帰り道
「はふぅ……」
“外れ”が跡形もなくなったのを見て一息。少しやり過ぎただろうか。
それにしても危なかった。まさか、遠距離攻撃をしてくるとは。
ミーネさんがフォローしてくれなかったら上手くいかなかったかもしれない。
「ミーネさん、危ないとこ――」
「すごいすごい、“外れ”が蒸発しちゃったよ!」
お礼を言おうとしたら被せるように褒められた上、小さい子供にするように高い高いをされてしまう。
いや、体重軽いのは分かってるけど、こう女の子にひょいひょい持ち上げられるのはちょっと。
「この小さい身体のどこにあんな理力があるの?」
「私もびっくりで――ぅひぇいっ! へ、変なところ触らな――ぃひゃひゃっ!?」
服の隙間からミーネさんの手が這入り込んで、身体中をまさぐってくる。
いやっ、痴漢! お巡りさんこの人です!
って、ミーネさんがお巡りさんみたいなものなのだけれど。
そんな感じにミーネさんとじゃれ合って(?)いると、難しい顔をしたレンさんが歩いてくる。
「……お前、身体は何ともねぇのか?」
「ぅぁー? ……あ、何ともないです。元気いっぱいですよ?」
まあ確かに、気怠さぐらい感じるものかと覚悟していたのだけれど、予想よりも理力の消費は小さかったらしい。
何十発となると分からないものの、これならリピネル草がなくても、ある程度なら問題はなさそうだ。
私の感想を聞くや、呆れなのか安心なのかため息を吐いたレンさんが、不意に右手を挙げる。
あ、何、ハイタッチ? そうだよね、レンさんが囮をして、ミーネさんが私を守って、私が仕留めるって連携が見事に決まったものね。
いぇーぃ、と打ち合わせようと、同じように手を挙げたのだけれど。
何故かレンさんの手は、ぐーの形になって私の頭に降ってきた。
「み゛っ!?」
ぅおぉぉぉ……、頭がヘコむ……っ!
「……下がってろって言っただろうが。ミーネがいなかったらどうなってたか分からねぇぞ」
「そ、そうですね……そこは感謝してますし、反省してます……」
怒られてしまった。
確かに振り返ってみれば、レンさんともう少し連携を図れば良かったとは思う。一瞬を争うほどでもなかったのだから。
それに、真っ先に私の身を守ってくれたレンさんからすれば、わざわざ自ら危険に飛び込んだ私の行動は、怒って当然のもの。
そう思ったのだけれど。
「……ただまあ、お前がやらなけりゃ面倒だったのは確かだ。そこは良くやった」
最後、おまけのように付け足してくれた。
「へ? あ、ありがとうございます」
「ぷぷー、レンったら何? ツンデレ?」
「あ゛ぁ!? お前も殴られてぇのか!?」
ミーネさんの茶化し言葉(ツンデレって概念があるのか、この世界)に、レンさんが拳を握って応じる。
それを見たミーネさんは、おぉ怖い怖いと、私を顔の前に抱え上げて盾にする。
私は防具じゃないです。
レンさんは、舌打ちをしながら拳を下ろし、“外れ”が出たせいで、放り投げられていたリピネル草のところへ歩いていってしまった。
「やれやれ、素直じゃないんだから。……でも何というか、やっぱりリリはレンに愛されてるよね」
「……何ですか、急に。たった今、ぐーで殴られたのですけれど」
「心配してるってことの裏返しでしょ、それは。レンがそこまで他人を心配するってほとんどないんだよ? 伊達にチンピラって呼ばれてないんだから」
ミーネさん以外が呼んでいるところを聞いたことはないけれど、それはともかく。
「はぁ……そう言われても、心当たりはありませんし」
でもまあ、そうね。何だかんだ気を使われている。
何か理由でもあるのだろうか。
◇◆◇◆◇◆
“外れ”の出現というアクシデントはあったものの、それまでに集めたリピネル草は結構な数となり(むしろ二人は根こそぎ集める勢いだった)、とりあえず戻ろうかという、その道すがら。
「ところで、リリ。お前、小遣いが欲しくて隊に来たって言ってたけどよ、あれだけ理術が使えるんなら、そっちのが稼げるんじゃねえのか?」
ふと思い当たったように、レンさんが首を傾げる。
それに乗っかる形で、ミーネさんが言葉を継ぐ。
「確かにそうかも。きっと引く手数多……って言うか、王宮付きにだってなれるんじゃない?」
王宮付き……つまり国家公務員か。中々に魅力的かもしれない。
でも年齢制限とかないのか。
「あー……いえ、私もあそこまで使えるとは思ってませんでしたし」
「……出来るかどうか分からねぇのに飛び出したのか?」
おっと失言でした。
怒られるのは一回で十分なので、そそくさとミーネさんの陰に隠れる。
「そ、それに! 私ぐらいの年齢で理術が使えることが珍しいみたいですし、目立ちそうじゃないですか。私、あまり目立ちたくないので……」
「あん? 名が売れるなら、それでいいじゃねぇか。便利だしよ」
「……レンの“便利”はツケが利くとかそういうのでしょ。一緒の基準で考えないの」
そんなことやってるのか。
レンさんの場合、名前というより見た目って感じだけれど。
「とはいえ、家の方も、娘が有名になるなら喜ぶんじゃないの?」
「まあ、普通はそうでしょうかね……」
貴族なんて家名のためなら命を掛ける人種だ。
……いや、それは偏見が入り過ぎか。でも、そこまで間違ってはいないだろう。
「私、クレイルシルト家の中では微妙な立ち位置にいるもので」
「微妙な立ち位置?」
そういえば、団長以外には私の身の上を詳しく話していない。
まあ、良い機会でもある。ついでに話しておくことにしようか。
「えーと、実は――」
別段、隠すつもりもないのだし、退屈な移動時間の暇潰しぐらいにはなるだろう。
その程度の軽い気持ちで話して聞かせてみたのだけれど。
「…………」
聞いていた二人は、凄い微妙な空気で黙り込んでしまった。
え、何この居たたまれない空気。
何で二人して、お前が聞けよ、いやいやレンが聞いてよ、みたいな視線のやり取りしてるの?
元々はクレイルシルト家の跡継ぎだったとか、魔獣に襲われて寝込んでいる間に家が分家に乗っ取られたとか、自分は現当主からすれば扱いに困る存在になっているとか、その程度の話をしただけなのに。
「いやいやいや。“その程度”の話じゃないって」
視線の暗闘は、レンさんに軍配が上がったのか、ミーネさんがこめかみを押さえながら、首を振ってみせる。
レンさんは口を挟まないことにしたのか、私たちより一歩退いたところで、明後日の方向を向いている。
「その……、今の話、私たちが聞いても良かったの?」
「大丈夫ですよ。代替わりについては国からも認められた正式なものですし、知っている人は知っていますから。今の私はクレイルシルト家の末っ子で、それ以上でも以下でもないです」
「ふーん……そんなものなの?」
「そんなものですよ。とはいえ、面倒事がないわけでもないので、こうして働かせてもらっているのですけれど」
嫁入りとか、飼い殺しとかね。
「さっきレンも言ってたけど、お小遣いが欲しいって話じゃなかった?」
「まあ、間違ってはいないです。最終的には家を出るつもりなので、そのためのお金が欲しいなーって」
「……へ? イングベルト様から出てけって言われてるの? それとも当主様?」
「い、いえいえ! イングベルト様は良くしてくれますし、当主様からも何も言われてませんよ」
イングベルト様は若干計り知れない人ではあるけれど。そういえば、当主からは何の音沙汰もない。本当に、私のことは連絡もしていないようだ。
「家を出るというのは私の我儘です。幸か不幸か目が覚める前の記憶はないので、家自体に愛着はありませんし、私がいなくても問題はないと思いますから」
ないと思いたい。
まあ、政略結婚に使えなくなるので、当主が素直に認めてくれるかどうかは分からないけれど。最悪は夜逃げだ、うん。
最後はイングベルト様が何とかするだろう。
「そう……、何だかちょっともったいない気もするけどなー……って、さり気なく重い話が挟まってたけど」
「? あ、記憶の話ですか。いざなってみると、特に何かあるわけでもないのですよね」
正確に言うと、完全に記憶がないわけではないので、実際に記憶が真っ新になった人がどう感じるかは分からない。
「ただ、色々と分からないことが多いので、不便であるのは確かですけれど」
「……あぁ、お前が所々非常識なのは、それが原因か」
それまで会話から外れていたレンさんが口を挟んでくる。
「えっ……」
「なるほどねー。さっきの“外れ”のこともそうだけど、リリが不思議なところで抜けてたりするのは、そのせいなのか」
“外れ”のことを言われると反論しようがない。
でも、この二人に非常識と言われるのは、何となく納得がいかない。
「……二人とも、非常識だ抜けているだと、ひどくないですか。私は記憶を失くした可哀想な女の子ですよ」
「自分で言ってりゃ世話ねぇがな」
「でも、実際に私たちが気を遣ったら困っちゃうんでしょ?」
そうね。
確かに、私は使えるものなら何でも使う主義なので、必要とあらば“可哀想な女の子”という境遇を利用して、他者から同情を得ることもするだろう。
けれど、継続する友人知人の関係に、それが入り込むのはあまり気分の良いものではない。
とはいえ、それを素直に表明するのも癪なので。
「はいはい、そうですよー。なので、常識のない私にちゃっちゃと“外れ”のこととか教えてくださいませんかねー」
つーん、と気分を害した振りで誤魔化しておく。
「ほらほら、拗ねないの。ちゃんと教えてあげるから」
次のお話は番外編になります。




