理術士試験?
思わず欠伸が出そうな程度の時間が経って、ようやく二人の言い争い(という名のじゃれ合い)が終わった。
「――こほん。そういう訳で、リリがどの程度、理術が使えるのかを把握しておきたいの」
「まあ、それは構わないのですけれど……ひょっとして、理力を調べておくと、何かあったときに個人が特定出来たり?」
「えぇ? ないない。確かに、理力は人によって違うっていう学説もあるけれど、確認されたものじゃないわ」
そうか、それは良かった。それなら、少なくともシアに借りた理晶具が、万一調べられてもうっかり私が使ったことがばれたりはしない。
「何か誤解があるみたいだけれど、別に悪いことが出来ないように調べてるわけじゃないわよ?」
「あ、違うのですか?」
「もちろんそういう一面がない訳じゃないけれど。自分が理術を使えると気付かないで、理晶具を暴走させたりすると大変だし。破壊を前提で理力を流せば、民生品だって人を害せるぐらいの出力は出せるから」
そういえば、いつぞや噴水に使われていた理晶具に理力を流し込み過ぎて、水量を増やしてしまったことがあったっけ。あれ、一歩間違えたら壊していたのか。
「でも、使い方を誤れば危ない、なんて理晶具に限った話じゃないもの。つまりさっきも言ったけれど、単純に人材発掘のためなの。民生品でも、理術が使える人と使えない人じゃ、効率が違うから」
「例えば~、樽一杯の水を溜めるのに~、理術士なら~、そうじゃない人の半分の時間で済んじゃうのよ~」
それに~、と説明を引き継いだメルリアさんがさらに補足してくれる。
理術士が理晶具を扱うメリットは、単純に時間の話だけではないという。
例えば、理術士が一日全力で使い続けて、樽十杯の水を出せる理晶具があったとしよう。それを一般人が使うと、理論上は、二日費やせば同じく十杯分の水を得られることになる。
けれど実際に試してみると、六杯を超えた辺りで晶石が力を失ってしまうらしい。
つまり、一つの晶石を使い潰すまでに得られる結果の総量にも、理術士とそうでない者では差があるということだ。
「晶石は時間経過で劣化するから、一日余計に掛かる分、減るのは当然なんだけれど。さすがに、一日で四割も減ることはないわ。だから、晶石の劣化は使用している時間と比例して早まる、というのが定説ね」
なるほど……。そこまで差があるなら、国とギルドが把握、と言うか囲い込みをしているのも頷ける。
「ところで……、どうして犯罪抑止みたいな発想が最初に出てきたのかしら。何か心当たりでもあるの?」
おっと、超藪蛇。
噴水の理晶具を壊しかけたとか、盗まれた(っぽい)理晶具を使ったこととか、知られたら堪ったものじゃない。
探られたら痛い腹なので、リリ困っちゃう。
「さて! それじゃあ、えーと……何をすれば良いのですか?」
「あからさまに話を変えたわね……ま、いいけど。身構えなくてもいいわよ。理晶具を使って水を汲んでもらうだけだから」
言ってルーシャさんは、衣嚢から腕輪型の理晶具を取り出して渡してくれる。
水を汲むためなので、嵌め込まれている晶石は青。ただ、かなり小さいし、色も少しくすんでいる。
「あとは桶ね……さすがに水差し一杯だけって訳にもいかないし……」
「それなら私が用意しておいたわよ~」
見れば、メルリアさんの足元にいつの間にか、ワインなどを保存しておくような樽が一つ出現していた。
……え、さっきまで無かったよね? 何処から涌いて出たの?
「はぁ? 何でそんな大きいの。出来っこ――」
「いいからいいから~。大丈夫よね~、りーちゃん?」
「はぁ、別に大丈夫ですけれど……それよりその樽、一体何処から……」
「ほらほら~、早く早く~。りーちゃんの格好良いところ見てみたーい」
どういう誤魔化し方だ。
まあいいや。これ以上突っ込んでも謎は解けそうにないし。メルリアさんだから、でいいよね。
「じゃあ、これ一杯に水を溜めれば良いのですね?」
改めて見ると結構な量だよ、これ。
椅子に座って観戦モードに入った二人に背を向け、樽の上に手をかざす。
握った理晶具(大きさが合わずに身に着けられなかった)に意識を向けると、ゆっくりと理力が流れ込んでいくけれど、水が出る気配はない。民生品かと思っていたら、戦闘用だったらしい。
少しずつ流し込む量を増やしながら考える。
さて、問題はどの程度の時間で水を溜めるかだ。
ここに来るとき「昨日のことで」と連れてこられたということは、メルリアさんは団長から話を聞いたのだろう。
であれば、私が戦闘用の理晶具を使えることも知っていると思って間違いない。
そうすると、時間を掛け過ぎると手を抜いていることが丸分かりになってしまう。
かと言って全力でやって、メルリアさんが言ったような、国による“囲い込み”なんてされたら面倒極まりない。
ルーシャさん個人は信用しても良さそうだけれど、王宮にいる以上宮仕えなのは分かり切っていることだし。
程よく、まあそれなり、ぐらいになるのが一番なのだけれど。
そう言えばさっき、一日で樽十杯という話があった。いくら全力と言っても、二十四時間理力を流しっぱなしとは考えられないので、休憩等を考えると八時間程度が限界だろう。
すると、一時間で一杯ちょっと。それなら、私の年齢を考えれば二時間掛けるぐらいで大丈夫だろうか。
……二時間? このまま二時間じっとしてるの?
うん、三割ぐらい溜めたら疲れたことにして、切り上げてしまおう。
だって、私子どもだし! 体力無いからね、仕方ないね。
給水用の樽に付いたコックを、軽く捻った程度の水量がゆるゆると樽に注がれていく。
……うーむ、退屈。もう少しペースアップしても良いのではないだろうか。
「……あ、そうだりーちゃん~。その樽を一杯に出来たら~、私からお小遣いあげるわね~」
「へ? いや、このくらいのことでそういう訳にも……」
「いいのいいの~、遠慮しな~い。そっちの方が張り合いが出るでしょう~?」
「それは、まあ、そうですけれど……」
お小遣いを貰えるのは決定事項らしい。
大した金額ではないだろうけれど、現金収入は単純に嬉しい。
「頑張ったで賞で、銅貨五枚ね~」
「え……」
銅貨五枚!? それは、私の月のお給料の四分の一にもなる大金である。
え、お給料が月の食費(おおむね銅貨三十枚)にも満たない? いやいや、成人もしていない子どもの給料としては、これでも破格の金額である。
私ぐらいの子どもでは、商家の下働きとして休みなく働いても、それこそ月に銅貨五枚貰えればよい方なのだ。
それをお小遣いとして、軽く出そうとするメルリアさんの金銭感覚に、この国の持つ者と持たざる者の格差を感じてしまうところだけれど、それはさておき。
要するにこれは、ちょっとだけ本気を出さなくてはならない案件になったようだ。
改めて理力の流れに意識を集中する。
その効果はすぐに現れ、これまでの二倍ほどの水量が理晶具から流れ始める。
よし、この程度なら一時間ちょっとで樽を一杯に出来る。
これなら有り得ないと言うほどのペースでもないし、そこまで怪しまれることはないだろう、多分。
そうして、そろそろ樽半分ぐらいの水が溜まったところで、
「あ」
ぴしっ、という音がして、晶石が罅割れてしまう。それきり、いくら理力を流し込んでも理晶具は水を産み出してくれなくなってしまった。
どうやら、晶石に限界が来てしまったらしい。
「すみません、壊れてしまったのですけれど……」
まさか弁償とか言われないよね、なんて心配しつつ恐る恐る振り返る。
するとそこには。
「さっすがりーちゃん~。私が見込んだ以上ね~」
楽しげに拍手しているメルリアさんと、
「何よそれ、有り得ない……」
常識を打ち崩されたような顔で頭を抱えるルーシャさんという、対照的な様子の二人がいた。
……あれ、私また何かやってしまいましたか。




