おつかい
今日も今日とて分室で書類に埋もれていた私に、少し意外な客人が訪ねてきた。
「……シア、ここが何処だか分かっていますか?」
「ん? 王都守護隊の分室。何を今さら」
供されたお茶をのんびりとすすりながら、シアがのほほんと首を傾げる。
「分かってて来たのですね……自首なら私に言われても困るのですけれど」
「ふふふ……中々愉快な冗談。でも、残念ながら私は、自首しなきゃならないような悪いことはしてない」
良く言う……あ、いやでも、シアが泥棒しているところを、実際に見た訳ではない。ちょっと悪ぶって、それっぽい振りをしていただけなのかもしれない。
だとすれば、こう……微笑ましい?
「……ま、良いですけれど。それで、今日はどうしたのですか?」
「リリがお姫様のお気に入りになったって聞いたから、お祝いを言いに来た」
「……、ありがとうございます。相変わらずお耳が早いですね」
「だって『臨時で入った職員が実は凄腕の理術士かもしれない、ってことで色めき立って呼び出してみたら、やって来たのは子どもだった上にお姫様のお気に入りの印を身に付けていた』って噂で持ち切りだもの」
何言っているか分からないが、って奴ですか。私も分かりません。
そして、持ち切りって何処が? 何処の話、それ?
「お気に入りかは分かりませんけれど、王女殿下にお目通りして御下賜品をいただいたのは本当です」
結局あの後、ルーシャさん……改め、ルーシャレナ王女殿下からは、頼み事には必ず応えることを条件として、一本の飾り紐をいただいた。
字面だけだと結構横暴に見えるけれど、そもそも相手は王女である。条件などなくとも、基本的に拒否権はないのだ。そういう意味では、むしろ良心的かもしれない。
飾り紐は、王女殿下が認めた相手、気に入った相手に必ず渡しているものらしい。別段、特別な効果や権力が付属するものではなく、ただ王女殿下の覚えが目出度いことを示すだけ。
ただ、名誉や名声、箔というものを重要視する貴族と、それを取り巻く世界においては、それが何よりも重い。
そのため、その気になれば、王女の威光を笠に着て、自らの欲求を満たすことが出来る程度には厄介な代物である。
けれど、過去一度も、この飾り紐を身に付けられたものが、そういった自儘な振る舞いを見せたことは一度もないらしい。
元より、そういうものに縁遠い人間にしか与えていないということもあるけれど、何より王女の人を見る目が確かだということなのだろう。
とはいえ、本人はそうでも、その周辺もそうとは限らないだろうに、不思議とそちら側でも問題はないという。何か絡繰りでもあるのだろうか。
それはともかく、その効果のほどは覿面だった。
王宮を辞して分室へ戻った直後、私を待ち構えていたらしい第一分隊の隊員に、やたら丁重に分隊長室まで連れていかれた。
王女の飾り紐といっても、私的な物であるため、知らない人は知らない物だ。だから、相手によっては何の意味もない可能性があったのだけれど、待ち受けていたのは当然分隊長で、今回はそれが幸いした。
部屋に通された時、分隊長は窓から外を眺めていて私の方を見ていなかった。背中を向けたまま「掛けたまえ」、と椅子を勧める様は威厳に溢れていたけれど、いざ席に着いた私(正確には髪に結わえた飾り紐)を見るや、彫像になったのかと思うほど見事に固まった。
復帰してからも、取り留めのない話に終始して(天気の話とかされた)結局、お茶とお菓子を御馳走になるだけで帰らされるという、何がしたいのか分からない有様だった。
事情聴取という名目だったのに、屍人形のことすら聞かれなかった。
それで良いのかと思ったものの、そっとしておいてくれるのならこちらとしても文句はないので、深く考えるのはやめておいた。
「さすが、私が見込んだだけある。相棒として鼻が高い」
「いや、私は何も……いやいや、相棒になった覚えはないですって」
「そんな相棒であるリリに、一つ頼みがある」
聞いてね、人の話。
「……聞くだけ聞きますけれど、悪事の片棒は担ぎませんよ?」
「私のような善良な人間が、そんなこと頼む訳がない。ちょっと手紙を届けてもらいたいだけ」
「手紙? ……街の中、ですよね?」
「そう。それもこの近くだから、大した手間にもならない」
意味が分からない。ここまで来ている暇があったら、直接届ければ良いのでは。顔も合わせられない理由でもあるのだろうか。
「実はちょっと苦手な相手。でも、伝えないと怒られる」
怒られる? 親……とも思えないから、兄貴分とか姉貴分とか?
「ちゃんと報酬も払う。さすがに金貨一枚、なんて奮発は出来ないけど」
「当たり前です。手紙を届けるだけでそんなに貰えるって言われたら、怪しすぎて引き受けません。……届けるのはお昼過ぎでも良いですか?」
少し前に朝二つの鐘が鳴ったところだ。恐らく、あと一時間ほどで昼一つの鐘が鳴る。
この街では各所にある教会の鐘が、時間の経過を知らせてくれる。朝、昼、夕にそれぞれ二回ずつ。感覚的には、八、十、十二、十四、十六、十八時だ。
昼一つの鐘が鳴れば、お昼休憩になる。一時間あるので、近いのならば食事を含めても間に合うだろう。
「ん。今日中なら問題ない。ありがと」
結局引き受けることにしてしまったけれど、決して報酬に釣られたわけではない。シアが苦手という人物を、ちょっと見てみたいと思っただけだ。
それに。
「じゃあ……はい」
「……? 何、この手」
「昼食代ください。お昼外で食べますので。もちろん、報酬とは別でお願いします」
あ、シアが珍しく渋い表情をした。
◇◆◇◆◇◆
「何を食べようかな~」
シアからせしめた昼食代を手に、お昼ご飯を考える。
実はギルドには、いわゆる社員食堂が存在している。さすがに本格的な料理が出るわけではないけれど、値段設定は良心的なので、普段私はここで軽食を取っている。
いや、エグバートさんに頼めばお弁当だって用意してくれるよ、もちろん。というか、最初は当たり前のように用意してくれていた。凄い手の込んだ物を。
けれど、さすがに私の我儘で余計な手間を増やすのは気が引けるので、断っているのだ。
ともかく、今回は普段使う額の三倍超の額を頂戴してきたから、お金を気にせず好きなものが食べられる。
「でもこの距離だと、ゆっくりお店に入って食事っていうのは難しいかも」
シアは、届け先がギルドの近くと言っていたけれど、幼いこの身ではそれなりに時間が掛かる。理力の流れを整えれば、大人にだって負けない瞬発力は出せるけれど、脚の長さは如何ともしがたい。
止む無く、露店で売っている野菜と鶏肉の切り身が挟まれた麺麭を買うことにする。いわゆるサンドイッチである。
たかがサンドイッチと侮るなかれ。挟まれた野菜は、何と生野菜だ。
冷蔵庫とかないから、普通野菜はほとんど酢漬けか塩漬け。王都では、むしろ生野菜が高級品なのである。
そんな訳で、普段の三倍とはいかないけれど、気分的に贅沢な昼食を調達し、雑嚢に仕舞い込む。
さて、それではちゃちゃっと用事を済ませてしまおう。
シアから手紙とともに預かった地図を頼りに歩を進めていく。
やがて、目的地へ繋がるであろう小径の入口に辿り着いたのだけれど。
「狭い……」
そこにあったのは人一人通れるかどうかという道だった。
いや、これは道ではなく、ただの隙間ではなかろうか。
子どもの私なら普通に通れるけれど、大人では小柄な女性ぐらいしか通れそうにない。男性はまず無理だ。
手紙を届ける相手は、女性か子供なのだろうか。
念の為、理力の糸を伸ばしながら小径を進んでいく。
それにしても。
「こういう裏路地は危ないって教えてくれたのは、他ならぬシアではなかったですかね……」




