力の質に応じて、色が付くのだけれど……」

 顔を突き合わせて覗き込む。けれど、一向に変化がない。いや、靄の量が増えてきているかな? でもそれだけ。


「無色ですね……強いて言えば白でしょうか」

「いや、それはあり得ないわよ。理力の適性って、言わば体臭みたいなものよ? 匂いのない人間なんていないでしょ」

 その例えはどうだろう。人の理力が靄のように見える私からすると、体臭が立ち上っている様に見えてしまうので、勘弁してほしい。


「乙女な私としては、臭わない方が嬉しいですけれど。ちなみに、ルーシャさんはどうなのですか?」

「……それ、体臭の話じゃなくて適性の話よね? 私は火、水、風、土の順ね。でも実用的なのは火だけ」

「え、意外です。ルーシャさん、赤い雰囲気無いのに」

 ……まさか思想が赤い? 王家の人間がそれはちょっと、どうだろう。


「何よ、赤い雰囲気って……色は関係ないでしょ」

 ま、それはそうか。そう単純な話ではなかったらしい。


 でも赤か……。赤色赤色……。

 物は試しと、靄が赤く染まる光景をイメージしてみる。

 すると。


「あら、ようやくね。どうしてこんなに時間が掛かったのかしら……」

 漂う靄が、イメージ通り赤色に染まっていった。


「ともかく、貴女も私と同じで、一番適性があるのは火みたいね。でも、他の色が混ざってないのは……。話を聞く限り、少なくとも三色はないとおかしいのに……火だけが飛び抜けていて他の色が入る余地がない? いや、さすがにそれは……」


 ルーシャさんは難しい顔で、独り言を呟いている。

 要するに、火水土が使えるのに赤色一色なのがおかしいということらしい。

 いやでも、これは何と言うか。


「……ルーシャさん、今度は青色になりましたよ?」

「え? ……本当ね。しかも、全く混じりっ気無い青」

「あ、今度は赤に戻……いや、茶色ですね」

 言葉の通り、靄の色は赤青茶の色に、くるくるとその様子を目まぐるしく変え始めていた。


「……、貴女、ひょっとして遊んでる?」

「そんなまさか! 真面目にやっています!」


 わざとやってはいるけれど、別にからかっているわけじゃない。

 そう、わざとだ。というのも、靄の色は無色の理晶具を使うのと同じように、私のイメージした色に染まるらしい。

 変化する色が三色なのは、単純に私が緑――風(?)の理晶具を目にしていないからだろう。

 緑色は分かるし、イメージも当然出来るけれど、実物とは何かしらズレがあるのかもしれない。


「何なのもう……。どうして貴女は、尽く常識から外れる結果を出してくるの!」

「いやでも、ちゃんと三色出てますよ? それも、全部同じように」

「……普通はこんな風に入れ替わらないの! 各色が斑に混じり合って、その割合で適性を判断する仕組みなのよ」

「斑に……」


 なら、そういう風にしてみよう。

 イメージはあれか、マーブルケーキ。……赤青茶色のケーキっておいしくなさそうだ。

 でも待てよ? ここで、言われたとおりに斑色にしてしまうと、むしろ問題ではないだろうか。そうでなくても怪しまれているのだし。

 果たして、そんなぐだぐだと考えていたのがいけなかったのか。


「ちょ、ちょっ! 何よその色っ!?」

「――うぃ?」

 慌てたような声に我に返り、外していた視線を手元へ落とす。

 するとそこには、土留色に濁り、変わり果てた晶石の姿があった。


「……これは何属性ですか?」

「知らないわよっ!」

 とうとうルーシャさんは頭を抱えてしまった。


 はてさて、どうしてこんなことになったのだろう。さすがに、土留色をイメージしたつもりはない。

 それとも、これが私の適正だとでもいうのだろうか。

 つまり、土留色の理術適性を持つ天才幼女理術士か。いや、土留色って、言葉から来るイメージほど悪い色ではないけれども。


「ま、まあ、その……挙動もおかしかったですし、これも晶石の寿命が来ていたとかではないですかね?」

「そんな壊れ方聞いたことないけれど……。はぁ、今日のところはもう良いわ。貴女が変だということはよく分かったし」


 頭痛を堪えるようにこめかみに片手を添えたルーシャさんに、しっしっと手振りで部屋から追い出される。

 扱いがひどい! でも、従っちゃう! だって、これ以上面倒なことになるのは嫌だもの!


 これ幸いと、持っていた理晶具と測定前に外された自分の理晶具を交換し、さっさと退散するべく扉に手を掛けたところで呼び止められた。

「あ、待った。貴女、今度のお休みはいつ?」


 帰れって言ったじゃんかよぅ、と思いつつ頭の中のスケジュール帳をひっくり返してみる。

「え、お休み? あー……確か三日後です」

「そう、ならその日は予定を空けておいて」

 予定を確認するのではなく「空けておけ」という辺り、さすがは王族というか何というか。

 いや、確認するだけでも気を遣っているのだろうか。

「はぁ、構いませんけれど。何かするのですか?」


「私と、あ・い・び・き」

「……はぁ?」

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