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秘密の部屋?

「んー、何もありませんねぇ……」

「と、当然ですの……この邸は何の変哲もない、ちょっと建て付けが悪くて隙間風が吹いてしまうだけの、ただの邸ですの……」

「あ、そういう結論にするつもりなのですね……」


 フラムさんに張り付かれながら、最上階から一部屋一部屋順番に中を検めていく。こう言うと大変そうに聞こえるかもしれないけれど、実はそうでもない。

 二階と三階にあるのは、一人用の個室が数部屋だけ。部屋の内部も人が住んでいるわけではないから、極端な話、確認だけなら入口から覗くだけでも事足りるのだ。

 さすがにそれだけではあんまりなので、一応中をぐるっと回ってはいるけれど、それでも大した苦労はない。

 強いて言えば、ランタンによって映し出された影が揺らめくたび、フラムさんが私の服を引っ張って首を絞めてくるのに辟易する程度だ。


「ところでこのお邸、あまり部屋数がありませんけれど、これぐらいが普通なのですか?」

「え? えぇ、十分ですの。むしろ少し多いぐらいですの」


 そうなのか。十人分にも満たないのに。

 まあ、そんなに大量の従業員を抱えている商家なんて、いくら王都でもそれほど数はないのかもしれない。

 と思いきや。


「一部屋三人としても、二十人ぐらい住めますの」


 一部屋三人て。

 各部屋とも、一辺が私二人分ぐらいの長さしか無かったぞ。


「いや、さすがにあの部屋に三人は詰め込み過ぎでは……?」

「そんなことありませんの。屋根もあって、ゆっくりご飯を食べられて、横になれる広さがあるだけマシですの」

「あ、そういう次元の話なのですね……」


 私の反応に、フラムさんは不思議そうに首を傾げている。

 細かいことは考えないでおこう。


 さて、あと調べていないのは一階だけ。最初に入ってきた調理場を除けば、こぢんまりした食堂と管理人用の部屋を残すのみである。


 フラムさんは最上階云々と言っていたけれど、何かあるなら管理人部屋だと思うのは単純過ぎ?

 まあどちらにしろ噂の正体は、フラムさんの言うように、どこかの隙間から吹き込む風の唸りとかいうオチだろう。


 フラムさんに盾にされるようになりながら(そろそろ慣れてもらえないだろうか)管理人部屋へと足を踏み入れる。

 と。


「……?」

 何だろう。何となく、二階三階の部屋と空気が違う。


「ど、どうしたんですの?」

「いえ……、別に何でもないです」

「その間は何ですの! 何かあるんですの何か気付いたんですのっ!?」


 返答に躊躇した私の様子を目敏く感じ取ったフラムさんが、がっくんがっくん私の身体を前後に揺らしてくる。酔う酔う。


「いやいや気のせいですから! 埃が立つじゃ――」


 埃。自分の言葉ながら、それでピンと来た。

 そう、この部屋は他の部屋に比べて埃臭くない――というか澱んだ感じがしない。つまり、定期的に空気が入れ替わっているのだ。


 ……誰もいないはずなのに?


「……とりあえず、一通り見てみましょう。ここは他と違って、少し広くて家具も残っているようですし」

「わ、分かりましたの……」


 棚の中や机の引き出し、寝台の下まで確認していく。

 灯りが一つしかないため、二人並んで同じところを調べるしかないので、大変効率が悪い。


 どうして二人いるのに灯りが一つしかないんだ。

 えぇ、はい。持って来なかった私が悪いのですよね。


「特に変わったことはありませんの……」

 フラムさんが嬉しそうな、それでいて残念そうな色を滲ませながら呟く。器用なものだ。

 けれど言うとおり、棚も引き出しも、見つかるものといえば砂埃ぐらいで、鍵が付いたものさえ一つもない。


「残念。ここも空振りでしたね」

 いや、別に残念でもないのか? 何もないなら何もないで、私は早く帰れるんだし。


 あとは食堂と、最初に入った調理場を見て回ればそれでお終いだ。食堂は長机が二つほどあるだけだったし、調理場も大して広くもない。すぐに終わるだろう。

 最初はどうなることかと思ったけれど、これなら何事もなく解放されそうだ。フラムさんが納得するか、という問題はあるけれど。


 どうしたら納得して貰えるものかと考えつつ、部屋から出るべく扉に向かったとき、床の上で光る何かが目に付いた。

 そこにあるのは、何の変哲もない小さな扉止め。木製のそれは、特に光を反射するようなものでもない。


 気のせいかと思いながらも覗き込んでみると、光が反射していたわけではないことに気付く。

 私の目に映ったのは、薄らと残った理力の残滓だった。


「そんなところに屈み込んで、どうしたんですの?」

「いえ……ここに何か……」


 杭のように床へ打ち付けられている扉止めをよく観察してみると、床まで続く細かな溝が側面に刻まれていた。そして中央には、艶消しを施された晶石。

 用途は分からないけれど、間違いなく理晶具の一種だ。


 晶石を包み込むように扉止めを握り込んでみると、理力が溝を伝って晶石に流れ込んでいく。

 すると、ややあって何処からか、かこん、という軽い音が聞こえた。

 すわ本当に仕掛け扉か!? と、少しわくわくして身構えたのだけれど。


「……あれ?」

 何の反応もない。


「聞こえました……よね?」

「ええ、聞こえましたの! ……ひょっとしたら、隠し扉かもしれませんの!」


 フラムさんは私の手からランタンを取り上げると、周りの壁を照らしながら小走りで駆けていく。


 何だか急に元気になったな、なんて思いながら、追いかけようと足に力を入れて立ち上がったと同時、何かが軋む感覚とともに足元の感覚が消失した。


「へ……って、ふぉわぁぁぁぁぁ――っ!?」

「!? リ――っ」


 振り返ったフラムさんが手を伸ばしてくれるけれど、一歩遅い。

 私の身体は重力の導きに従って、穴へと吸い込まれていった。


◇◆◇◆◇◆


「いたた……お尻打った……」


 幸い、大した高さではなかったため、足首をぐきっとすることもなく無事着地。

 いや、暗くて高さを見誤ったせいで尻餅を着くことにはなったけれど。


 どうやら、殺風景な小部屋のに落ちたらしい。

 穴から漏れてくるランタンの光だけで、何となく部屋の様子が分かるぐらいには狭い。


「リリエルっ! 大丈夫ですの!?」

「はーい、何とか大丈夫でーす」


 血相を変えて、私が落ちた穴から覗き込んでくるフラムさんを見上げる。


「でも上には戻れそうにないですね……」


 大人二人に満たない程度の高さとはいえ、子どもの身では梯子なり脚立なりがないと、手を伸ばしても届きそうにない。


「わ、私も今から降りますの!」

 何でそうなる。


「いやいやいや! 二人で降りたら、最悪帰れなくなりますから。私、ここで待ってますので、縄梯子になりそうなものを探してもらえませんか?」

「で、でも私が離れたら、そちらは真っ暗になってしまいますの!」

「あ、それは大丈夫です。だって――」


 壁に歩み寄って手を触れる。

 すると、壁に掛けられた燭台の蝋燭に火が灯る。貴族の家や商家、商業ギルドにもある照明用の理晶具である。


「このように、ちゃんと灯りがありますので」

「わ、分かりましたの。すぐに見つけますから――」

 身を乗り出していたフラムさんが、とりあえず納得してくれた様子で身体を起こした瞬間。


 かこん、と先ほど聞いたばかりの軽い音とともに、穴が塞がってしまう。

 続いて、閉じた床を叩くような鈍い音が聞こえてくる。けれど随分と小さい。声も聞こえてこないし、余程防音性が高いのだろうか。


 閉じ込められた形にはなったものの、まあ慌てることもない。

 フラムさんだって、どうやって入口が開いたのか見ていたのだ。同じことをすれば、また開くことぐらい訳もないだろう。

 そう思ったのだけれど。


「…………」

 一向に開く気配がない。

 床を叩くような音も、今はもう聞こえておらず、辺りは耳が痛くなりそうな静寂に包まれている。


 え、私見捨てられた?

 いやいや、まさかそんな。フラムさんも、いきなりのことでちょっと戸惑っているだけだって。

 それに、私を置いて一人で帰るなんて、恐がりのフラムさんに出来るはずが……、いや待てよ? 恐怖のあまり卒倒したということはないだろうか。

 何しろ、探索を始めてからずっと、私に張り付いて離れなかったぐらいだ。いきなり一人取り残されて、目を回したなんてこともあり得る。


 例えそうだとしても、少し待てば目を覚ますとは思うけれど、あまり悠長にはしていられない。

 今もこの邸が、“何か”に使われているのだとすれば、無断で入った私たちは良く思われないだろう。もしも、よろしくないことに使われているなら尚更だ。


 そう考えれば、待つよりも、自力で脱出する方法を探す方が建設的か。まさか、降りたら出られないということはないだろう。それは欠陥住宅過ぎる。

 開けたときのような仕掛けがあるようには見えないから、案外、下から押せば簡単に開くのかもしれない。


 残念ながらこの部屋にはテーブルしかないけれど、さらにその上に椅子でも置ければ、辛うじて天井まで手が届く。


 とすると……。


 今まであえて見ないようにしていた部屋の奥を見やる。そこには、何処かへと続く入口がぽっかりと口を開けていた。

 理晶具の仕掛けを使ってまで隠されていた地下室。その理由がこの先にあるだろうことを思えば、足を踏み入れたくはなかったのだけれど仕方がない。


 服の下に隠していた理晶具を胸元から引き出す。

 使わないのが一番だけれど、用心するに越したことはない。


「――よし。行こう」

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