掲示板依頼
第一分室で働くようになって、早いもので一ヶ月近くが経った。
どんなことをやらされるのかと、戦々恐々としていたものだけれど、仕事はおおむね普通のデスクワークの範疇に収まっている。
まあ、隊で使う備品の発注や本隊への定時報告の作成はまだしも、商業ギルドとの連絡調整までやらされているのはどうかと思ったりしないでもないものの、日々これ平凡といった感じで過ごせている。
今日も今日とて、備品の在庫整理でもしながらをしながら、のんびり過ごそうとしていたのだけれど。
「ほらこれ! これ一緒に行ってこようよ!」
分室に顔を出した途端、ミーネさんに抱えられて連れてこられた商業ギルドの掲示板前。
そこに書き込まれた一節を、ミーネさんが指で示してくれる。
この掲示板には、あれが欲しい、これをして欲しいといったお願い事が、報酬や依頼主の連絡先などとともに書き込まれている。
簡単に言ってしまえば、物語などで良くある“冒険者ギルドの依頼”だ。
とはいえ、この世界では残念ながら(?)、冒険者という職業は認められていない。自称冒険者はそれなりに存在するらしいけれど、そういった人々の公的な扱いは“住所不定無職”である。世知辛い。
そういう訳で、ギルドに置かれた掲示板ではあるものの冒険者向けということもなく、受けようと思えば誰でも受けられる。大抵、行商人が移動のついでに荷運びを受けたり、それこそ自称冒険者が糊口を凌ぐために、職人が使う素材の調達を受けたりしている。
もちろん、荷運びを商売にしている者もいるし、素材に至っては市場を歩けば大抵揃うようなものばかりではある。ただ、依頼にしておけば、確実性は下がるけれど大概が安く済むメリットがある。
一長一短ということで、掲示板依頼の需要がなくなることはないのである。
さておき。
「一緒に行こうと言われましても……えーと……」
ミーネさんの示す書き込みを読んでみる。
リピネル草の調達。調達数に制限なし。十株あたり銅貨一~二枚(品質に応じて変動)。
「素材の調達ですか? ……リピネル草って何でしたっけ?」
最近どこかで、見たか聞いたかした気がするけれど。
「あれ、知らない? 薬草の一つで、薬なんかに使われてるよ」
「あぁ、思い出しました……」
分室の薬箱の中身を補充したとき、アリシャに教えてもらった記憶が甦ってくる。
薬草とは、他の草花に比べて保有する理力の量が多く、かつ摘み取られた後もしばらくの間、その理力を保持し続けるような植物を指す。
と言っても、私のように見て理力の量が分かる人間は稀なので、一般的には、医師や薬師の試行錯誤の結果、触媒としての効果を認められたものということになるのだけれど。
リピネル草は、その中でも、特に薬の効果を高める物として重宝されている。
「あれ? でもこれ、一般的な価格より三割ぐらい高くないですか? リピネル草は流通量が管理されているから、値上がりも値崩れもしないと聞いたことが……」
「それが最近、保管していた倉庫が火事になったとかで、一時的に不足気味になってるらしいよ」
それって、結構大事なのでは。
「というか、そもそも調達なんて出来るのです?」
リピネル草は、国から指定された農園だけが栽培を許されているらしい。医薬品の精製にも関わってくるため、個人での栽培は制限されているとか聞いた覚えがある。
「いや、リピネル草って、ちょっと川縁を探せば結構見付かるの。ただ、品質の良し悪しを見分けるのにコツが必要でね。それが分からないと根こそぎ採るしかなくて効率が悪いんだよ。それだけやっても高品質なのがほとんどなかった、なんて可能性もあるから誰もやらないの」
「なるほど……つまりミーネさんは、そのコツを御存じなのですか」
まぁね! と自信満々に親指を立ててみせるミーネさん。
本当かなぁ……。まあ、そもそも。
「分室のお仕事には掲示板依頼の解決は含まれていませんけれど」
仕事中に仕事じゃないことをするわけにはいかないのです。
「大丈夫! 昨日の夜、団長に許可貰っておいたから」
「夜? ……ちなみに、どこでお話ししたのです?」
「うん、酒場だよ?」
「……団長、お酒飲んでませんでした?」
「もちろん飲んでたね!」
あ、これ役に立たないパターンだ。
分“室”なのに、自らを“団”長と呼ばせている、我らが団長ことジークガルトさんは、色々と豪快というか破天荒な人である。
そもそもその呼び名にしている理由が、団長のが格好良いから、な時点でアレではあるけれど、その仕事ぶりもアレである。
部屋にいるときは、大抵、机か仮眠室で眠っている。外に出ているときは、ほぼ酒飲みだ(本人は巡回だと言っている)。
お陰で、団長が本来やる執務の大半は、副長であるマリクさんがこなしている。入隊試験の時、マリクさんが事務仕事ばかりで辛いと言っていたのは、冗談でもなかったらしい。
それでも、マリクさんを始め隊員から尊敬されているあたり、いざというときは凄い人なのだろう。
実際、分室で働くことをイングベルト様に報告したとき、あそこなら何かあっても安心みたいなことを言っていたし。
といっても、その“いざ”というときに遭遇したことのない私にとっては、適当なおっちゃんである。
そんな訳で、きっと細かいことは気にせず許可を出したに違いないと思う。
「では……一応、マリクさんにそれを伝えて、問題なければ行きましょうか」
「りょーかーい! じゃあ、外で待ってるからね!」
え、私が許可を取るの?
私じゃダメだと思うけれど……。
◇◆◇◆◇◆
ところがミーネさんの依頼を手伝うことについて、マリクさんからは滞りなく……なく? 許可が下りた。
それというのも。
「あれ? 何でレンが一緒にいるの?」
「旨い話なんだろ? 俺にも一口噛ませろや」
「マリクさんの許可、レンさんが取ってくれたのですよ」
私と一緒に分室から下りてきた言葉の荒い男性。彼はレンといって、隊員の一人だ。
これまで出会った人の例に漏れず、顔は良いのだけれど、言動が……こう、何というかチンピラっぽい。
許可を取ってくれたといったものの、より正確を期すなら、頭に“無理矢理”を付けるのが正しい。
初め、私がお願いしてみたものの、予想通りというか、にべもなく却下された。
まあ、許可が出ないのでは仕方ないよね、と大人しく引き下がろうと思っていたところ、横にいたレンさんが「俺も行く」と言い出したのだ。
当然、マリクさんは誰が一緒に行くかとか関係なかったので却下しようとしたのだけれど、「あ゛ぁ?」とメンチを切られてあっさり折れた。
薄々分かってはいたけれど、マリクさん、結構残念な人である。凄まれて「ひぃっ!」とか言っていたし。仕事は何だかんだと出来る人なのに。
「荒事でもないのに、めずらしー。……リリが心配で付いてきてくれるの?」
「言ってろよ」
やっぱりそういうことなのだろうか。
あまりお近づきになりたくない言動をするレンさんだけれど、何故か私のことは結構気に掛けてくれている。
出掛け際、護身用にと貸してくれた理晶具に目をやる。
分室には、何らかの理由で使い手がいなくなった理晶具がいくつか保管されている。大半が民生品で、最終的にはギルドを通して払い下げられるのだけれど、中には戦闘用も含まれる。
それらは大抵、修理が必要で、それが済むまでは分室預かりになる。
壊れ方の程度はそれぞれで、作り直した方が早いような物もあれば、いつぞやの噴水や湯屋の理晶具のように簡単に直る物もある。
これはその、簡単に直った内の一つである。直ったというか、私が直した。
まあ、直したからといって、私用で持ち出しなど出来るわけはないのだけれど、そこはそれ。レンさんの一睨みでオッケーになってしまった。
けれど、護身用に火の理晶具はどうだろう。こんなもの人に使ったら、大火傷では済まないのでは?
「ま、いっか。一緒に来るならキリキリ働いてもらうからね――って、そうだ。リリにはこれをあげないと」
うん? まだ何かあるのだろうか。
「はい、これ」
そう言って、ミーネさんは雑嚢から取り出した何かを差し出してくる。
思わず受け取ってからよくよく見れば、青味がかった花弁が特徴的な花が二輪。
「えーと……これは?」
「当たり外れがあるお花。どっちが良い?」
どっちが、と言われても。どう見ても同じ種類の花だ。
強いて言えば、片方は理力の靄が強く掛かっているぐらい……あ。なるほど。
「……リピネル草ってこういうものだったのですか。初めて見ました」
「何だ、やっぱり分かるもんなのか?」
「……いや、この場で何の関係もないお花を貰えるとは思いませんし」
「そんなことより、どう、分かる? 何かこう、ぶわぁーって感じたりする!?」
ぶわぁーって何だろう。
それはともかく。きっと理力の強い方が“当たり”なのだろう。
「……なら、こちらを頂きます。何となく色味が綺麗ですし」
外れと思われる花を返されるや、満面の笑みで万歳するミーネさん。
「当たりっ! やったー、私、大しょーりっ!」
そんなに喜ばなくても。
「……俺にはさっぱり違いが分からねぇが、何が違うんだ?」
「えー……」
理力が見える話はしたくないし。何と説明したものか。
「こ、こう……ぶわぁーって?」
結局、ミーネさん式の説明になってしまった。レンさんも意味が分からんとばかりに、首を振っている。
ま、まあ、手に取ったとき理力が流れるような気もしたし、間違いではないよ、うん。
「仕組みは分からないけど、理術士は簡単に見分けられるって聞いてたから、リリなら出来ると信じてたよ」
「え? じゃあ、効率の良い探し方って……」
「うん! リリ、頑張ってね!」
お手伝いのはずだったのに、何故かメイン戦力にされている私。
いや、ミーネさんにはお世話になっているし、お金も貰えるならやりますけれど。
「それじゃ、心配事も無くなったことだし、しゅっぱーつ!」
「……集めるのは、俺とあいつがやる。お前は待ってりゃいい」
「あはは……ありがとうございます」
さり気なく気を遣ってくれるレンさんと二人、意気揚々と歩き出したミーネさんに付いていく。
けれどこのとき、私たちは大きな見落としをしていたのだ。
この依頼をこなそうとしているのが、私たちだけではなかったということに。




