入隊試験?
「それじゃ~、ミーちゃん、必要な書類ができたらギルドに持って来てね~。担当には私の方から言っておくから~」
「リリ様、終わったらすぐ迎えに来ますから、待っていてくださいね」
これから何か用事があるというメルリアさんと、それに連れられる形でアリシャが部屋を出て行く。
何でも、メルリアさんが隊の団長に話したかった内容は、ライエル先生にも話したいことで、ちょうど良いからアリシャ経由で伝えて貰いたいということらしい。
ところで振り返ってみると、別段、アリシャに付き添ってもらう必要はなかったのじゃないか。
あれ、ひょっとして、怒られそうでヤキモキしただけじゃない?
……いやいや、お風呂での一幕は、それだけで十分な価値があったか。
「それじゃ、適当なところに座っててよ。手続きはマリりんが戻ってこないとできないからさ」
改めて部屋の中を見回してみる。思いの外、こじんまりとした室内だ。
執務用と思しき机が七台と、応接用のテーブルが一台。壁際にはいくつか飾り棚も置かれている。
ほかにも部屋があるのか、扉も二つほど見える。
一番目を惹くのは執務机だ。特に三台ずつ向かい合った六台。控えめに言って個性が溢れている。
羊皮紙が山と積まれている机もあれば、何も載っていない机もある。適度に片付いて見える机もあれば、ごちゃごちゃと混沌とした机もある。というか、あれは載っているの、ほとんどゴミじゃないのか。
適当なところと言われても、座れそうなところは応接用のテーブルしかない。
二つのお茶が載ったままのテーブル席に腰掛ける。
「まったく、マリりんは留守番ほったらかして、何処まで行ってるんだか。ま、そろそろ戻ってくると思うけど」
「その、マリリンさん? は、メルリアさんも何処に行ったか分からないって言ってましたけれど……何処に行ったのか御存じなのですか?」
お茶を出してくれた後、すぐに戻ると言って、部屋を飛び出していったとか。
「うん、ま、すぐ分かるよ。やったねリリ、お菓子が食べられるよ」
「はぁ……?」
来客があってからお菓子を買いに出たということだろうか。ちょっとそれはどうなんだ。
「マリりん、メルリアさんのこと大好きだから、多分――って、戻ってきたね」
扉の外から、ばたばたと騒々しい足音が聞こえてきた。
やがて、マリリンさんと思しき一人の男性が勢い良く部屋に駆け込んできた。
「メルリアさん、お待たせしました! いやー、偶然にも“パルテナ”のケーキをいただいていたことを思い出しまして! 折角ですから、どう、で……」
にこやかに入ってきたものの、メルリアさんが座っていたであろう席に座る私と、傍に立つミーネさんを視界に収めるや、その表情が抜け落ちていく。
「パルテナ!? 気合い入れすぎだよ、マリりん。並ばないと買えないところじゃない」
「……おい、ミーネ。メルリアさんは何処だ」
「帰ったに決まってるでしょ。良いとこ見せたいのは分かるけど、パルテナに買いに行くって、どれだけ待たせる気だったの? ……あ、ちょうど二つある」
呆れ顔で答えつつも、マリリンさんの持った小さな籠を覗き込んで中身を確認するミーネさん。
そして当然のようにそれを取り上げてこちらへ持ってくる。
いいのか、それ。マリリンさん、目論見が外れて固まっているけれど。
「やー、やったねー。ここのは人気があって、あんまり食べられないんだよ。リリは食べたことある?」
「え、いや、ないと思いますけれど……」
ちなみに、この世界での“ケーキ”は当然ながら、軟らかいスポンジ生地にクリームが載っているようなものではない。
イメージとしてはタルトだろうか。木の実や干し果物と生地を一緒に焼き上げた、ザクザクした食感が特徴の焼き菓子だ。大抵、蜂蜜か花蜜で甘味が付けられている。
ミーネさんが取り出したケーキも、まさにそんな感じ。シロップの甘い香り漂ってくる。
その香りが届いたわけでもないだろうけれど、固まっていたマリリンさんが再起動する。
「――はっ!? こら待て、何勝手に食べようとしてるんだ! 僕のだぞ!?」
「何言ってるの。この間、僕は甘いお菓子なんて子どもっぽいものは好きじゃないんだ、とかなんとか言ってたじゃない」
「ぐっ……、それは……ぼ、僕が食べるんじゃない。メルリアさんにお裾分けしようかと……」
「だから用事があるんだって。行っても渡せないよ?」
「それは別に、誰かに渡してもらえばいいだろ」
「ギルドの人に? 二個しかないお菓子を?」
常識で考えなよ、とミーネさんはため息を吐く。
「直接こっそり渡されるならともかく、人づてに貰って、一人で食べるなんて居心地の悪い思いをさせる気? そういう時は、みんなで食べてって、それなりの数を持っていくべきだよ? そういう気遣いが出来ないから、マリりんはマリりんなんだよ」
おお、容赦ない。
「ぬ、ぐ……ぅぅぅっ――ぬぁぁぁぁ……っ」
返す言葉もなく、けれど認めたくもないのか、マリリンさんは唸り声を上げながらぐねぐねと身体を捻っている。
一つ学んだね、なんてミーネさんは頷いているけれど。
「結局それ、ミーネさんが食べたいからですよね……」
「え? そりゃもちろん。リリも食べなよ、おいしいよ?」
悶えるマリリンさんを尻目に、ミーネさんは既にケーキに噛り付いている。
いいのかな。まあいいか。お風呂に入って、小腹も空いているし、子どもらしく遠慮せずいただくことにしよう。
いただきまーす。
◇◆◇◆◇◆
「――で、結局この子どもは何なわけ? 迷子なら分室の管轄じゃなくて本隊の管轄だろ」
マリリンさんにケーキを(勝手に)御馳走になった後、立ち直ったらしいマリリンさんに、ミーネさんと二人で向かい合っていた。
「迷子じゃないよ。私の友達でリリ――リリエルだよ」
あれ? どうして仮名の名前?
首を傾げてミーネさんを見ると、ぱちりとウインクを返された。何か考えでもあるのだろうか。
「マリりんがおっぱいばっかり見るからって、この前辞めちゃった子の代わりにどうかなと思って連れて来たの」
「ひ、ひひひ人聞きの悪いこと言うなよ! あとマリりん言うな! 僕の名前はマリクだ!」
凄くどもっている上に、声が裏返っている。心当たりがあるんだろうか。セクハラで職員が辞めるって、相当な問題じゃないですかね。
特に意識したつもりはないのだけれど、私の視線に何かを感じ取ったのか、マリリン――マリクさんが、勢い良く私を指差す。
「違うからな!? 彼女は家庭の事情で辞めたのであって、僕が原因じゃないからな!?」
お、おう。そんな、子ども相手に力一杯否定しなくても。
「まあまあ、マリりんがおっぱい好きなのはどうでもいいから」
「どうでも良くねーよっ! 認めたみたいになっちまうだろーが!」
「でも、嫌いじゃないんですよね?」
ちょっと面白そうなので茶々を入れてみる。
「は? そんなの当たり前じゃないか。嫌いな奴なんているわけないだろ」
そうね。否定はすまい。
好みの差はあれど、野郎はみんな、胸が好き。異論は認めない。
「それなら、否定しなくても良いじゃない。やーいおっぱいスキー――って、何でリリが頷いてるの?」
「え、いや、男性ってそういうものだと思いますし」
「何でお前みたいな子どもが、男を分かってるみたいなこと言ってるんだ……」
私も元男ですから、とはさすがに言えない。
「って、マリりんのせいで話が逸れたけど、とりあえずギルドに届ける書類用意してよ」
「お前が逸らしたんだろ……って、本気で言ってたのか。雇えるわけないだろ。大体、入隊試験は読み書き計算だぞ? こんな子どもに受かると思えない」
あ、やっぱり試験はあるのね。残念、苦もなく無職脱出とはならなかった
まあ臨時とはいえ、公的機関っぽい守護隊に雇われる人が、コネのみで決まってると言われるよりは良いかもしれないけれど。
一方、ミーネさんは納得がいかないのか、マリクさんに食って掛かる。
「えー!? 入隊試験なんていつもやってないじゃない! この間の子だって、おっぱい大きいからって、マリりんが連れてきたんでしょ?」
「だからそこから離れろよ!? 全員やってるの! お前はそういう話、聞き流してるから知らないだけだ!」
なおも食い下がろうとするミーネさんの袖を引っ張って押し留める。
「ミーネさんミーネさん。入隊試験があるなら、私ちゃんと受けますよ」
「いやいや、本当に、試験なんて受けなくても良いんだって」
「? 大丈夫ですよ。読み書き計算ぐらいなら出来ますから」
少しミーネさんの物言いに引っ掛かりを覚えたけれど、まさか大学入試や公務員試験レベルの問題が出るわけでもないだろう。文字や数字も、慣れ親しんだものが使われているのであれば心配はない。
試験は受けさせてもらえるのですよね、とマリクさんに確認する。
「大した自信じゃないか。良いだろう、その代わり今すぐ受けてもらうからな」
マリクさんから、紙と筆記具を渡される。
「むー、リリが良いなら良いけど……。うん、ならマリりんなんてぶっ飛ばしちゃえ!」
ぶっ飛ばすって。筆記試験で何をどうしろと。
これから殴り合いの試験をするようなミーネさんの応援に、ちょっと苦笑する。
試験を受けるなんて久しぶり……のはずだ。ちょっと、記憶に自信がなくなっているけれど。
さて、どんなことになるのやら。




