リピネル草
「おいミーネ。こいつぁ一体どういうこった……?」
「ミーネさん、さすがにこの状況では見分けようが……」
街中を流れるヘリティア川の畔を歩くこと、四半刻。
ミーネさん曰く、川縁をちょっと歩けばすぐに見付かるはずのリピネル草は、一株も見付かっていなかった。
「あはははは……考えることは、皆同じみたいだね」
そう、考えてみれば当たり前のことで、割りの良い掲示板依頼と来れば競争率も相応に高いのである。
見回してみれば、同じようにリピネル草目当てと思われる人の姿がちらほら。既に採り尽くされたらしい。
向こう岸にもその姿が確認できる以上、川を渡っても状況は同じなのだろう。
「えーと……もう少し川を下ってみますか?」
「いや、それは意味ねぇな。基本的に、リピネル草は水質に合わせて品質が上がる。下流だと効率が良くねぇ」
「でもこれ以上は……」
上流側に目をやれば、少し離れたところに街を囲う壁。
今いる場所は既に、ヘリティア川の最上流と言って良い。
「よし、もっと上流だ」
「え? いや、もう行けませんって」
「ここからはね。さ、門に行こう」
門って……街の外?
「外に出るのですか? 危ないんじゃ……」
「へーきへーき。私とレンがいれば魔獣が出たって大丈夫だから」
ミーネさんとレンさんが強いのは聞いている。
守護隊に所属している時点で弱いわけがない……こともないのだけれど、少なくとも二人は、第一分隊の中でも指折りらしい。
自信満々のミーネさんに手を引かれながら振り向いてみると、レンさんは何も言わずに肩を竦めている。特に止めるつもりはないようだ。
うーん、大丈夫かなぁ……?
◇◆◇◆◇◆
「何だか随分あっさりと外に出られるのですね……」
街から伸びる石畳の上、話題に上るのは今し方通過した門のこと。
それなりに時間が掛かるものと思っていたけれど、半ば顔パスのように通過出来てしまい、肩すかしを食らったような気分になる。
「そう? 入るのはともかく出るならこんなもんだよ。一般人ならともかく、私たちは守護隊だしね」
「でも、身分証も見せてないですよ?」
身分証といっても、いつぞやミーネさんに見せてもらった青い隊証のことだ。
二人とも、今は仕事ではないからか腕に巻いていない。ちなみに、私は正隊員ではないので、そもそも持っていない。
「レンが有名人で顔で分かってもらえるからね」
「俺だけにすんなよ。お前も相当だろうが」
二人は、知名度でも指折りらしい。良い意味でもなさそうだけれど。
「出るなら、ということは、やっぱり入るのは、色々面倒なのですか?」
「もちろん。誰でもどうぞって訳にはいかないからね。基本的には何かしら身分を証明するものがないと入れないよ。商人ならギルドの証明、それ以外なら町長の紹介とかね」
「じゃあ……持っていなかったら入れないのですか……」
ふーん……結構厳しいんだ。
……、あれ?
「あの……私、身分証的なもの持っていないのですが、二人とはぐれたら」
「入れないね」
「……置いていかないでくださいね?」
「えー? どーしよっかなー?」
「置いていこうとしたら、この理晶具が文字通り火を噴きますからね」
腰に提げていた理晶具をミーネさんに向け、理力を通す。
込められた理力に反応し、晶石から光が漏れ始めるのを見たミーネさんは、慌てた様子で両手を振ってみせる。
「じょ、冗談だって! 暴力反対!」
「私も冗談ですよ?」
力を抜くと、通した理力が霧散する。守護隊に入ってから民生品の理晶具に触れる機会が多いからか、その使い方にはかなり慣れた。
さすがに戦闘用を手にしたのは、シアに借りたとき以来だけれど、セーフティがある分、むしろ戦闘用の方が扱いやすい気がする。
「馬鹿なことやってんなよ……。それより、そろそろいいんじゃねぇのか」
呆れ声のレンさんに促されて周りを見渡すと、まだ川から離れているにもかかわらず、白い花がちらほら目に付く。
さすがに、街の外に出てまで摘みに来ようという人は少ないらしい。
「それじゃあ、各自分かれて摘んでいけば良いのですか?」
道を逸れて川沿いへ向かいながら、ちょうど足元に生えていた一株を摘み取って匂いを嗅いでみる。
あ、ちょっと甘い匂い。
「美味しそうだからって食べたらダメだよ?」
「食べません……って、食用なのですか?」
「さあ? レン、食べたことある?」
「ねぇよ。……理術を使い過ぎてへばった奴の気付け薬に使うぐらいだから、喰えるんじゃねぇのか」
気付け薬……。理術の使い過ぎということは、理力の枯渇が原因で、それを改善するというなら、リピネル草を摂取すると理力を補給できることになる。
まるでMP回復薬だ。いや、理力の場合はHPだろうか。
まあ、それはともかく。
「レンさんって、意外に物知りですよね……」
「……おいこら。意外とってどういう意味だ」
おっと失言でした。
けれどそうか、薬にもなるのか。
……、ぱくり。
「んー……味はないような、ちょっと甘いような……」
「……リリって、結構野性的だよね」
「そうですか?」
子どものときって、甘い蜜のある花を探して吸ったりしない?
それに、ミミズを食べるのに比べたらこのくらい。
「お前はどんな食生活してんだ……」
「クレイルシルト家って、上級貴族なのに……」
あ、何か引かれている。
私のせいで、クレイルシルト家の食卓事情が誤解されてしまった。
「ま、まあいいや。ここからは手分けして手当たり次第摘んでいこう。リリには、この後仕分け作業をしてもらうから、適当に座って待ってても良いよ?」
「いや、それも退屈ですし……私も手伝います」
「そう? でも、あんまり私たちから離れないでね? “外れ”が出るかもしれないから」
「見晴らしも良いですし、何かあったらすぐ分かりますから大丈夫ですよ」
そう言って、一人さっさと始めてしまったレンさんを追い掛ける。
……ん? “外れ”が出るってどういうことだろう?
魔獣のことを指す言葉だろうか。
◇◆◇◆◇◆
今し方摘み取ったリピネル草をじっと見詰める。
理力の靄がふわふわと漂っている。要するに、これがしばらく時間をおいても変わらないままであれば、高品質ということになるのだけれど。
「んー……意外に手間が掛かる……」
変化が出るまで、これが結構時間が掛かる。摘み取ってすぐに霧散するなら分かり易いのに。
摘み取ってから使えないのが分かると、何となく後ろめたさを感じてしまうのだ。
「あ。ダメか……」
手の中の白い花から、ゆるゆると靄が抜けていく。
仕方なしに、理力が抜けきってしまう前に口に収める。こんなことを繰り返しているせいで、すでに結構な数のリピネル草が私のお腹に入っている。
いやほら、命は大事にしないとね? 仕方なくだよ仕方なく。
「それにしても、何だかお腹がほこほこしているような……」
ついでに言うと、心なしか身体に流れる理力が活性化しているというか、厚みを増しているような気がする。今なら、普段の一割増ぐらいで理力を使えそうだ。
リピネル草が理力を補給するというのは、確かなことだったらしい。
でも、私が食べたのは基本的に、理力の抜け掛けた品質の悪いものだけ。それで、ここまで効果があるというのは少し意外だ。
理力の多寡は体調も左右するのだから、上手く使えば、一般の人にも滋養強壮剤としての利用価値があるのではないだろうか。
さっきの会話から察するに、気付け薬としての利用は一般的ではないみたいだけれど、逆に言えば市場開拓の余地があるわけで
……よし、品質の悪いものも持ち帰ってみよう。
もしかしたら、薬ないし栄養ドリンク的なものとして商売になるかもしれない。
効果が実感できるのかとか、完全に理力が抜けた後でも使い物になるのかとか、問題はあるけれど、そこはアリシャに相談してみよう。
後者だけでも何とかなるなら、自分だけで理力のブースターとして使っても良いし。
そんな、獲らぬ狸の何とやらな考えをしながら川縁を歩いていると、ばしゃり、と何かが跳ねたような水音が耳についた。
魚でもいるのだろうかと眼をやってみると。
そこには、水面から突き出した赤黒い腕がいた。




