いざ、人攫いの隠れ家へ
二人組の人攫いを撃退した(してしまった)私は、人相書きを描かれていた一方――ディールさんのみを引き連れて、その隠れ家へと赴いていた。
もう一人の方? アイツはぐるぐる巻きにして置いてきた。これからの戦いについてこれそうに無いからね。
……いや、うん。呼吸はしていたし、生きてはいると思う。頭から水を掛けても、引っぱたいても目を覚まさなかったけれど。
どうも「ノータッチ」の精神を忘れた輩には、私も思いの外頭に血が上っていたようで、力加減を間違えてしまったらしい。
本当は、二人揃えて「お巡りさん、この人です」と、守護隊に突き出そうと思った。けれど万が一、二人が捕まったことが他の仲間に知られ、取引の予定を早められたらと考えると、断念せざるを得なかったのである。
「あの家が貴男たちの隠れ家ですか? 何だか予想以上に、しっかりとした佇まいですけれど……」
防衛用の壁に囲まれ、住居を建設出来る土地が限られている関係で、この街の家屋は密集建築かつ、集合住宅というのが基本である。
曲がり角に隠れて覗き込んだ隠れ家もその例に漏れず、集合住宅型であるらしかった。
まさか、集合住宅の一室を隠れ家にして、攫ってきた人たちを連れ込んでいるとは思えないので、一棟丸ごとそういうことなのだろう。
「僕が入った時にはもう使っていましたけど……。何でも、兄貴が前の持ち主を騙しただか脅しただかして、手に入れたらしいです」
ディールさんは、王都で一旗揚げようと、結構な遠方から出てきたという。けれどまあ、ありがちな話には、ありがちな結果が付くもので。夢見がちな若者は、夢破れたという訳である。
とはいえ、日々生活するに困らない程度には、真っ当な収入を得られていたらしい。
それが何故、人攫いなんかに手を出したかと言えば。
「それで、お嬢。本当に乗り込むんですか?」
「お話しした通りです。……あとその呼び方やめてください。それと敬語も」
「そんな! 僕に新たな可能性を教えてくれた恩人に、そんなこと出来ません!」
「いや、冗談で言った言葉にそんな反応されても……」
どうもこの輩は、嫁探しのために“兄貴”と呼ぶ人間を頭とするグループに入って、人攫いをしていたらしい。
曰く、ちょっと危険な香りがする男になればモテると思った、とか何とか。
その上、『攫われた子たちを颯爽と助け出せばモテるのでは?』なんて言ってみれば、その手があったかみたいな顔をすると来た。
うーん、控えめに言って、頭の中に馬と鹿が並んでいるとしか思えない。
知ってる? それマッチポンプって言うのだよ?
まあ、そのお陰で協力していくれるというのだから、これ以上は言うまい。
……信用出来るかどうか、という不安はあるけれど。
「はぁ……。設定分かっていますよね?」
「もちろんです! お嬢が御友人を探していたところを、僕が騙して連れて来たってことで」
「それなら、その話し方がおかしいことは分かるでしょうに……」
作戦は単純なものだ。
とりあえず兄貴とやらに会わせてもらって、あとは高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処する。
もしくは、初めに強く当たってあとは流れで、でも良い。
それには最低限、身体の自由は確保しておく必要がある。そのためには、まともに攫われてくる訳にはいかない。
その点、騙されて連れて来られたというのなら、拘束されてなくてもおかしくないからね。
……いや、行き当たりばったりに聞こえるかもしれない(実際否定出来ない)けれど、現状最良なのだ。大した情報もないので、細かな作戦など立てようがないのである。
一応、ディーンさんによれば、隠れ家にいるのは最大六人で、そこまでの武闘派はいないし、理術士もいないという。
実を言えば、この時点で私自身の危険性は大分下がっている。
何せこちらには理術がある。言ってみれば、拳と銃で喧嘩するようなもので、そこらのチンピラ程度、まともにやり合って負ける道理がない。
複数に囲まれたときどうか、という懸念はあるけれど、それにしたって後先考えなければ大した問題でもない。
……ディーンさんという肉盾もあるし。
「大丈夫ですよ! さぁ、行きましょう!」
そんな役目を期待されているとはつゆ知らず、意気揚々と隠れ家へと向かうディーンさん。きっと、頭の中では、救出した子供たちに「素敵! 抱いて!」とでも言われる情景が浮かんでいるのだろう。
ところで、いくら救出に協力したとは言え、人攫いをして無罪放免になるとは思えないのだけれど、その辺り分かっているのだろうか。
……まあ、私が気にすることじゃないよね。
普段は交代で見張りが付いているという入口を、ディーンさんに開けてもらっている間、改めて周りを見回してみる。
最初は、一般的な住居かと思ったけれど少し違かったらしい。
入口横に鎧戸の閉まった大きな窓がある。鎧戸を開くと中の様子が良く見えるようになるのは、典型的なお店の造りだ。前の持ち主というのは商人だったのかもしれない。
するとひょっとして、入ってすぐのところにお仲間たちが屯しているのだろうか。
頭の中に、入口をくぐると柄の悪い男たちの視線が集まるという、漫画などで良く見る情景が思い浮かぶ。
一つ所に集まってくれていれば、一網打尽に出来るチャンスではあるものの、入っていきなり大立ち回りするのは気が引ける。
となれば、やはりまずは頭を何とかするのが良いのかな。
「んー、おかしいなぁ……」
声に視線を向けてみれば、扉を叩いていたディーンさんが首を傾げている。
どうも、幾度叩いても中から何の反応も返ってこないようだ。
「……入れないのですか?」
「鍵は付いてるんだけど、扉の鍵は兄貴しか持って無くて……普段は中から閂を掛けて中から開けてもらわないと入れないようにしてあるんだよ」
ちなみにこの街では、ウォード錠による施錠が出来る住宅がほとんどだ。木製な上、貴族の家でもない限りそこまで複雑な構造には作られていないから、防犯としては「無いよりマシ」程度。でも一応は、多少押し引きしたぐらいでは開けられないようになっている。
けれど。
「でもこの扉、鍵が掛かってないですよ」
「え?」
叩き続けた反動によってか、戸口が少しだけズレていた。閂を掛けてあれば、こうはならないはずだ。
試しに扉の縁に指を掛けて、そっと引いてみると、特に何の抵抗もなく開いてしまった。
「あれ、本当だ……何で?」
「まあ、入れるなら良いのではないでしょうか」
入口から覗き込んだ部屋の中は、入口と明かり採りの窓から入る光しかないため薄暗く、閉め切られていたせいか、澱んだ空気は何か生臭い。
動くものは無く、人の気配はまるでない。
「……まさか、既に取引に出発してしまったとか?」
「そんな! 出発まで、まだ時間があるから出掛けて構わないって言われたし、なのに僕たちを置いていくなんて……」
ディーンさんは否定するけれど、無いとは言えないのではないか。だって、ディーンさんとその相方は、そこまで役に立ちそうも……げふんげふん。
まあそれは冗談としても、別に全員で行かなくてはならない理由もないだろうし、急きょ予定を早めなくてはならなくなったのかもしれない。
部屋へと足を踏み入れる。
「……けれど、やっぱり誰も――」
いや。
暗さに慣れてきた目で部屋を見回して、それに気が付いた。
三人……いや四人か。
床に寝ているのと、壁に寄りかかっている人影がある。でもあれは……。
「な、何だ酔い潰れてたのか……。おいおい、少し羽目外しても良いって言われたからってそれは無いだろ? 僕なんて、追加……を連れて来たってのに」
眠っていると思ったディーンさんは、念のためなのか演技を再開し、水たまりの上で寝ている男性に近付いていく。
「あーあー、こんなに溢しちまって……もったいな――」
男性を起こそうと、身を屈めたディーンさんが、それに気付いて言葉を失う。
男性は、胸の中央に拳大の穴を穿たれ、事切れていた。




