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地下での遭遇

「ところで、イングベルト様。この理晶具の晶石って、色がついていないのですけれど、何の属性なのですか?」


「おや? 無色の晶石を見るのは初めてかい?」


「初めて……あ、いえ。確か一番最初、ライエル先生に診察してもらった時に使っていたのは、色がついてなかった気がします」

 そうそう。体内の理力の流れを診るということで持たされた理晶具には、色のついていない晶石が嵌め込まれていたはずだ。


 とすると、これは体内の理力に作用する系の理晶具だろうか。

 まさか、これを使えば非力な私でも、パンチ一つで岩をも砕けるように!?


「何を考えてるか分からないけど、色のついた理晶具と使い道は変わらないよ? ただ何でも使えるだけで」

「何でも?」

 何でもって……どの属性でも使えるということだろうか。


「そう。それ一つで、火でも水でも土でも風でも、何でも」

 それは凄い。


「でもそれなら、各色の理晶具って必要ないのではないですか? 戦いに使うのであれば特に」

 何が起こるか分からない戦闘では、手数が多いに越したことはない。

 勿論、咄嗟に選べないほど引き出しが多いのは問題だけれど。


「まあ、世の中そううまくは出来ていないんだよ。無色の晶石は中々採れないし、何でもと言っても、個人差があるみたいでね。実際、三種類以上使えた人なんて、数えるほどしかいないし」

「へぇー……って、それ扱いが難しいということですよね? 私、戦うための理晶具を使ったの、今日が初めてなのですけれど……」


 一月ほど前に一回使っているけれど、あれは言っていないのでノーカン。

 さておき、そんな素人が持っていて良いものなのだろうか。


「うん? 大丈夫大丈夫、リリなら使えるって」

 えー……凄い軽い。何を根拠にそんな。


「私の勘は結構当たるよ?」

「……後で練習してみます」


◇◆◇◆◇◆


 理晶具の白い光を灯りに石造りの通路を歩きながら、イングベルト様とのやり取りを思い出す。

 話の後、実際にやってみたら使えたあたり、さすがですお義兄様、というところ?


 さすがに全属性とはいかなかった(そもそも全部って何種類あるのか知らない)けれど、土と火の二種類を使えたので十分だ。

 戦闘用の理晶具を使った属性だけになったのは偶然だろうか。もっと経験すれば増えたりするのかもしれない。

 まあ、それは追々確認してみれば良いこと。今は目の前のことが優先だ。


 通路に足を踏み入れてから理力の糸を伸ばして先を探っているけれど、特に生き物の反応に触れるようなことはない。

 シアと初めて会ったとき、シアが屋根の上から下りてきたことに気付けなかった教訓を生かして、足下だけでなく天井近くにまで網のように範囲を広げているものの、何も引っ掛かってこない。

 このまま何事もなく、脚立でも見付けられないものだろうか。


 そういえば、理力を使ってフラムさんがどうなったのか調べれば良かった。少なくとも、帰ったのか気を失ったのか、右往左往していたのかぐらいは調べられたと、今にして思い当たる。

 今さら戻る気もないけれど、その場で気付けなかったあたり、私もそれなりに動転していたらしい。ここからは気を引き締めよう。


「む……」


 やがて横へ抜ける一つの扉に行き当たる。

 先が見通せないためよく分からないけれど、歩いてきた通路自体はまだ先があるようだ。


 奥に行かなくて済むならそれに越したことはないと、扉をそっと開けて中を覗き込むも、やはり真っ暗。ただ、扉のすぐ横に照明の起動盤を見つけた。


 やや逡巡したものの、こうも暗くては話にならないと手を置いて照明を点灯する。

 それにしても、全部の部屋にこうした照明が付いているのだろうか。随分お金を掛けているなと思いながら、室内に目をやると。


 足を投げ出し、壁に凭れ掛かっている人がいた。


「うぇ……っ!?」

 理力の糸にも反応はなく、何もいないと思っていたため変な声が出てしまう。

 けれど、その人は俯いたままぴくりとも動かず、明かりが付いたことにも何の反応も示さない。


「……何だ人形か」

 そうだよ、こんなところに人間が転がっているなんてある訳が無い。

 薄暗くてはっきりしないけれど、何となく肌の質感も人間のものとは違うように感じる。

 人形が寄り掛かっている壁にも、禍々しい幾何学模様が赤黒い塗料で描かれているし、全くもって趣味が悪い。

 書き物机や小さな長持、それに棚など、人が生活していた様子が見て取れるけれど、部屋を装飾する小物としては、ちょっと尖りすぎでは無いだろうか。


 いや、そんなことより机だ。当然、椅子が備えられている。これを使えば、一階に戻れるかもしれない。

「でも、これを持って行くのか……」


 背もたれが私の背丈ぐらいある。身体が小さいと、こういう時に不便さを感じるよね。

 どうやって持つのが楽かと考えていると、ふと、机に置かれた小箱が目に付いた。

 ちょっとした装飾が施された、お洒落な小箱。貴金属が入っていそうな箱である。


 いやいや、別にくすねたりはしないよ? 私は、人の家に勝手に上がり込んで、箪笥を漁り壺を割るような勇者では無いのだから。

 ……でも、中を見るだけなら良いよね!


 幸い(?)、鍵も掛かっておらず、箱はあっさりと開く。

 中には、予想とは違い、貴金属は入っていなかったけれど。


「おぉ……」

 色とりどりの晶石と、一振りの短刀が収められていた。

 相場は分からないけれど、晶石には無色の物もあるあたり、まとめて売ったら一財産になるのでは無かろうか。

 加えて、短刀は柄と鞘に細かな彫金がされ、握りの部分には鮮やかな翠玉が嵌め込まれている。

 手に取ってみると私の手にも重くなく、大きさも丁度良い。


 ……だから盗んだりはしないってば。


 いやでも、この邸は放棄されたことになっているらしいし、残っているものは捨てたものという考えもできるのでは?

 いやいや、例えそうだとしても道端に捨てられているものとは訳が違うし。

 いやいやでもでも……。


 そんな不埒な葛藤をしていたからか、“それ”に気付くのが遅れてしまった。

 ゆらり、と視界に影が差す。


 窓もないのに何だろうと、振り返ってみると。

 動かないはずの人形が、背後から私へと手を伸ばしていた。


「――――っ!?」


 予想外なことに反応が追い付かない。

 ひんやりとした手が首に回り、ぎりぎりと締め付けてくる。


 おっと、これは貴男のものでしたか。よしよし、まずは落ち着こう。ちょっと見せてもらっていただけで、盗る気はなかったんですよ?


「ぁ……はっ……!」

 って、そんな冗談を言っている(声出ないけれど)場合じゃない。


 人形は重さなんて感じていないように、軽々と私の身体を吊り上げる。

 どろりと濁り、焦点の合っていない人形の眼球と視線が交錯する。


 掴まれたとき、反射的に相手の腕を押さえてしまったのはまずかった。起動状態だった理晶具は、私の手から離れたことで力を失っている。

 意識を失う前に、何とか反撃を、と思った瞬間。


 人形は、不要なものを放り捨てるように、私の身体を無造作にぶん投げた。


 壁際に置かれた長持へ落下する。衝撃に耐え兼ねた長持が、けたたましい音を立てて大破した。

 背中を強かに打ち付け、息が詰まる。

「い――っ! けほっ……!」


 でも、これはチャンスだ。

 人形は、投げたものには興味がないのか、私を打ち捨てた後は何もせず、ぼんやりと佇んでいる。


 背中の痛みを意識の端に追いやり、立ち上がる。

 結構な勢いで激突したにもかかわらず、長持がクッションになったおかげで身体に負傷はない。


 けれど、長持の中には、薬品だか塗料だかカラフルな液体が入っていたらしく、気付けば私の身体は斑模様に染まっていた。

 数少ない私服が……!


「――あったまきた!」


 本当なら消し炭にしてやりたいぐらいだけれど、室内で“外れ”のときのような大火力をお見舞いするのは、さすがにまずい。


 ならば、と理晶具を握り締め“土”の色を思い浮かべる。

 何回か使って分かったのだけれど、どうやら無色の理晶具を使うのに大切なのは、色のイメージらしい。“火”なら赤色、“土”なら茶色と、色のない晶石が、流した理力によってそれぞれの色に染まるようにイメージすることで、その属性が発動するのだ。


 手にした理晶具の晶石が、理力に反応して光りを放つ。

 それに反応したのか、弾かれるように人形が振り向き、こちらに向かってくる。

 でも、もう遅い。


「吹き飛べ……!」

 言葉とともに力を解放する。


 理晶具から生み出された拳大の土塊が、人形を目掛けて機関銃のように撃ち込まれていく。

 身を守るという感覚はないのか、人形は無抵抗に土塊をその身に受け、私とは反対側の壁まで吹き飛んでいった。


 耐久性はあまりなかったらしく、胴体に穴が開いたり腕や首が千切れたりしていたけれど、血が噴き出したりはしなかった。良かった、やはり生きた人間ではなかったようだ。

 え? ここまでやっておいて、その心配は今更だって? そうね。


 それにしても、どういう原理で動いていたのだろう。さすがに、バラバラにしてしまえば動くこともないと思うけれど、まさかこれも、理力の賜物とか言うまいな。

 投げ飛ばされた拍子に外れた短刀の鞘を拾い上げながら、もう少し良く見てみようと人形に近付いたところで。


「リリエルっ! ここにいますの!?」


 扉が勢いよく開き、フラムさんが部屋の中へ飛び込んできた。


「あれ、フラムさん?」

 どうやってここまで来たのだろう。まさか、何も考えずに追い掛けて来たのだろうか。


 私の心配を余所に、フラムさんは安堵したように、ほっとため息を吐く。


「良かった、無事でしたの……。凄い音がして――」

 ところがフラムさんの言葉が変なところで止まった。


「? どうしました?」

 フラムさんの視線は、私から少しずれて、壁際を凝視して固まっている。


「い、いえ! 大丈夫ですの、私は貴女の味方ですの!」

「はい? 何を言って……」

 フラムさんの視線を追ってみる。


「あ」


 そこにはバラバラになった人間(に見える人形)が転がっていた。

 そして、その前に立つ、抜身の短刀を携えた私。


 うん、見事に殺人犯である。状況証拠ばっちりだ。


 ……どうしよう。

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