『シアとお買い物』
シアのキャラクターエピソード的なお話です。
時間軸は本筋と少しだけ前後しています。
待ちに待った給料日。
この世界で初めての、正真正銘“自分のお金”を手にした私は、その幾ばくかを懐に入れ、意気揚々と街に繰り出していた。
ちなみにこの世界、お給料は週給払いが一般的である。そんな中で、私は敢えて月給払いをお願いしている。
週給でも良かったのだけれど、別段今すぐに必要な訳でもないし、お給料というと月一回貰えるイメージが強いのでそうしてもらった。
一般的に、月給はほとんどないらしく、希望を伝えたときは、マリクさんが不思議そうな顔をしていた。
というのも、あまり多額の金銭を一度に受け取るのは考え物、ということもあるけれど、それ以上に不払いによるリスクを考えてのことだ。
月一回の給料日直前に、雇い主が夜逃げでもしようものなら目も当てられない。
労働基準監督署などないから、賃金の不払いを立て替えてくれるところもないので、正に死活問題である。
そんな訳で、ある程度取り回しやすい額になる週給にして、すぐに保存の利く物や生活必需品などに変えてしまう生活スタイルが出来上がっているらしい。
その点、私の雇い主は公的機関であるし、支払いも、商業ギルドを通してクレイルシルト家にされるので安心である。
ちなみに、私はエグバートさんを通じて受け取ることになっていて、エグバートさんは全額渡してくれようとしたけれど、一部は生活費として預けたままにしている。
受け取った分については、自室にある長持に仕舞い込んでいる。いわゆるタンス貯金である。現状、まだそこまでの額ではないけれど、その内、何か保管方法を考えなければならないかもしれない。
ギルドで個人向けの銀行業をやってくれないものだろうか。
「あ」
「あれ?」
懐に入れたお金の重みを感じつつ、慣れ親しんだ市場通りを歩いていると、シアとばったり出くわした。
「久し振り。また私の仕事を手伝ってくれるの?」
「お久し振りです。って、いきなりですね。私、シアの仕事を手伝った覚えはありません」
初対面の一件は、シアが私のことを利用しただけだ。断じて手伝ってはいない。
「冗談。守護隊に入ったって聞いた」
「そうなのです……よく知ってますね?」
「情報は大切。と言うより、あの分室はわりと有名」
「私以外、みんな個性的ですからね」
その濃さで私の存在が薄まるなら良いことだ。
「……、そうだね」
「何か、引っ掛かる間がありましたけれど」
「気のせい。で、今日もこれから仕事?」
「いえ、今日はお休みです。服を買いに行こうかと思いまして」
そう、今日の目的は服の購入である。
おっと、誤解しないでほしいのだけれど、別に着るものに事欠いているわけではない。
外に出るときは、基本的に身分を隠している関係上、元々持っていたリリの服では何かと支障があるのだ。一番初めに着た、一番シンプルと思われる服でさえ、アリシャから「それはない」と言われてしまった。
使われている生地の質が根本的に違うのだろう。決して、服選びのセンス的にないと言われたわけではない。……ないと思いたい。
これまでは、とりあえずアリシャに借りて何とかしていたけれど、さすがにずっとそのままという訳にもいかない。
お金も入ったことだし、まず初めに調達しておこうと思った訳だ。
「仕立てるんじゃなくて、買うの? ……誰かのお遣い?」
「え、いや、私が着るものですけれど」
妙なことを聞く。
私が自分の服を買いに行くのがおかしいのだろうか。
「そう……なら良いお店知ってる。案内しようか?」
「本当ですか? それは助かり……表に出せない品を扱っているお店じゃないですよね?」
「心配しなくても、出入りしたからっていきなり捕まったりはしない」
「えと……それじゃ、お願いしても良いですか?」
実際、この申し出は有難かった。
本当はアリシャに付き合ってもらう予定だったのだけれど、生憎急な往診が入ってしまったせいで、自分一人できちんと選べるか不安だったのだ。
何せ、子供用の服を見繕った経験なんてない。
そんな訳で、意見を求められる相手が出来るのは喜ばしい。
「ん、お任せ」
◇◆◇◆◇◆
「これ、似合いそう」
「いえ、それは……薄着過ぎませんか?」
「ならこっち?」
「ちょっと、寒そう……って、さっきより布の面積が減ってませんか」
「むー……じゃあこれ」
「それ、もはや下着ですよね? 服じゃないですよね?」
シアに案内された衣料品店の中。
私は、シアが次々と持ってくる「似合いそう」という服を、尽く却下していた。
「……リリって、結構我儘?」
「納得いかない! どうして、そう露出の多い服ばかり持ってくるのですか!?」
この世界、一般的に、肌を見せるのは忌避されるのではなかったのか。
「それは誤解。最近の流行りは適度に隠して、適度に見せること」
最後のとか、適度ってレベルじゃなかったですけれど。
というか、そう言っているシア自体、ほとんど肌を見せていない。確かに軽装ではあるけれど、腕や脚などもしっかりと隠している。
「私は仕事柄仕方ない。肌が出てると怪我しやすくなるし」
「そうかもしれませんけれど……でも、今日は仕事があったわけではないのですよね?」
そうでなければ、私に付き合ってここにはいないだろう。
シアの仕事が、一般的な常識に当てはまるかは疑問だけれど。
「そもそも、そういうのは可愛い娘が着てこそ映える」
「そういう意味なら、シアも十分映えると思いますよ?」
「……私は別に可愛くない」
私の指摘に、シアはちょっとむくれたような顔をする。
あれ、あまり表情を見せないシアにしては、意外な反応である。
「いやいや、シアは可愛いですって」
これはお世辞でも何でもない。
シアはぱっと見、髪形や体型から中性的に見えるけれど、その顔立ちは十分愛らしい。
ドレスでも着て着飾ってみればほとんどの人が可愛いと言うだろう。
「可愛くない」
それでもシアは頑なに否定する。
そこまで照れなくても、と思ったのだけれど。
「私は、どちらかと言うと、格好良い」
「…………」
反応に困る。
どうしよう、何か言った方が良いのだろうか。
「……格好良い」
「お、おぅ……」
大事なことなので二回繰り返したのですね。
「と、とにかく、もう少し露出の少ない服が欲しいのです」
「……人間、時には冒険も必要」
衣服で冒険はしたくない。
「って、冒険て何ですか。さっき流行りって言ったのに」
「……こういうのも良いんじゃない?」
あ、無かったことにした。
そしてやっぱり、選ぶのは寒そうな服である。それ、背中全面空いている上に、首のところで縛った紐が解けたら、全面オープンになるのですけれど。
「もう良いですよ……自分で選びますから……」
結構長いこと店にいるものだから、お店の人の視線が少し痛くなってきた。
というか、入ってきたときから見られていた気もするけれど。やっぱり、シアが一緒とはいえ、私の見た目が問題なのだろうか。
早いところ選んで、ちゃんとお客だということを示さないとならない。
「って、ここにあるの全部露出過多なのですけれど……」
ひょっとして、この棚は全部そういう棚なのだろうか。
それともシアの言うとおり、本当にこういうのが流行り?
仕方ない。ここはプロに――店員さんに頼るとしよう。
カウンターに座っていた女性に声を掛ける。
「――何か御用、小さなお客さん?」
おおぅ……初めは気付かなかったけれど、改めてみると華やかな店員さんである。
眠たげというか、気だるげな雰囲気が、実に妖艶な雰囲気を醸し出している。
何というか、こういう衣料品店にいる店員さんを前にすると、気後れしてしまうのは私だけでしょうか。
「っと、その……私が着られるような服はありませんか?」
「それは……ここにある服で、ということかしら?」
「へ……それは、もちろん」
「そう……なら、貴女はその服で何をするの?」
色とかデザインとかの前に使い道なのか。まあ、取り立てておかしくもない……かな?
いずれにしても、服が必要なのは仕事のためだ。
「お仕事に使う服が必要なのです」
「仕事……小さいのに大変ね。でも、貴女は可愛らしいから、きっと大人気ね」
「はぁ……?」
「でも、ごめんなさい。いくらここの服が多少の大きさ違いに問題がないとはいえ、さすがに貴女に合うものは置いていないわ」
サイズ違いに問題がない。ちょっと意味が分からない。
服のサイズなんて、ぴったり合っているに越したことはないだろうに。
それとも、着用者に合わせてサイズが変わる、魔法の服などという便利グッズが実用化されているとでも言うのか。
「あの……大きさ違いに問題がないというのは……?」
「だって、仕事中はすぐに脱いでしまうでしょう?」
「え? いや、服は仕事中に脱ぐものではないかと……」
「そう……貴女のお客さんは、そっちが好みなのね。なら尚のこと、きちんと測って仕立てないとダメね」
……待って。何か、決定的に話が噛み合っていない気がする。
「私、仕事の内容をお話ししてないと思うのですけれど……」
「聞かなくても分かるわよ? 仕事って、そういうことでしょう?」
「その、“そういう”とは……?」
何とも嫌な予感が、ひしひしとするけれど、聞かない訳にもいかない。
聞かれた店員さんは、不思議そうな顔で、
「もちろん、殿方に“春”を売る仕事」
と、教えてくれた。
やっぱりだよ。って、もちろんはおかしいでしょう、私の年齢でそんなことやっていたら犯罪……でもないのか、この世界ひょっとして。
いずれにせよ、つまり、私がさっきまで熱心に品定めしていたのはプレイ用の衣装だったらしい。
「シアさん……?」
これはどういうことでしょう、と私を連れて来た張本人に尋ねる。
よもや、知らなかったとは言うまい。
「だってリリ、仕立てるんじゃなくて、出来上がってる服が欲しいって言うから。最初から出来ている服を買える場所なんて、こういうところしかない」
ここに来て、ようやく私は自身の失敗を理解した。
考えてみれば当然のことだ。
工業化されてないこの世界で、均質な製品を大量生産するなんて夢のまた夢。
あらゆるものがハンドメイドで、衣類だって同じである。つまり、普段着だって仕立てるのが当たり前で、出来上がっているものを選んで買うことなんて有り得ない。
「そっ……、う、かもしれませんけれど! シアは私の仕事、知っていたじゃないですかっ」
「知ってるけど……そういう仕事も始めるのかなって。何か言えない事情があって、深く聞いたら悪いかと思って」
気付いて! 気の遣いどころが何かおかしいことに、気付いて!
「私みたいな子どもが、そんな仕事する訳ないじゃないですか……」
「でも、さっきの言葉で、何をする仕事か、ちゃんと分かったのでしょう? それなら大丈夫よ」
「う゛……それは、その」
何が大丈夫なのか分からないけれど……そりゃそうさ。これでも中身は成人男子。
春を売ると言われれば、何をするかぐらい分かる。
「リリってばおませさん」
「だから……っ!」
あぁ、もうっ! 何だ、この流れは。
何にせよ、そういうことなら、このお店に用はなくなってしまった。
「……私の探しているものはここには無かったみたいです」
「あら残念……さっきも言ったとおり、貴女なら人気者になれると思うのに……。何なら、私の知り合いを紹介してあげる?」
「い、いえお気遣いなく……」
「遠慮しなくても良いのよ……?」
身を乗り出してきた店員さんが、両手で私の顔を包み込む。
柔々と、頬を撫でられる。香水と思しき甘い香りが、頭の芯にじんわりと沁み込んでくる。
「お……、お騒がせしてすみませんでしたぁっ!」
「あら……」
「あ、リリ待っ――」
身の危険を感じた私は、速やかな戦略的撤退を選択した。
最後、シアが何か言い掛けていたけれど仕方ない。だってあのままいたら、危ない世界に引き込まれそうな気がしたのだもの。
くそぅ、折角の給料日だったのに。結局、何をしたのか分からない一日になってしまった。
買い物一つとっても下調べが大事。リリ覚えたっ!
◇◆◇◆◇◆
余談。
後日、シアから私宛てのお詫びの品が、「一番似合うと思うので贈ります」というメッセージと共に第一分室に届けられた。
猫耳フード付きのポンチョだった。
……着るかっ!




