依頼達成
「あ……あ、あーあーあー……」
ここ三階。あんな状態で落ちていったらただじゃ済まないだろう。
いや、レンさんも、そんな「うしっ」とか言いながらすっきりした顔している状況じゃないってば。
手が使えない上、拘束されている石環の重みで苦労しながら立ち上がる。
そうして窓の外を見ようとして気が付いた。
……見えない。
窓から地面を覗き込むには、私の身長が足りていなかった。
「……何やってんだ、お前。脚、痛めんぞ」
どうにかならないかと、ぴょんぴょん跳ねていたら、レンさんに頭を鷲掴みにされて止められてしまった。
「いや、いきなり上から落ちてきて、大変なことになっているのではないかと」
主要通りから少しずれていると言っても、人通りが無い訳ではない。火達磨になった人が降ってきたりしたら、大騒ぎどころではないだろう。
「その心配はいらねぇよ。俺が殴り込みかけたんだ。わざわざ近付こうとする馬鹿はいねぇ」
えぇ……そこ、誇らしげにするところ? というか、そんな騒々しく乗り込んできたのか、この人。
「でもほら、万が一ってこともありますし……」
「ちっ、しゃあねぇな……」
石環の縁を掴んで持ち上げられる。
そしてそのまま、「ほらよ」と窓から外へぐいと突き出された。
うぉぉ……、外を見たいとは言ったけれど、これでは覗き込むどころか宙吊りだ。
手を貸してくれたのは分かるけれど、もう少しやり方ってものがありませんか。
「て、手、離さないでくださいねっ!?」
うっかり落ちようものなら、今度は私が、潰れたトマト第二号になってしまう。
折角、無事だったのにそれはあんまり――。
「って、あれ?」
見下ろした先には壊れた鎧戸の破片が散乱している。幸い、誰かに当たったような形跡もない。
けれど、あるはずの潰れたトマト第一号もない。
「逃げたんだろ。あの程度でどうにかなるなら、賞金懸かったりしねぇよ」
「あ、あの状態でどうやって……、賞金?」
「ギルドの入り口にも貼ってあるだろ。見たことねぇのか?」
あ、あー……あったような気がする。
そうか、掲示板依頼と並んで貼ってあったから探し人の類かと思ったけれど、あれは賞金首だったのか。
「あいつはその中でもとびきりだ。捕まえられりゃ、一年は遊んで暮らせるぞ」
「そんなになるって、何したのですか?」
「色々だよ。要人暗殺から煽動染みたことまで」
「何でそんなのが、人攫いの隠れ家に襲撃を……」
最初は、隠れ蓑にされているのが気に入らない、下町で何かやってる別集団に殴り込まれたのかと考えていたのだけれど。
そんな大物が絡んでくるとは考えづらい。いや逆に、そんなのが絡むぐらい、そっちの集団はそれほどの大事を企んでいるということだろうか。
「んなこと俺が知るかよ。めんどくせぇ話なら団長かマリクにでもしろ」
「いやいや、そんな適当な……。レンさんだって守護隊の一人なのですから――」
「あんまり煩いこと言ってると手ぇ滑らせるぞ」
ひどい……って、噂をすれば何とやら。
応援だろう数人を引き連れたマリクさんが、通りの奥からこちらに向かって来るのが見える。
「やっとお出ましかよ。応援を呼ぶだ何だ言ってたが、間に合わないんじゃ世話ねぇっての」
それはまあ、犯罪者の根城に一人二人で乗り込むなんて、普通しないからね。
でも、それについて色々言っていると、跳ね返ってきた言葉がザクザクと私に刺さるから何も言わない。
「あ、こっちに気付……あれ、何やら慌ただしくなりましたよ?」
「大方、もう片付いて危険がないことが分かったから張り切ってんだろ」
いや、どうだろう。どちらかというと、何か慌てているように見えるのだけれど。
まあ、レンさんの言う通り、もう片付いているのだから気にすることもないか。それより、後始末を任せられる人が来てくれたことが大事だ。
「とりあえず一階に戻りましょうか。子供たちも待ってますし……って、レンさん子供たちは? ここに来る時に会いましたよね?」
「あ? あぁ、居たな。階段昇るのに邪魔だったから、入ってすぐの部屋に押し込んできたが」
「入ってすぐの部屋って……ちょっと! 死体がある部屋じゃないですか!」
「別に死体の一つや二つ、あいつらぐらいの歳なら珍しいもんでもねぇだろ」
「いやいやいや! 子供が死体に慣れるほど、この街は殺伐としていませんから!」
いくらこの街で暮らして日が浅いと言っても、そのぐらいは分かる。
レンさんの中の常識はどうなっているのだ。
「あぁもう、とにかく早く一階に行きましょう」
何だかよく分からないけれど助かったと思ったら、チンピラみたいな人に出くわして、有無を言わさず死体のある部屋に押し込められるって、どんな罰ゲームだ。
一旦希望を持たせて、そこから落とすって一層性質が悪い。恐怖には鮮度がありますってか。
このままでは、私が一番悪い人みたいじゃないか。
へーへー、と気の抜けた返事を返してくれたレンさんは、おもむろに私を仰向けに床に寝かせた。
え、何? この体勢、石環のせいで身体が変に仰け反って痛いのですけれど。
「あの……何で私は寝かされたのですか?」
「いい加減、邪魔だろコレ。外すぞ」
「はぁ、まあ確かにそうですけれど……え、どうやって外すのです?」
この部屋に工具なんてないし。当然レンさんも持っていないだろう。
……嫌な予感しかしない。
レンさんはおもむろにその右手を振りかぶる。
私の質問には答えてくれなかったけれど、どうするつもりかは、その行動が雄弁に語っていた。
「行くぞ、動くなよ。手元が狂うと痛いじゃ済まねぇ」
「ちょっ、まっ……! それ、手元が狂わなくてもただじゃ済まな――あぁぁぁ!?」
◇◆◇◆◇◆
チンピラ青年が女児を押し倒して殴りつけるという事案が発生したけれど、私は元気です。
子供たちも、私たちが一階に降りた時には、無事、マリクさん一行に保護されていた。幸いトラウマになったような子もいなかったようだ。良かった良かった。
黒仮面は逃がしてしまったけれど、子供たちは無事だったし、個人的にも収穫はあった。
終わってみれば、中々の結果ではないだろうか。
それなのに。
「お前って奴は、本当に……!」
何故かマリクさんからは説教されていた。解せぬ。
ごめん嘘。解せるけれど。
何でも、さっき三階からマリクさんを見掛けた時、マリクさんからはレンさんが見えず、今にも私が放り捨てられそうに見えたらしい。それで途中、慌てていたのか。
「お前の身にもしものことがあったら、僕は……!」
自分の無力さを悔やむように、マリクさんは震える手を握り締め歯噛みする。
マリクさん……、そんなに私のこと――。
「メルリアさんに何と詫びれば良いんだ!」
心配してないね、うん。
あ、いや、理由はどうであれ、心配してくれていることには違いないのか。
だとしても、微妙に釈然としないので早々に話題を変えてしまおう。
「ところでレンさん。どうしてここが分かったのですか?」
ずっと疑問だったのだ。
私はお昼を買いに行くと言って出掛けた訳で、当然、こんなところに来るなんて誰にも伝えていない。
けれど、分室にいたはずのレンさんは助けに来てくれた。
時間的に、私が乗り込んだ時には、分室からこっちに真っ直ぐ向かっていなければ間に合わなかったはずだ。偶然で片付けるには少し無理がある。
はっ……! まさかレンさんは、常に私の後を尾行している……!?
「お前俺のこと何だと思ってやがんだ」
「あ、言葉に出ていましたか。ごめんなさい」
ミーネさんが、過保護過保護言うものだから、つい。
「ちっ……、お前の友人だって奴が、お前が男に連れて行かれるのを見たって駆け込んできたんだよ」
「……友人?」
自慢ではないけれど、私には知り合いはいても友人は少ないぞ。
それに、実際見掛けていたとして、連れて行かれたと思われるような状況ではなかっただろう。普通に連れ立って歩いている様にしか見えなかったはずだ。
とはいえ結果的に、その友人とやらのお陰で私は助かったらしい。
「そうですか……その人は今も分室に?」
「あぁ、その子なら一緒に来たよ。ほら、あそこ」
マリクさんが示した方を振り向くと、そこには「えへん」という顔をして手を振るシアの姿があった。
あっ、ふーん。
その姿だけで、色々と察した。
「いやでも、リリが攫われたって、彼女が駆け込んで来た時のレンったら凄かったね。取るものも取り敢えず一目散で――ひぃっ、ごめんなさい! 余計なこと言いました!」
じゃれ合う二人はさて置いて、シアのところへ歩み寄る。
歩み寄って、それで。
「――ごふっ」
殴った。ぐーで。
「……痛い。命の恩人に対して、何てことを」
「どの口が言いますかっ。顔にしなかっただけ有り難いと思ってください」
「いやん、リリちゃん怖い」
「当たり前で……って、ちょっと抱えないでくだ――、あ、何で服の中に手を突っ込んでくるのです!?」
いきなりセクハラって、どういう展開だ。誤魔化すにしても雑すぎる。
身体を這い回るシアの手から逃れようと藻掻いていると、ふと、髪に顔を埋めるように、シアが耳元へ口を寄せてきた。
「――ごめんね」
ぽつりと囁かれた言葉は、感情の薄いシアのいつもの声色ではなく。
「まさか、あんなのが出てくるとは思ってなかったから……。本当、無事で良かった」
……こういう言い方は、ずるいと思う。
何も言えなくなるじゃないか。
「……もう良いですよ。シアがレンさんを呼んでくれたお陰で助かったのも事実ですし」
「ありがと……、ふふ、ちょろい」
「今、何て言いましたっ!?」
「ん? 何も。空耳空耳」
くそぅ……やっぱり顔にしておけば良かったか。
「それじゃ、依頼達成の打ち上げにおやつでも食べに行こう」
「……それ、お金はシア持ちですよね?」
「え、ううん? 御馳走様です」
「こんな小さな女の子にお金を集るのですか、貴女は」
私の抗議の言葉に、シアは無言で私のお腹をポンポンと叩く。
お腹が何……って、いつの間にか服の中に何かが入り込んでいた。
もぞもぞと取り出してみると、そこには、じゃらじゃらと金属の擦れる音がする小さな布袋。
開けてみる。
「おぉ……?」
中には、小銀貨が結構な枚数入っていた。
私の月給よりも多いかもしれない。
「……何のお金です、コレ?」
「依頼の報酬」
「え? 手紙を届けた分はもういただいてますよ?」
「そっちじゃない。爺様から受けた依頼の分」
「……おぉ。報酬なんてあったのですか」
「……むしろ、ないと思ってたの?」
「だって、何も言われませんでしたし……」
いや、まあ、改めて考えてみればあって当然なのだけれど。
これ、受け取って良いものだろうか。ある意味、出所不明のお金になる訳で……、でもこの金額は魅力的だ。
「それじゃ、お金の問題も解決したし。早速行こう」
私の悩みなど知る由もないシアは、私を抱えたまま何処かへ歩き出す。
「えっ、いや、ちょっと! 解決してませんし、そもそも私まだ仕事中ですって」
それに多分、今回の件の当事者として、色々事情聴取とかもあるだろう。
そもそも、理術を使えるのに、どうして大人しく攫われたのか、とか。
攫われたはずなのに、どうして一人乗り込んで、子供たちを助けられたのか、とか。
……あ、やだ。超面倒。
「……あれ大人しくなった。諦めて奢ってくれる気になった?」
「だって、何を言っても逃がしてくれそうにないですしー。そもそもこの状況じゃ、大した抵抗も出来ませんしー。あぁ、ちゃんと後始末しないといけないと分かっているのに、簡単に連れ去られてしまう力ないこの身が憎いー」
「……凄い棒読み。ま、良いけど」
色々と面倒になった私は、シアに連れ去られるのをこれ幸いと、事件現場から脱走するのだった。
まあ、すっかり存在を忘れていたディーンさんから事の次第がバレて、後でたっぷりお説教されましたけれど。




