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まさかの二次試験

「なん……だと……」


 試験はおおむね滞りなく終了した。

 始めに、マリクさんが喋る内容を書き起こす、口述筆記。続いてその反対に、指定された資料の読み上げ。最後に四則演算の計算問題。

 三種類もやらされるとは思っていなかったけれど、その結果は冒頭のマリクさんの反応のとおりである。


「すごーい! リリは、何でもできる女の子なんだね! 心配はしてなかったけど、ここまでばっちりできるとは思ってなかったよ?」


 絶句しているマリクさんとは対照的に、ミーネさんはどこぞのフレンズのような口調で褒めてくれる。


「少し筆記に慣れてなくて、インクが滲んじゃったところがありましたけれど、大丈夫ですか?」

「大丈夫大丈夫。私より上手いぐらいだよ?」


 この世界で初めて筆記をしたわけだけれど、書きにくいことこの上ない。

 当然ながら筆記具は、シャープペンシルやボールペンではなく羽ペンにインクを付けるタイプだし、紙は紙で、襤褸切れを再利用したと思しき質の良くないものだから、引っ掛かるし滲むしで、見栄えの良い文字は書けていない。

 まあ、その辺りのぎこちなさが、ある程度カモフラージュになっているかもしれないけれど。


「何にしても、これでマリりんも文句ないでしょ」

「な、中々やるじゃないか……。だが、一体いつから試験が一回だけだと錯覚していた……?」

 ふふん、とマリクさんが、何かこう……形容し難いポーズでこちらを指差してくる。

 何だろう、格好付けているつもりなのだろうか。正直、その……。


「マリりん気持ち悪い……」

 うん、そうね。ミーネさんも真顔で引いている。


「う、うるさいよ! そんなことより試験の続きだ、続き!」

「えー……、幾らなんでも往生際が悪いんじゃない? 後悔しても知らないよ?」

「そんなもんするか! やらないなら、そこで終わりだ!」


 はぁ、とため息を吐いたミーネさんがこちらを振り向く。

「ごめんね、マリりんが我儘言って……」

「いえ、ミーネさんが謝ることではないですし……。それに、ちょっと楽しくなってきました」

 気を遣っていると思われたのか、ミーネさんが良い子良い子と頭を撫でてくれる。


「それで、次は何をしたら良いのですか?」

「協力員とはいえ守護隊の一員になるからには、求められるのは戦闘力や知識だけじゃない。僕たちが守るべき街の人々と、良い関係を築くための人間力も必要だ」


 お、おぉ……? 何だか急に真面目になった。


「そこで次の試験は、相手を思いやる心を持った、気遣いが出来る人間かどうかを試させてもらう」

「マリりん、どうしたの? 悪いものでも食べた?」

「……。いいか、これが悪い例だ。こんなこと言ってると不合格になるからな」

「ははははは……。でも、具体的にどうやって試すのです?」

「簡単だ。この後、僕が出す幾つかの悩み事について、対応を考えて解決してくれれば良い」

「……正直、私一人で出来ることって限られていると思いますけれど……」

「完全解決が無理ならそれはそれで、解決出来る手段を提案するのでも構わないよ」


 ほうほう、それならまあ、何とかなるのかな? あ、でもメルリアさんと恋人になりたいとか言われたらどうしよう。その願いは私の力を超えている。


「それじゃ良いな。始めるぞ」


 そう言ったマリクさんは、やおら背伸びをしながら首をぐるぐると回し始め、

「あー……! 最近書類仕事ばかりで辛いわー……首も痛いし肩も凝るし」

 ほんと辛いわー、と肩を回しながら、ちらっちらっとこちらに視線で何かを訴えてくる。


 えーと……この言動に対して、正しい対処法を返せば良いのだろうか。


「……身体の疲れを取るには、ぐっすりと眠るのが一番だと思いますけれど」

「はぁ……それが出来りゃ苦労しないっての。どっかの誰かを筆頭に、人に仕事を押し付ける奴がいるから、自分の時間も取れないんだよ。なぁ、ミーネ?」


 自分の名前が出ていても、ミーネさんはあらぬ方向を向いて口笛を吹いている。分かりやすい誤魔化し方だ。

 確かに、ミーネさんが大人しく書類に向かっているのは想像できないけれど。


「それなら、この時間横になっていたらどうですか? 私の試験は、また余裕のある時でも構いませんし」

「僕は寝付きが悪いんだよ。それに、枕が変わると余計眠れない」

「そ、そうですか……繊細なのですね……」


 ふーむ、そうなるとこの場で出来るのは、肩を揉むぐらいの対症療法ぐらいしかないけれど。それとも、疲れに効く薬でも都合してくる約束でもしたら良いだろうか。アリシャに頼めば何とかなるかもしれないし。


 そうして、私が首を捻っていると、横からミーネさんが口を挟んできた。


「なら、私がとっておきの方法でマリりんを寝かし付けてあげるよ」

「え、そんなこと出来るのですか?」

「簡単簡単。任せなさいって!」


 けれど、これも一応試験な訳で、ミーネさんの手を借りるというのは、何となく裏技的に思える。それでも良いのだろうか。


「……まあ、何でも一人でやらなきゃならないわけではないし、別に構わないよ。ただし、ミーネに任せて変なことになったら、評価は下がるからな」


 つまり、ミーネさんを信用して任せるか、自分で他の方法を採るか、か。と言っても、思い付いていない訳で。


「……それじゃ、お願いしても良いですか?」

「お任せー! すぐ済むよ!」


 ミーネさんは席を立ちながら、剣帯から外していた剣を、何故か手に取ってマリりんさんの後ろに回る。


「何、肩でも揉んでくれんの? それぐらいじゃ眠くならないけど?」

「ま、いーからいーから。マリりんは前を向いてなよ」


 マリクさんが前を向いたのを確認すると、動いちゃだめだよーと言いながら、おもむろに両手を振りかぶるミーネさん。

 その手には当然、鞘に納められた剣が一振り。


「――せぇいっ!」

「ちょっ――!?」


 掛け声とともに、ミーネさんがフルスイング。

 剣がマリクさんのこめかみに、直角にめり込む。

 不意打ちの一撃は、マリクさんに声を上げさせる暇も与えず、その意識を刈り取った。


 振り抜いた剣を、くるりと回して肩に担ぎ、ミーネさんが一言。

「――うん、完璧!」

 いやいや。いやいやいやいや!


「な、何をしてるのですか、ミーネさん……?」

「ん? ちゃんと、マリりんのこと眠らせてあげたでしょ?」


 そうね、確かに眠りについた。“永い”が頭に付きそうだけれど。


「へーきへーき、すぐに目が覚めるよ。マリりん、頑丈だからね」

「白目剥いてますけれど……」

 まあ、大丈夫と言うならいいか。目が覚めたら試験は続くのだろうから、お茶でも淹れて、点数稼ぎの準備をしておこう。


 大丈夫じゃなかったらどうしようかな……。


◇◆◇◆◇◆


「ぅ……僕は一体何を……」

 幸い、ミーネさんが言った通り、四半刻も経たない内にマリクさんの目は覚めた。


「お、マリりん目が覚めた? ぐっすり眠ってたね」

「眠ってた……? 何でこんなところで……」

「覚えてないの? 疲れてるって言ってたマリりんのことを、リリエルが眠らせてあげたんだよ」

「……何だか、激しく側頭部が痛いんだけど」

「熟睡すると頭が痛くなるって言うよね!」


 どうやら、マリクさんは記憶が混濁しているらしい。あれだけ強打されたら当然だけれど。

 むしろ、痛いだけで済んでる辺り、相当打たれ強いよね。


「あの、お茶を淹れておきましたので、良かったら……」

 頭を押さえながら、私が差し出したお茶を一息で飲み干すマリクさん。

「……どうやって寝かされたのか記憶が曖昧だけど、確かに、眠ったらどうだという話をしてたのは覚えてる。で、実際僕は眠っていたみたいだし、良しとしよう」


 その言葉に、いえーい、とハイタッチを求めてくるミーネさん。

 騙したみたいで気が引けるけれど、本人同士がそれで良いならそれで良いか。


 それから、マリクさんの希望に応じて、肩を叩いたり散らかった机を掃除したり、お茶のおかわりを淹れてみたりと、召使いのような作業をすること小一時間。

 その結果、マリクさんの機嫌が“不機嫌→上機嫌”に改善していた。


「ふふん、中々見所があるじゃないか。リリエルって言ったっけ? 仕方ないな、僕のお茶くみ係として雇ってやろうじゃないか」

「わー……い? 嬉しい、なぁ……」


 って、喜んで良いのか、これ。そりゃあ、お茶くみしてるだけでお金がもらえるなら楽なものだけれど。

 出来れば、それなりに今後のキャリアアップに繋がってくれると嬉しいと思うのは贅沢というものだろうか。


「良かったね、リリ。ちゃんとイングベルト様にも報告しておかないとね!」

「え? えぇ、そうですね……?」


 就職先を間違ったかななんて悩んでいると、何故か唐突に義兄の名前を出してくるミーネさん。

 あ、いや、うん。何となく意図は読めた。


「あん? 何でそこでイングベルト様が出てくるわけ?」

「それはねー……何を隠そう、この子はイングベルト様の妹だからさ」

「はぁ? そんなわけあるかよ。そんな大貴族の令嬢が、こんなところに働きに来るわけないだろ」


 ごもっともです。

 ミーネさんはあっさり信じてくれたものの、普通に考えればそっちの方がおかしいだろう。 この場にはアリシャもないし、メルリアさんもいないのだから。


「別に信じなくても良いんじゃない? 本当かどうかはすぐに分かるんだから。いやぁ、大貴族のお嬢様に肩を揉ませたり、お茶くみさせたり、そんなことさせたのマリりんが初めてじゃない? その上、専属のお茶くみ係だって」


 ぷぷぷ、と意地の悪い笑みを浮かべるミーネさん。

 そうか、これがやりたくて私のことをリリエルと紹介していたのか。


「あ、そうそう! メルリアさんにも言っておかないとね。リリが隊に入るの喜んでくれてたみたいだし」

「は……? メルリアさん……?」


 さらに予想もしてなかったらしい名前が出てきて、マリクさんはぽかんとした顔で私を見てくる。


「その……、先ほどメルリアさんとお会いしたとき用件を聞かれたので、ここで働きたいと言ったら歓迎してくださって……」

「か、歓迎……? メルリアさんと知り合いだったのか……?」

「あ、いや、えーと……どうやら私のことは御存じだったみたいで」

「私驚いちゃったよ。いつも、ぽや~っとしてるメルリアさんがキリッと凄い丁寧なあいさつをするんだもの」


 あ、あの時の驚きはそういう意味だったのね。


 メルリアさんが、私のことを認めていたと聞いて、マリクさんの顔色が急速に悪くなってきた。さらに脂汗を浮かべ、ぷるぷる震えている。


「あ、あの、大丈夫で――」

「すいませんっしたぁぁっ!」


 さすがに気の毒になってきて声を掛けようとしたけれど、それを遮ったマリクさんが、流れるようにスライディング土下座をしてくれる。

 この世界でも土下座ってあるのか。


「え、いや! 別に謝られることでも……私もきちんと――」

 名乗っていませんでしたし、と謝ろうとしたところで、横で大笑いしていたミーネさんが台詞を被せてくる。


「マリりんよ。リリ様は“だが許さん。這い蹲って足を舐めよ”と仰せです」

「ちょっ!? ミーネさん何を言って――」

「ははぁー! かしこまりましたぁーっ!」


 最早、まともに思考が回っていないのか、あからさまに不自然なミーネさんの言葉に、マリクさんは躊躇なく返事を返す。

 私の前に跪いてにじり寄り、恭しく足を捧げ持つと何の躊躇いもなく顔を近付けてくる。


 ちょっ、おまっ! 本気か、本気で舐めるのか!?

 蹴って良い? 蹴って良いよね?


 近づいてくる顔を押しのけようと、自由になる足を持ち上げたところで、

「失礼しまーす。リリ様、遅くなってごめんな――」

 控えめなノックとともに、席を外していたアリシャが戻ってきた。

 けれど、扉から顔を出したままフリーズする。


 その目に映るのは、幼女の脚を持ち上げ口づけしようと迫る青年と、椅子に押し付けられスカートの裾が乱れた幼女。つまり私。

 あれ、これマリクさんからは私のパンツが見えてるんじゃね? いやん。


「私のリリ様に何をしてるかぁ――っ!」

「ぐぇふぁぁぁ――っ!?」


 残像が出そうなほどの速さで駆け寄ってきたアリシャが、その勢いのままマリクさんを蹴り上げる。鳩尾にトゥーキックとは容赦ない。

 体重にして倍近い差があるはずなのだけれど、蹴られたマリクさんは、まるでボールのように宙を舞い、壁に激突した。


「リリ様、大丈夫ですか!? 変なことされていませんかっ!?」

「えーと……私は大丈夫です」


 むしろあれ、大丈夫? マリクさん死んでない?


 私を抱き寄せながら「しゃー―っ!」とマリクさんを威嚇するアリシャと、壁際に倒れ伏して時折痙攣しているマリクさん。そして、そんな様子を見ながら大笑いしているミーネさん。

 うーん、何これ。


◇◆◇◆◇◆


 さすがに、しばらく目が覚めなかったマリクさんだったけれど、起きたときには落ち着きを取り戻していた。

 最後はぐだぐだになったものの、最終的に、試験の結果は合格ということになった。

 ミーネさんが言うには、メルリアさんが良いと言ったことを、マリクさんが却下することはないのだそうだ。

 つまり、結果的に試験自体に意味はなくて、ミーネさんが遊んでいたということらしい。

 本当、良い空気を吸っている人だ。まあ、アリシャの用事も結構時間が掛かっていたし、楽しかったから良しとしよう。


 何にせよ、晴れて私は守護隊の一員になれた。

 結局どんな仕事をするのか分からないままだけれど、とりあえず頑張ってみることにしよう。


 ……ところで、お給料はいくらもらえるのでしょうね?

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