国で一番の理術士
「それで、本っ当に、体調が悪くなったりはしていないのね? 熱っぽいとか、眩暈がするとか、視界が暗くなってるとか、ない?」
ルーシャさんは、私の首筋や額に手を当てたりして、何やらしつこいぐらいに身体の心配をしてくれる。
どうやら、理力の欠乏を危惧しているようだけれど。
「えぇ、まあ……。ちょっと水を出したぐらいですから、大したことは……」
「――ちょっと、水を出したぐらい……?」
私の言葉に、私の頭に手を添えて下まぶたをめくっていたルーシャさんの目が座る。
あ、何かまずいこと言った?
「何が大したことないよ! 大したことあるわよ! あれだけの勢いで四半刻も理晶具使いっぱなしって何なの! それも、気絶覚悟とかでもなく余力十分って何なのよっ!」
「いたいいたいいたいいたいいたい!」
言葉がヒートアップするに合わせ、ぎりぎりと万力のように頭を締め付けられる。
「しかも、本人には全く自覚がないときた……!」
「るーちゃんるーちゃん、それ以上やるとりーちゃんの頭がヘコんじゃうわよ~?」
見かねたメルリアさんが助け船を出してくれたお陰で解放される。
うぅ……危うく中身が出るところだった……。
きりきり痛む頭をさすりながら、とりあえず聞きたいことを聞いてみる。
「……あの、そんなにおかしいのですか? だって、連続で使わないと水を汲むなんて出来ないですよね?」
「そういう時は、それ用に調整された民生品を使うに決まってるでしょう。貴女に渡したのは戦闘用で、汎用性がある分、理力の要求量が大きいの」
あ、やっぱり理晶具って細かい調整がされているのか。
あの紋様がそういう役目を果たしているのだろう。
「戦闘用で水汲みするなんて、本来ならあり得ないのよ」
……なら何で水を汲めなんて言ったのだろうか。
疑問が顔に出ていたのか、ルーシャさんは慌てたように付け足す。
「め、メルリアがそうするって言ったの! そうすれば、紹介した理由がよく分かるって! 実際よく分かったわよ、貴女がいじょ……変だってことは!」
「今、異常って言い掛けませんでした?」
本人を目の前にして言いますかね、普通。それに、言い直しても変わってませんからね?
「――こほん。そういう訳で、貴女は稀にも見ないほど理術の素養があるということね」
「はぁ……そうですか」
「何、あんまり嬉しそうじゃないわね?」
「いや、あまり実感もありませんし……特に使いどころもありませんので」
有って困るものではないけれど、しばらくは平穏無事な日々を暮らしたい私にとっては、有り過ぎるのは困る。
いや、それはね? 目が覚めてすぐは、理術の才能でひゃっはーだ、なんて思ったりもしたよ? でも、今の自分の立場を省みるに、どんなに個として有能であっても、結局「大人には勝てなかったよ……」ってなるとしか思えないの。
「ま、そうね。今の貴女の立場だと、むしろ面倒なだけかしら」
どうやら、ルーシャさん、私の家庭事情まで知っているらしい。個人情報の保護とかないのね。良いけど。
「です。なので、出来ればそっとしておいていただきたいなー、なんて……」
言いつつも、無理だろうなぁ、と思っていたら、ちょっと予想と違う反応が返ってきた。
私の言葉に、ルーシャさんが何か不思議そうな顔をしてメルリアさんに尋ねる。
「何、メルリア。貴女、まだ言ってないの?」
「言ってないわよ~。さっき言っても、今言っても変わらないもの~」
やだ、何その不穏な会話。
「はぁ……。リリ、貴女近い内に、守護隊の本隊にしょっ引かれるそうよ」
「…………んん?」
ちょっと何を言ってるか分からない。
「昨日、ふーちゃんと大冒険してきたでしょう~? その時のこと、詳しく聞きたいそうなの~。いわゆる事情聴取ってことかしら~」
あ、ああそういうこと。まあ確かに、屍人形が関わっているとすれば、当事者全員に話を聞かない訳にはいかないのは理解出来る。
団長が任せておけとは言っていたけれど、あれは「今日のところは」という意味だったのだろう。
「話を聞かれるだけなら問題なかったんだけど~、多分それまでに~、りーちゃんが理術士だって気付かれちゃうと思うのよね~」
「あー……」
屍人形を焼いたことかな。ほとんど火種がないところで焼いちゃったから、焼け跡は目立つかもしれない。失敗だったか。
ん? そういえば、あれ何であんなに燃えたのだろう。団長の言うとおり、あれが人の身体なら、相当な火力がないとあそこまで跡形もなく燃えるはずがない。
あの時簡単に燃やせたのは、人形だからだと思っていたけれど、実はそうじゃなかった訳で。“外れ”と同じで、理晶具を使った炎に弱いとかあったのだろうか。
考えてみれば、あれの断面も不自然なくらい赤黒かったし、ひょっとして――。
ついつい思考の海に沈みそうになったけれど、メルリアさんの声で現実に引き戻される。
「実はりーちゃんが開けた地下への扉なんだけど~、あれ理術士じゃないと開けられないようになっていたのよ~。だから、今守護隊がやっている現地確認が終わると、ふーちゃんとりーちゃんが何で入れたのかって話になっちゃうのね~」
「え、あ、なるほど」
何だ、そっちか。仕掛けを解除したときはあまり意識していなかったから、気付かなかった。
それなら、私が落ちた後にフラムさんがすぐ開けてくれなかったことにも納得がいく。
「……でも、あれ? どうしてそんなこと知っているのですか?」
メルリアさんは、守護隊が“今”現地確認をしていると言った。にしては情報早過ぎない?
まさか、実は知っていて放置していたとか言うまいな。
「あらあら~、それは女の子の秘密よ~」
「……何でそこを誤魔化すのよ。フラムって娘から聞いたって言ってたじゃない」
「や~ん、るーちゃんのイケず~!」
ネタばらしをされて、むくれるメルリアさん。何がしたいのですか、この人は。
ため息を吐いてメルリアさんをあしらいながら、ルーシャさんが話を進めてくれる。
「そうすると、守護隊は貴女のことを調べるでしょう? フラムって娘は理術士ではないから。で、さっきみたいに、貴女は加減しているつもりで全く加減していない理術を使う。そうしたら大騒ぎよ」
「お、大騒ぎですか……」
「それはそうよ。そうでなくとも、軍やギルドに理術士を取られている守護隊だもの。そこに、若くて桁違いに才能がありそうな人間が来てみなさい。それはもう、大々的に使うわよ」
「や、でもお陰様で何となく加減も分かりましたし、上手いこと“それなり”程度に抑えられれば何とか……」
「ならないわよ。そもそも、いないんだから。精々、“大々的に”が“良いように”に変わる程度ね。どっちか選ぶ?」
どっちも嫌です。
くそぅ、詰んでいるではないか。
まさか呼び出しから逃げる訳にもいかない。
そうでなくとも、あの地下室の件はきな臭い。ここで私が姿を消してしまえば疑ってくれというようなものだ。そうなったら、どこまで累が及ぶことか。
諦めて、彗星の如く現われた天才美幼女理術士として、華々しくデビューするしかないのか。
「くっ、このあふれ出る才能が憎い……!」
「貴女、案外余裕があるわね……。楽しい想像の邪魔をして悪いけれど、貴女を守護隊に渡す訳にはいかないのよ」
「別に、楽しくは……え、どういうことですか?」
「私が使いたいから」
お、おぅ……そうですか。
「貴女にとっても悪い話じゃないわよ? たまに私の手伝いをしてもらうけれど、別に拘束するつもりはないし、私のお気に入りってことになれば守護隊も口を挟めなくなるもの」
「いや、でも……大丈夫なのですか? それってつまり、ルーシャさんが守護隊に真っ向から喧嘩を売るようなものですよね?」
「心配いらないわよ。この国で私と喧嘩して勝てるのなんて、国王陛下ぐらいのものよ」
何それ凄い。何が凄いって、国で一番偉い人と喧嘩をするって発想するところからして凄い。
国で一番の理術士は、権力もぱないのか。
「……まさか、殴り合えば勝てるって意味ではないですよね?」
「愉快な想像をするわね……。勘違いがあるようだけれど、別に私は、理術士として秀でた素養があるわけじゃないわよ。そういう意味であれば、むしろ貴女の方が相応しいんじゃないかしら」
何と。いきなり国一番の称号を手に入れてしまった。
これで私も、女の子の身体を触り放題だ!
じゃなくて。
それほど素養がないのに一番とは、これ如何に。
「単純な話よ? わざとだろうけれど、メルリアは私の“何が”国で一番か言っていないでしょ」
「……すみません。理解が追い付かないのですけれど」
「そうね……じゃあ、分かりやすく、改めて自己紹介をしましょうか」
そうしてルーシャさんは、両の手を腰にやり、慎ましやかな胸を張ると、不敵な笑みで一言。
「――アルゼリア王国第一王女、ルーシャレナ・N・ハイエラーク・アルゼリアよ」
……アルゼリア王国って何処だっけ。
……ああ、この国! 確かそんな名前だった。
メルリアさんを見る。
「……第一王女?」
頷かれる。
「……国で一番の理術士?」
「そうよ~。この国で“身分が”一番の理術士~」
悪戯が成功した子どものような笑顔で拍手をしてくれる。
何だそれ。




