お風呂!
結論から言うと、理晶具の修理はつつがなく終了した。
不具合の原因は、噴水の時と同じく理力詰まりだったし、規模が違うだけで使い方――直し方も変わらないのだから失敗する要素もない。
ミーネさんではなく私が一人で直したことに、女将さんはとても驚いていたけれど、内緒でとお願いしたらあっさりと頷いてくれた(その代わり、またよろしくね、と言われてしまったけれど)。
ということで、この世界初めてのお風呂タイムと相成った。
◇◆◇◆◇◆
「え? 個室なのですか?」
アリシャと合流し、受付横の男女に分かれた扉を抜けて案内されたのは、広い板張りの部屋を、仕切り板で区切ったブースのような小さい部屋だった。
何だか、ネットカフェを思い出す。部屋自体はそれより少し大きいけれど。
カーテンのように布が下げられた入口から中を覗くと、小さく浅い浴槽と手桶、それと木籠が見える。当然シャワーの類いはない。
「? 何かおかしいの?」
「てっきり、大きな部屋にみんなで入るのかと思っていたので……」
公衆浴場といえば銭湯だ。広い浴槽に、個別の洗い場があるのをイメージしていたのだけれど。
「そんな、王様じゃあるまいし。私たちだけで大きな部屋に入るなんてないよ」
「あ、いえ、私たちだけじゃなくて、ほかのお客さんも一緒なのかと」
「それこそまさか! それ、知らない人の前で裸になるってことだよ?」
「まあ、そうなりますけれど……でも、同性だけですし」
私の言葉に、ミーネさんとアリシャが顔を見合わせる。
え? 私、何か変なこと言ってる?
「リリエルちゃん、それは私もちょっと……」
「リリエルはまだ子どもだから気にしないかもしれないけど、知らない人の前で裸になったらダメだよ?」
あれ、何この状況。何で、私が露出趣味を持ってて、それを窘められてるみたいになってるの?
「あ、はい。気を付けます……」
何となく釈然としないものの、これも世界間ギャップというものか。もっと開放的なのかと思っていたのだけれど。
「それはともかく、入ろうか。お湯が冷めたらもったいないし」
言って脱衣所へ入っていったミーネさんは、さぱっと服を脱いでしまう。知らない人に裸を見せるのは云々、と言っていた割りに良い脱ぎっぷりだ。
真面目に訓練していないようなことを言っていたけれど、無駄肉もなく随所が引き締まったそのプロポーションは、まさにアスリートという感じ。女性的な丸みには乏しいけれど、これはこれで。
驚いたのはアリシャの方だ。
といっても、スタイルの話じゃない。いや、確かに背は小さいのに、出るところは結構出ている辺りとか、思うところがないでもないけれど。
背中から脇腹に掛けて大きな傷が見える。結構大きな傷だ。治療のために切ったようには見えないけれど、何処かで大きな怪我をしたことがあるのだろうか。
そんな視線に気が付いたのか、アリシャが首を傾げる。
「リリエルちゃん、どうかした?」
「え? いえ、あー……」
さすがに、面と向かって身体の傷のことを尋ねるのはマナーが悪い。かといって、何も言わなければ、何を見ていたのか気付かれてしまうだろう。
「――どうしたら、アリシャみたいに大きくなれるかなって、考えてました」
「え? 私、そんなに背、高くないよ?」
「……私から見たら大きいです」
いや、背じゃないです。背じゃないですけれど、まさか、胸ですと言うわけにもいかないので、お茶を濁しておく。
もしかしたら、アリシャも自分の大きさに悩んでいるかもしれない。だとすれば、不用意に触れるべきことではないだろう。
私は、気遣いのできる人間なのです。
けれど、そんな私の配慮をぶち壊しにするのが一人。
「――リリエルの言っているのは、これのことじゃないかな?」
「うきゃぁっ!? ど、何処を触ってるんですかミーネさん!」
いつの間にかアリシャに忍び寄っていたミーネさんが、後ろからアリシャの双丘を鷲掴んだ。
何てうらやま……げふん、失礼なことを!
「何なのさー、私より五つ近く下なのに、このけしからん感じー!」
「ひゃ、ちょっ、やめ……っ! ――やぁんっ!」
目の前で、裸の女子が、絡み合い、きゃっきゃうふふと、くんずほぐれつ。
思わず一句詠んでしまいたくなるぐらい、光景が繰り広げたれているのだけれど。何これ。新手の精神攻撃か何か?
仲間はずれは良くないと思います!
◇◆◇◆◇◆
結局。
二人のきゃっきゃうふふは、アリシャがミーネさんを浴槽に叩き込むことで終了した。結構な体格差があるのに、これが火事場の何とやらという奴か。
それから、三人揃って髪と身体を洗ったのだけれど、私のことをどっちが洗うのかでちょっともめた。
最終的に代わりばんこでとなって、二人のお姉様(年齢だけ)に身体を洗ってもらうという夢のようなシチュエーションを堪能することになった。でも詳細は割愛する。
身体の隅々まで洗われた描写なんてしたら、年齢制限に引っ掛かるもしれないからね。仕方ないね。
「……ミーネさん、重くないですか?」
「二人とも軽いから大丈夫。でも、お湯の残りが少ないからとはいえ、三人一緒に入るのはさすがに狭いね」
聞けばこの湯屋というお店。浴槽一杯分のお湯を買うというシステムらしい。だから沸かし直しはないし、途中の補充は別料金。
三人分の身体を流した上に、ミーネさん一人分の水量が流れ出てしまった浴槽は、普通に入ると半身浴にもならない水量になっていた。
結果。
「リリエルは大丈夫? 溺れてない?」
「だいじょーぶでーす……」
浴槽の中に仰向けに寝そべったミーネさんに、アリシャと二人、覆い被さるように寝転んで入ることになった。
あ、これはやばい。
だってみんな女の子だし。全裸だし。(当たり前)
もし身体が男のままだったら、きっと大変なことになっていただろう。いや、男だったらそもそもこんな状況には成り得ないのだけれど。
時間が経って少し温くなった湯加減は、ちょうど良い感じ。でも今の状態だと、それとは関係無しにのぼせそう。
幸い(?)、スタイルが良いとはいえアリシャはまだ子どもだし、ミーネさんはミーネさんで、その……色々と慎ましいので何とか耐えられる。
これがもしメルリアさんだったら、こんなこと考えている余裕もなかったのじゃないか。
「ところで、二人は何か別の用事があって来てたんでしょ? お湯を買いに来たわけじゃないよね?」
本人に聞かれたら間違いなく怒られそうなことを考えていると、ミーネさんが結構今更なことを聞いてきた。
まあ、タオルすら持たず手ぶらで来ていたら、疑問に思うのも当然だ。
「特にここに用事があったわけではないのです。興味を惹かれたから覗きに来ただけで……」
「本当は、お仕事を探しにギルドに行く予定だったんですよ」
「仕事? ……ってアリシャ、ライエル先生のお手伝いやめるの?」
「違いますよー、お仕事探しているのはリリエルちゃんです」
はーい求職中でーす、と手を挙げてみせる。
「えぇ? だって、リリエルっていいとこのお嬢さんじゃないの?」
「……、どこからそんな発想が出てくるのです? 私はどこにでもいる普通の子どもですよ」
「まあ、普通の定義はさておくけど。だって、この髪とか肌とかつやつやだし。何より、手も凄い綺麗だもの。水仕事とかしてないでしょ?」
む……鋭い。確かに私の手は、仕事をしていない手だ。
子どもも働くこの世界では、綺麗な手をしている子どもなんて、それこそ上流階級しかいないのだろう。
んー……まあ、いいか。身元が怪しい相手でもないし。
「――御察しのとおり、私は貴族の娘です。改めまして、リリ・L・クレイルシルトです」
それにしても、裸で抱き合いながら自己紹介って凄い状況だな。
「クレイルシルトっていうと……え、イングベルト様の?」
おっと、さすが有名人。
「はい、そうです。私の義兄ですね」
「そっかー……」
ミーネさんは、私の頭を撫でていた手を離し、頭痛を我慢するように、天井に視線を移しながら自身のこめかみを指で揉む。
「どうかしました?」
「……や~、商家か貴族の令嬢かと思ってはいたけど、ちょっと予想以上の名前が出てきたから、どうしたものかなって」
「別に、どうもしなくて良いですよ? むしろ変えられる方が困ります。ただ、その家に生まれたというだけのことで、言ったとおり私自身はただの子どもですから」
「いや、それが重要なんだと思うけど……リリエル――リリって結構変わった考え方だよね」
「そうでしょうかねー……?」
自分以外の貴族子女には会ったことがないから、今ひとつ普通が分からない。元の世界は、貴族制ではなかったし。物語でなら、それこそピンキリいたけれど。
こちらの世界でもそういうものではないのだろうか。
「えーと……それで、いよいよ分からなくなったんだけど。働かなくても、別にお金には困らないでしょ? 何のために働きたいの?」
まあ確かに。今すぐ何とかしなくてはならない差し迫った理由はあまりない。イングベルト様も、少なくとも成人までは面倒見てくれる気があるみたいだし。
働かずに食べるご飯をおいしいと思えるかどうかは別だけれど。
だから、そう。強いて言うならば。
「……遊ぶ金欲しさ?」
「へ?」
「リリ様、もう少しほかに言い方があるのではないかと……」
アリシャが苦笑いを浮かべる。でも、本当のことだもの。
私は、私のやりたいことのためにお金が欲しいのだ。
思いも寄らなかったらしい答えに、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたミーネさんだったけれど、やがて。
「あははは……っ! いいじゃない! その気になれば遊ぶのだって、家のお金で何とかなるのに、ちゃんと自分のお金で遊びたいなんて!」
余程ツボにはまったのか、涙まで浮かべて大笑い。
「気に入った気に入った。そういうことなら、私のとこ紹介してあげよっか?」
思わぬ言葉に、アリシャと顔を見合わせる。
「紹介してもらえるなら嬉しいですけれど……、でもミーネさんのところって」
まさか、実家がお店をやっています、なんて話ではないだろうから。
「そう、王都守護隊!」




