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お客さま

 やっぱり顔パスだった門を抜け、商業ギルドの入口まで戻ってくる。


「にしても、思ったより少なかったなぁ……」


 帰り道で私が選り分けたリピネル草を眺めながら、ミーネさんがため息を吐く。


 初めにミーネさんに渡されたものと同じ程度の品質を持つものは、摘んだ数の三割ほど。まあ、それでも三十株を超える数があるのだから、ぼちぼちだろう。

 ……むしろ、どれだけ摘んだのだって感じだ。


「でもこれなら三等分にできる数ですし、ちょうど良いのではないですか」

 依頼で求められているのは、確か十株単位での納品だったはずだ。


「お前、本当に三等分で良いのか?」

「もちろんですよ。選別したっていっても、大した手間ではなかったですし」


 何しろ、摘んでから時間が経ったせいで、ほとんどが理力を失っていたのだ。理力を纏い続けるものは一目瞭然である。そこからは、単純に量が多いか少ないかで見分けるだけ。

 それに、摘んだ数でいえばほとんどが二人のものだ。


「あ、でも代わりに、そっちの依頼人に渡せないリピネル草を貰っても良いですか?」


 レンさんが抱えている低品質のリピネル草を指差す。

「へ? 使い道もないし、別に構わないけど……食べるの?」

「食べませんって」

 私イコール食いしん坊みたいな風潮には断固抗議したい。


「依頼品の基準には足りませんでしたけれど、もしかしたら何かに使えるかも、と思いまして」

「ふーん……? まあ、どうせ捨てるだけだし好きにして良いよ」


 ほとんどが理力を失っているものの、中には未だ薄らと理力を纏っているものもあるし、加工次第で使い道もあるかもしれない。

 そんな皮算用をしながら、相変わらず賑わっている商業ギルドの入り口をくぐると。


「あ! 良かった、帰ってきてくれたっ」

 慌てた様子の見知った男性が声を掛けてきた。


「やっほー、クルト。どうしたの、そんな慌てて」


 駆け寄ってきた小柄な男性は、ミーネさんやレンさんと同じく分室に所属する一人。

 本人曰く、特徴がないのが特徴らしいけれど、個性派揃いの分室にあってそんな人間が(私を除いて)いるわけもなく。


「いやー、待ってたんだよ……って、レン君、何それ。花売りに転職するの? 似合う似合う」

「あ゛ぁっ!? 喧嘩売ってんのかオラァっ!」

「ぷぷーっ!」


 あーあー、敢えて触れないようにしていたのに。

 可愛らしい花をつけたリピネル草の束を、籠に入れて抱えているレンさんの姿は、確かに花売りっぽいくて、笑ってしまいそうなくらいミスマッチ感が凄い。

 しかも、似合っていないわけではない辺り、余計に性質が悪い。


 わざとやっているわけではないと思うのだけれど、クルトさんには迂闊な発言が多いのだ。

 私も初対面で、「黒髪は縁起が悪いから染めよう」と言われた。

 髪色のせいで無駄な面倒事に巻き込まれないようにという、私を心配しての発言だったのだけれど、さすがに面食らったものだ。


「それで、何か急ぎだったのではないのですか?」

 レンさんにメンチを切られて、クルトさんは「ロープロープ!」みたいなことになっているけれど、いつものことなので放っておいて先に進める。


「そ、そうそう! リリにお客さんが来てるんだよ」

「はぁ……、え、私に?」


 自慢ではないけれど、私の交友範囲はひどく狭い。

 何しろこの一月、ほとんど自宅と職場の往復しかしていないのだ。広がりようがない。


「何かの間違いでは? 心当たりが全くないのですけれど」

「あー、いや……うん。フラムちゃんって言うんだけど、初対面だと思うからそうだろうね」

「フラム……さん?」


 当然ながら聞き覚えすらない。

 クルトさんが“ちゃん”付けで呼んでいるのだから、どちらかと言うと私と歳の近い子どもだろうか。


「どういう用事……って、何ですか、お二人のその顔は」


 フラムさんの名前が出たところで、ミーネさんとレンさんが揃って「あぁ……」みたいな表情を浮かべた。

 やだ、何その反応。面倒な人なの?


「いや、うん。……悪い子じゃないよ?」

「……それ、褒め言葉ではないですよね」


 何でもフラムさんは、近年ギルド内で急成長している商家の一人娘らしい。

 まだ幼い(十歳になったかならないかぐらいとか)のに、跡継ぎの自覚があるらしく、父親の仕事に付いて回るだけでなく、積極的に独自の営業活動まで行っているという。

 ただ、その年齢故か相手方に取り合ってもらえないことも多く、その度にギルドへ苦情(という名の愚痴)を零していたのだとか。


 当初、分室との接点はあまりなかったのだけれど、「商家の困り事は分室が何とかしてくれる」という趣旨のことを誰かから聞いたらしく、いつからか愚痴を零す相手が分室に代わってしまったらしい。

 以来、定期的に顔を出しては、やれあそこの商家は従業員の教育がなっていないとか、やれあそこの家は私のことを子ども扱いして馬鹿にしたとか、絡んでいるという。


 うーん、まだ幼いのにまるで熟練のクレーマーのようだ。


「……そんな人が、“私の”お客さんになる理由が分からないのですけれど」

「いやほら、年齢が近い方がフラムちゃんも話しやすいと思うし」


 えー、そうかなぁ……それはまあ、話を聞くだけなら誰でも良いのだろうけれど。

 普通に考えれば、子どもを出してきたって、気分を損ねるだけでは。


「大丈夫大丈夫、心配無いって! ほら、あんまり待たせたら悪いからさ」

 クルトさんは何の根拠もなく請け負って、話は終わりとばかりに私の腕を引こうとする。


「や、まだ納得してないですって! ミーネさんからも何か――」

 横で話を聞いていたミーネさんに助けを求めてみるも。


「あ、じゃあ私は依頼品を届けてくるから。頑張ってね!」

 わざとらしく、手に持っていたリピネル草を掲げてみせ、


「――レンさんっ!」

「なら、こっちのは桶にでも突っ込んどいてやるから、持って帰るの忘れんなよ?」


 レンさんはレンさんで、清々しいまでに我関せずだ。

 このタイミングでそんな気遣いしてくれなくても良いのですよ?


「よく分かんないけど、これで心配事も無くなったね。良かった、行こ行こ」

 問答無用とばかりに、ずるずると引きずられていく。

 ちょっと、幼女誘拐ですよー! 誰か男の人呼んでー!


◇◆◇◆◇◆


 抵抗空しく拉致された私は、分室ではなく商業ギルド内の一室へと連れて行かれた。

 そこで私を待っていたのは、紅い髪が印象的な一人の女の子。


「お待ちしていましたの。私のお願いを聞いてくれる方というのは、どなたですの?」


 私の手を引いていたクルトさんが、今度は背中を押すようにして女の子の前へと押し出してくる。いや、普通何か説明するものでは。


「えー……と、初めまして。リリエルと申します」

「御丁寧にどうも、フラムですの。……え、貴女が?」

「どうやらそうらしいです……よ?」


 フラムさんはこめかみに指を当てて、苦虫を噛んだような表情をする。

 しばらく何かを考え込んだ後、やおらため息。

 それから、私を連れてきたクルトさんへ、ツカツカと足音も高く一直線に歩み寄る。


「貴男はっ、先ほどっ、私のお願いをっ、聞いてくれる方をっ、お連れするってっ、言いましたよねっ」

「いたたたた、フラムちゃん足踏まないで……!」

「それを、あんな小さな子どもを紹介するなんて、私を馬鹿にしてるんですの!?」

 ほーらやっぱり。だから言ったのに。


「い、いやそれは誤解……ちょっと、リリも他人事みたいな顔してないで、何か言ってあげて!」


 だって他人事ですし。

 そういえば、レンさんはちゃんとリピネル草を水に浸けておいてくれたかな。丸ごと水の中に沈めていたりしてないと良いなぁ。


「確かに年齢は幼いけど、彼女も歴とした分室の人間だから! 年齢は能力の大小に関係ないってこと、フラムちゃんもいつも言ってるから分かるでしょう?」

 私が頼りにならないことを察したのか、クルトさんが正論で対抗する。うーん、大人げない。


「っ、それは……」

 きっと、根は真っ直ぐなのだろうフラムさんは、いつも苦い思いをさせられている人間と同じ考えになっていることに思い至ったのか、言葉に詰まる。

 二の句を継げないでいるフラムさんを見たクルトさんは、ここぞとばかりに話を締めに掛かる。


「良かった、納得してもらえたみたいで。じゃあ僕はこれから見回りに行かないとならないから、あとは若い二人でごゆっくり! リリもしっかりね?」


 言うが早いか、止める間もなく扉から出て行くクルトさん。


 やろう、にげやがった。

 私一人残していかないでほしい。


 クルトさんが去った扉を向いて、俯いているフラムさんを見る。

 余程クルトさんの正論が堪えたのか、心なしか肩が震えているその後ろ姿に声を掛けあぐねていると。


「――ぅきーーーーっ! 何ですの何ですの何なんですのーっ!」

 うがぁっ、と爆発した。


「ど、どうどう。落ち着いてください」

「どうどうって何ですの! 私は馬じゃないですのっ!」

 そうだね、今のはどちらかというと猿っぽい。


 フラムさんは、ぐしぐしと袖口で目元を擦りながら振り返る。

 大丈夫? ハンカチいる?


「いりませんのっ! それでっ! 貴女が分室の職員だというのは本当ですの!?」

「い、一応は。まだ一月ぐらいしか経っていませんけれど」

 しかも正職員ではなく、臨時採用。


 私の答えを聞いたフラムさんは、何やら葛藤があるのか、唸り声のようなものを発しながら睨んでくる。

 そんな睨まれても、私にはどうしようもない。


 やがて彼女は踵を返すと、部屋に備えられたテーブル席にどっかりと腰を下ろす。


「何を突っ立ってるんですの! 貴女も座るんですの!」

「えーと……話していただけるのです?」


 フラムさんは、出されていたお茶に口を付けながら、ぷいっ、と顔を逸らす。

「ふん! 出していただいたお茶が捨てられてしまうのが忍びないだけですの! だから、このお茶を飲み終わるまでは、貴女の話し相手になってあげますの! 感謝すると良いですのっ!」

「……それは、その、ありがとうございます?」

 あれ、ここ私がお礼を言うところ?


 何にせよ、日も傾いてきた今日という日のお仕事は、彼女とのお喋りで終わることになりそうだ。

 結局、今日は普段の仕事が全く出来なかった。まあ、その分のしわ寄せは、クルトさんに押し付けても文句は言われまい。というか、言わせない。


 そう考えれば、女の子とお喋りをしながらお茶を飲んでいれば良いというのは、そんなに悪いことでもないかもしれない。

 言っても、十歳の女の子だ。相談の内容だって、微笑ましいものかもしれない。


 なんて、このときの私は思っていたのでした。

 すぐに頭を抱える羽目になることも知らずに。

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