王都守護隊第一分隊第一分室
お風呂を出てから小一時間。
ミーネさんに連れられて、彼女が勤める守護隊があるという建物へと向かっていた。
え? そんなに遠いところにあるのかって?
いやいや、乙女の身嗜みには時間が掛かるのだよ。水に濡れた後なら尚更。濡れた髪を放っておくなんてとんでもない。
……別に、適当に拭っただけで外に出ようとして、アリシャとミーネさんに飽きれられたから言っているのではない。まして、身嗜みには気を遣わないとダメだよとか、いや身嗜み以前の問題ですとか言われて傷付いていたりしない。
「それで、ミーネさん。守護隊って、悪い人を捕まえたりするのですよね? 私、戦ったりできないですよ?」
「ははは、分かってるって。守護隊は確かにそういうこともするけど、それだけってわけでもないし」
「へー……そういえば、噴水の修理もしていましたっけ」
守護隊という名前だけあって警察かと思いきや、それプラス市役所機能も持ち合わせている感じだろうか。
「王都の大きさはあまり実感ないですけれど、すると、結構な大所帯なのですか?」
「ん? うん。守護隊全体で見ると大きいよ。って言っても、街区ごとに隊が分かれてるから、それぞれはそんなに大きくないけど」
何でも守護隊は、隊を総括する本部と、第一から第五までの分隊に分かれているらしい。王城周辺と貴族街区を本部が受け持ち、それ以外を五つの分隊が担当するという分担制。
ミーネさんは、その分隊の内、第一分隊に所属しているという。
第一分隊は、王都の中心ともいえる市場通りを管轄していることもあり、守護隊の中でも花形なのだそうだ。
ミーネさん、適当に見えて意外にエリートだった。
けれど、そうか。そんなところに紹介してもらえるのか。
何やら、コネを使って大企業に就職しようとしているみたいな心持ちだ。コネ万歳。
◇◆◇◆◇◆
で。エリートミーネさんに案内された先は。
「――結局商業ギルドかいっ!」
「ど、どうしたのリリエルちゃん?」
思わず口をついたツッコミに、同行する二人が驚いた顔をする。
あ、アリシャの口調が、ちゃんと外行きモードに変わっている。お風呂でミーネさんに正体を明かした後は、速攻で敬語に戻っていたのに。
「何でもないです……」
何となく予想はしていたさ。通ってきた道が、ずっと覚えのある道だったからね。
「……一応、聞くのですけれど、どうして商業ギルドに来たのですか?」
「ん? さっき言ったとおり、第一は市場通りを管轄してるから、対処する問題の大半にギルドが絡むんだよ。で、何かあるたびに隊舎とギルドを行き来するのは面倒だからって、最近になってギルドに間借りして分室を作ったの」
そこが私の所属する第一分室だよ、とミーネさんがにこやかに教えてくれる。
そうですか、ギルドとの連携は大切ですものね。
今さら、日を改めましょうというわけにもいかない。昨日の二人が席を外していることを祈ろう。
入口をくぐるアリシャとミーネさんに続いて、ギルドに足を踏み入れる。もちろん、二人の陰に隠れることは忘れない。
さらにここで大事なのは、あまりきょろきょろしないことだ。こういう時、会いたくない人がいないか確認しようと見回すと、大抵当人と目が合ってしまったりするのだ。
そんな小技が功を奏したのか、幸い誰かに声を掛けられることもなく、二階にある部屋の前まで到着。扉の横には、“王都守護隊第一分隊第一分室”という、ちょっと長ったらしい入口表示が掛けられていた。
ところで、街の人は何か相談事があったらここを訪ねてくるのだろうか。扉は中が覗けないようになっていることもあって、とても入りづらい。(ちなみに先日案内されたギルドの執務室には小窓が付いていた。ガラスはなかったけれど)
「たっだいまー!」
「失礼します」
その部屋の住人であるミーネさんには、当然そんなことは関係なく、ノックも無しに部屋へと入っていく。
アリシャも特に気にした風もなくそれに続く。
気後れしているのは私だけなのだろうか。
「えーと……お邪魔します」
ちょっぴり疎外感を感じつつ、部屋に入ろうとした私の耳に聞こえてきたのは。
「あらあら~、お帰りなさーい」
聞き覚えのある間延びした声だった。
思わず足が止まる。
いやん、またこのパターンなの?
こそり、と先に入った二人の背中越しに声の主を覗き込む。
予想通り、そこには昨日会ったばかりの女性が微笑んでいた。
「あれ? メルリアさんが来てるなんて珍しい」
「ちょっと団長さんにお話があったのよ~。アーちゃんも、久しぶりね~?」
「はい! 御無沙汰しています!」
そして、例によって例のごとく、アリシャとも顔見知りらしい。
ちょっと。コミュニティ小さ過ぎない?
「団長に用事かー……今朝、本隊に行くって言ってたからタイミング悪かったかも」
「そうなのよ~。結局、副長さんにお茶だけいただいちゃって、申し訳ない感じだったの~」
「えぇっ、マリりんに!? 大丈夫、変なことされなかった?」
「うふふ、大丈夫~。でも、そういうこと言ってると、また怒られちゃうわよ~?」
何やら二人とても仲が良い。
それにしても、変な心配をされている“マリりん”とやらは何者だろう。話の流れ的に、副長のようだけれど、そんな副長で大丈夫か。
「ところで、二人が一緒に来るなんて珍しいわね~? アーちゃんが何か用事でもあったの~?」
「いえ、今日は私、ただの付き添いで来たんです」
「付き添い~?」
「そうそう、ちょうど良かった。実は――って、何で入ってこないの?」
思い出したように振り返ったミーネさんが、部屋に入ろうとしない私に気付いて、おいでおいでと手招きをする。
諦めて、顔を隠していたフードを取って部屋へと入る。
「ちょっと順番が逆になっちゃうけど、折角メルリアさんがいるなら紹介しておくね。私とアリシャのお友達で、辞めちゃった子の代わりに入って貰いたいなーって思ってる子。で、こちらメルリアさん。商業ギルドの偉い人だよ」
ミーネさんが間に立って、交互に紹介してくれる。でも、お友達と偉い人って紹介はどうだろう。いつの間にかお友達認定されていたのは、嬉しいけれど。
さて、アリシャに怒られないで済むかどうかの正念場だ。
「――リリ・L・クレイルシルトです。初めまして」
私の名乗りに、ミーネさんが、そっちの名前で良いの、と首を傾げているけれどギルドの偉い人相手なら隠さなくてもおかしくないだろう。それにそもそも、メルリアさんにはすでに知られているのだ。
何より、クレイルシルトとしては初めましてだから、この挨拶をしても嘘をついたことにはならないし。
ほら、身分を隠して知り合った二人が、改めて本来の身分で顔を合わせたとき、初めましてなやり取りをするじゃない。つまりは、あれだ。
もちろん、メルリアさんが合わせてくれなかったら、意味はないのだけれど。
お願い、メルリアさん。察して!
「そう、クレイルシルト卿の……。初めまして、商業ギルド長の秘書をしております、メルリアと申します。本来であれば、まずギルド長であるエーリクが御挨拶させていただくところですが……何とぞ御容赦ください」
「いえ、こちらこそ急なことで申し訳ありません。それに、私も若輩の身です。そのような気遣いはどうか無用に」
……私の言葉の使い方って合ってる? 貴族らしい会話なんてしたことないよ。
アリシャとミーネさんは、ぽかんとした顔をしているし。それ、どういう意味の顔なのかな。
「それで~、リーちゃんはここで働きたいってお話だったかしら~?」
「え、えぇ、はい。アリシャにも協力して貰いながらお仕事を探していたところ、ミーネさんから御紹介をいただけることになりまして」
即座に元通りの砕けた口調に戻ったメルリアさんに、ちょっと面食らう。
「そうね~……んー……」
メルリアさんが何事か考えるように、頬に手を当てながら私を見つめる。
一体何を言われるのだろうと、ちょっとどきどきしながら待っていると。
「――採用~!」
そんな言葉を告げられた。
……、んん?
「就職おめでとう、リリ! やったね!」
「良かったですね、リリ様。すぐに働くところが見つかって!」
ミーネさんとアリシャが、それぞれ拍手をしながら祝福してくれる。
え。いや、あれ? 待って待って、話について行けないの。
「あの……メルリアさんって、ギルドの方ですよね? どうして、それがどうして守護隊の採用を決められるのですか?」
「あら~? 知らなかったの~? この分室の協力員にはー、ギルドと分室、どちらからも認められないとなれないのよ~?」
初耳なのですけれど。
どういうことですか、の意味を込めてミーネさんを見るも、当のミーネさんも首を傾げていた。
「形式上はそうなっているのよ~。ただ、よっぽどじゃないとー、分室側が選んだ相手にギルドが反対することはないと思うけど~。逆はどうかしら~?」
「それならへーきへーき! メルリアさんが良いって言えば、団長が嫌だっていうと思えないし。適当だから、団長は。ねー、アリシャ?」
「え!? そ、そうですね、細かいことはあまり気にしない方ですし……」
同意しづらい内容を振られ、アリシャが苦笑いを浮かべる。でも、否定していない辺り、アリシャもそう思っているのだろう。
さておき、そうか。あれよあれよという間に働き口が見付かってしまった。
やった、無職脱出だ!
「……。いや、でもちょっと待ってください。私まだどんな仕事をするか聞いてないのですけれど。私に出来るかどうか……」
そして、勤務条件も聞いていない。むしろ個人的にはこっちの方が重要だ。
とは言えこの雰囲気で、いくら貰えますか、と聞く勇気はないので、ちょっと遠回しに攻めてみたものの。
「大丈夫大丈夫! リリなら出来るよ!」
「そうね~、リーちゃんなら大丈夫だと思うわ~」
いや、うん。信用してくれるのは有難いよ? でも、そういう話じゃないのです。
私の声にならない声に気付いてくれたのか、アリシャがにっこり笑って頷いてくれる。
「大丈夫ですよ、リリ様はもうばっちり元気です! どんな難しいことだって、簡単にこなせちゃいますよ!」
そうじゃない、そうじゃないの。しかもさり気なくハードル上げないで!
◇◆◇◆◇◆
結局。
ノーと言えない私は、ミーネさんの、最初はお試し期間だから、の言葉に押し切られるのだった。
良い子のみんなは、就職先を決めるときには、ちゃんと雇用条件を確認してから決めようね。




