人攫いたちの異変
「なっ……え、あ……あぁっ……!?」
予想外の状況に動転しているディーンさんを横目に、他の三人の様子を確認していく。
結論から言えば、全員が同じように胸に穴を穿たれて息絶えていた。
大口径の銃でも使えば、こんな傷になるだろうか。けれど、この世界にはそれに類する武器は存在していない。漫画よろしく貫手でぶち抜いたとは考え難いから、理術によるものと考えるのが妥当だろう。
問題は、誰がこんなことをやったのか、だ。
見る限り全員が一撃だ。最初から、人攫いたちを生かしておくつもりはなかったのだろう。
どう考えてもまともじゃない。
組織同士の抗争だろうか。ひょっとすると隠れ蓑にしたことがバレて、別口の人攫い一味に襲われたのかもしれない。
そうだとすると、攫われた子供を見つけて放っておくとは思えない。
別口の方は、足が付かないように獲物を選んでいる節もある。最悪、後腐れないように処分してしまうかもしれない。
そこまで考えて、はたと自分の目的を思い出す。
「――――っ」
理力の糸を網目状に拡げて、家の中を走査する。
予想外の状況に、今自分が一番するべきことを忘れていた。相手が何であれ、子供たちが無事かどうかを確認しないことには始まらない。
一階……私たち以外何もいない。二階……は、何の反応もない。
三階……居た。一つ所に固まった反応が返ってくる。
最悪の事態は免れたらしい。けれど。
「――ディーンさん、攫ってきた子供は何人ですか……っ!?」
「へ……? あ、あぁ、えぇと……四人、全部で四人です」
返ってきた反応は、全部で五つ。一人多い。
生き残った人攫いの一味という可能性もあるけれど、ここまでする人間が中途半端に見逃すことは考え難い。十中八九、この惨状を引き起こした張本人だろう。
とすれば、ゆっくりしている暇はないということだ。
「――攫われた子供たちのところに行ってきます。ディーンさんは人を呼んできてください……!」
「え、お、お嬢っ!? ちょ、待っ――」
引き止めるディーンさんを置いて、階段へ向けて走り出す。
三階まで駆け上がったところで、理力の反応に変化が現れた。それまで四つの塊と一つに分かれていた反応が、三つと二つになっている。子供が一人、捕まったのだろうか。
まずい。出来れば部屋に突入するのは、様子を窺ってからと思っていたけれど、そんな余裕もくれないらしい。
腹を括って、開いていた扉から部屋の中へ飛び込んだ瞬間。
「――――っ」
私の頭の上を、何かが風を切って通り過ぎた。次いで、ばきっとも、めこっともつかない音が背後から聞こえてくる。
思わず後ろを向きそうになる気持ちを抑えながら、“何か”が飛んできた方向を睨み付ける。
「……子供?」
視線の先には、薄暗い部屋の中、襤褸の外套を纏って顔を隠した不審人物が佇んでいた。
こちらに向けて差し出された手には、手袋型の理晶具が見える。鈍く光る晶石の色は赤茶色。
つまり、先ほど私の頭の上を通過したのは、石塊か土塊か。
呟かれた言葉から察するに、恐らく飛び込んでくるのが大人だと思い、一階で事切れていた男性と同じ末路を辿らせようとしていたのだろう。
もう少し私の身長が高ければ、今頃首から上がひどいことになっていたのは間違いない。
相手から視線を外さないようにしながら、目端で室内の状況を確認する。
不審人物一人に、子供が四人。確認したとおり、子供たちは不審人物の奥、部屋の隅で寄り添うように固まっていた。けれど、その中で一人――恐らく男の子が、意識が無いのかうつ伏せに倒れ込んでいる。
外傷があるのか無いのか、ここからでは判別できない。でも、理力の靄が見えることから最悪の事態にはなっていないようだ。
さて、どうしよう。
一階の状況や今し方の様子を見る限り、相手はそれなり以上に荒事慣れしている。ましてや理術士だ。そこらのチンピラとは訳が違う。
殴り合って勝てるとは思えない。
ついつい後先考えず飛び込んでしまったけれど、これは結構ピンチなのではなかろうか。
ただ、解せないことがある。子供の数人ぐらい簡単に始末できるだろうに、それをしていないことだ。
一階で気付いてから私がここに来るまで、十数秒はあった。その気があれば、事を為すには十分な時間といえる。
それなのに何もせず部屋にいたということは、つまり。
「つまり、貴方は攫われた子供を助けに来た正義の味方――うひぇいっ!?」
私の思いつきに対する答えは、顔面を狙った石塊で返ってきた。
どうにかこうにか身を躱す。
問答無用かこの野郎、と愚痴を言い掛けたところで、こちらに向けられた理晶具の輝きが収まっていないことに気付く。
反射的に、理晶具を握った手を床に添えて、理術を行使する。
屈んだ私と、同じ背丈の土壁が立ち上がったのも束の間、派手な音を立て、見るも無惨に砕け散る。それと引き替えに、私を狙った石塊も勢いを殺され、地に落ちた。
ろくに理力を込められなかったけれど、それは連続で撃ち出した相手も同じだったらしい。
「――――っ」
さすがに、私のような子供に理術で以て防がれるとは思っていなかったのか、相手から動揺した気配が伝わってくる。
その動揺を写したように、晶石の輝きが弱々しく揺らめいた。
「ん……っ!」
判断は一瞬。理晶具を握り直し、床を這うように身を低くして駆け出す。
例え不意を突いたとしても、理術の撃ち合いでは分が悪い。ならば、至近距離から一撃を狙った方が、まだ望みがあるというもの。
それに、密着状態からなら、理術士を挟んで反対側にいる子供たちを誤射する心配もなくなる。
ただ、大人であれば数歩で済む彼我の距離は、この身にとっては少し遠い。半分程度距離を詰めた程度の時間で、相手は気持ちを立て直してしまう。
消えかけていた晶石の輝きが、勢いを取り戻す。あと数歩というところで、拳大の石塊が私に向かって撃ち出された。
けれど、それは予想通り。
身長差に加えて、身を低くした私を狙える射線は限定される。
励起状態の理晶具を顔の前に掲げ、相手よりも一回りほど小さい石塊を撃ち出して迎え撃つ。
二つの石塊は、引き合うようにそれぞれを目掛けて突き進み、やがて激突して互いを砕き合った。
砕きはしたものの、勢いまでは殺しきれなかった小さな破片が、翳した手や身体に傷を付ける。けれど、私の勢いを殺ぐには至らない。
破片の只中を突き進んだ私に、理術士は二射目を向けてくるけれど、もう遅い。
相手の懐に飛び込み、鳩尾目掛けて、ぐいと腕を伸ばす。
「吹き、飛べ……!」
言葉と共に、理力を解放する。
瞬間、撃ち出された石塊の直撃を受け、相手の身体が上下二つに千切れ飛んだ……などということはなく。
代わりに、その身体は車に撥ねられたかのように宙を舞い、壁際に置かれた棚と机に突っ込んだ。
けたたましい破壊音が響いて、やがて静かになる。
数呼吸の間、警戒したものの、起き上がってくる気配はない。
予想していたとはいえ、思いの外相手の立て直しが早くて、攻撃に割く理力が減ってしまった。威力不足になるのではと心配していたのだけれど、大丈夫だったらしい。
いやむしろ、防御に割いた上でこの威力なら、全力をそのまま叩きこんでいたら、冗談抜きで真っ二つにしていたかもしれない。
「……あ゛ー、さすがに肝が冷えた」
結果オーライな感じはするけれど、どうにかなったことに違いはない。
うん、自分で自分を褒めてあげたいです。
さて。
部屋の隅に蹲り、事態の推移についていけずに戸惑っている子供たちへ声を掛ける。
「――助けに来ました。そっちの子は大丈夫ですか?」
私の問い掛けに、一番年嵩と思われる女の子が、慌ただしく頷いてくれる。
「あ、その……うん。大丈、夫……だと思う。怪我も、してないから」
「そうですか、それなら良かった。それじゃあ、その子も連れて、ひとまず一階まで降りてもらえますか?」
「あ、う、うん……。え、でも君は……?」
さすがに、あの理術士を放っておくわけにもいかない。どうにか拘束して、理晶具は取り上げておかないとならないだろう。
「大丈夫、もう安全ですから。一階まで降りたら、階段のところで待っていてください。ほら、急いで急いで」
助かったという状況に、微妙に理解が追い付いていないのか、動きが鈍い子供たちを急かす形で部屋から追い出す。
家の外に出るには、死体の転がる部屋を通らないといけない。それは少し刺激が強いだろうし、一応、ディーンさんには人を呼んで欲しいと言っておいたから、その通りにしていてくれれば特に問題もないはずだ。
よし、あとは――。
「……?」
撃退した理術士を拘束するべく振り返ったところで、それに気が付いた。
何処からか伸びた理力の糸が、くるりと私の周囲を囲んでいる。
何処からかって? 決まっている。
「っ、もう意識が――!?」
飛び退くべきか理術で対抗するべきか、一瞬迷いが過ぎる。
相手にはその一瞬で十分だった。
まるで導火線に火が付くように、理力の糸は一気に赤茶色に染まり、そして。
「――っ、くぁ……!?」
それは、そのまま石環となって、私の身体を拘束した。




