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お湯屋さん

「アリシャの心当たりに、直接お願いしにいくというのはダメなのですか?」

「今、人を探してるかどうかまではさすがに分からないから……働き手を探している人の中から、知ってる人に当たる方が手間が少ないでしょ?」


 ガレルさんと別れてからの道すがら。

 商業ギルドに行かなくて済むよう、アリシャに色々と提案しているものの、ことごとく却下されていた。


「まあ、そうですね……」


 そろそろギルドに着いてしまう。こうなったら、何か寄り道できる口実を探すしかない。

 きょろきょろと周りを見回していると、昨日は気付かなかった変わった看板を見付ける。

 弓を引いた印と一緒に、「ゆ」と書いてある。


「アリシャ、あの看板は何ですか?」

「ん? えー……あ、あれは王都に一軒しかないお湯屋さんの看板だよ」

「お湯屋さん? お湯を売っているのですか?」


 変わった商売だ。そしてそれで、何故に弓?


「間違ってはいないんだけど……実際は、その場でお湯を買って、そのお湯に入ったり身体を洗ったりするところだよ」

 えーと……つまりお風呂? お風呂があるの?


 この世界の生活様式にはおおむね満足していたのだけれど、一点だけ不満なところがあった。それが、お湯に浸かるお風呂がないことだった。

 邸に浴室はあるけれど蒸し風呂式だったので、そもそもお湯に浸かるという習慣がないものだとばかり思っていた。


「よし、見に行きましょう!」

「え? でも、お仕事探し……」

「後回しです、後回し! ごーごー!」


 どうせお金が払えないので入れないけれど、必要な金額が分かれば、それを貯めるためのお仕事探しにも精が出るというもの。

 そう、これも必要なことだ。

 残念だなー、ギルドに行って仕事探ししたかったのになー!


◇◆◇◆◇◆


 先ほどとは反対に、私がアリシャを引っ張るように湯屋の入口に辿り着いたところ、浮かない顔をした人たちがぱらぱらと出てくるところに出くわした。

 どう見ても、身体を洗ってすっきりしてきた様子はない。


「んー……何かあったのかな?」

「入っても良いみたいなので入ってみましょう」

 出てくる人たちとすれ違いながら入り口をくぐる。


 お店の中では、従業員と思しき人が客に何か謝りながら説明をしている。やはり何かトラブルがあったようだ。


 玄関を上がろうとして、板張りの床になっていることに気付く。

 あれ、ここ土足禁止か。家でも靴を脱ぐ習慣がないこの国では珍しい。

 でも下駄箱がない。


「アリシャ、ここは靴を脱ぐのですか?」

「そうなの、珍しいでしょ?」

「でも、脱いだ靴を置く場所がないようなのですけれど……」

「もちろん持って入るんだよ。何処かいっちゃったら大変だから」


 アリシャはぼかしているけれど、要するに盗まれないように、ということか。


 手に持ったままというのも結構面倒だな、などと思いながら靴を脱いでいると、

「えぇ~、お休みー!? それはないよぉ!」

 女性の嘆く声が聞こえてきた。


 何事かとアリシャと二人で見やると、奥まったところにある受付らしいカウンターで、宿屋の女将といった感じの人を前に、女性が突っ伏している。


「お湯に入れると思ったから、珍しく真面目に訓練してきたのにぃ……」

「そう言われてもねぇ……水が出なけりゃ、お湯は用意できないんだよ」


 腕に青色の布地を巻いた、よくよく見れば見覚えのあるその女性は、悔しそうにカウンターを拳で叩いている。

 というか、お湯に入れるから真面目に訓練するって何だ。


「あれ? ミーネさんだ」

「え……知り合い、ですか?」


 世間は狭い。

 いや、守護隊であれば傷も絶えないだろうし、そんなに珍しいことでもないのか。


「ミーネさん、おはようございます」


 アリシャが声を掛けている間にフードを脱ぐ。昨日会ったときとは服装も違うし、そもそも顔をしっかり見られていたわけではないから、誤魔化せると信じよう。

 ちなみに、今日の服はアリシャのお下がりを借りている。昨日と同じもので出掛けようとしたところ、身分を隠すのにそれはないです、と言われてしまったのだ。

 何故。


「アリシャ? 珍しいところで会うね。どうしたの?」

「それはこっちの台詞ですよ。どうしたんですか?」

「それが、聞いてよ。折角お湯に入りに来たのに、臨時休業だって言うんだよ」

「あ、だから皆さん帰っていくんですね」

「そうそう。だから、何とかならないかなーって交渉中」


 いや、何とかならないから臨時休業にしているのだろう。無茶を言う。

 そんな私のツッコミが、うっかり声に出ていたのか、ミーネさんがこちらに気付く。


「あれ、そっちの子は……」

「あ、紹介します。リリエルちゃんです。一緒にお散歩してたんですよ」


 アリシャが一歩身を引いて、私をミーネさんの前に押し出す。

 目が合う。


「あ、君昨日の――」

「ミーネさんですかっ、はじめまして! リリエルです!」


 子どもらしい大きな声で元気にご挨拶。

 決して、勢いで誤魔化そうとしているわけではないよ。


「え、でも昨日会った――」

「それで! 臨時のお休みみたいですけれど、何かあったのですかっ?」


 何か言い募ろうとする声を遮って、女将さんに話を振る。

 あからさまな私の様子に、アリシャがきょとんとして、ミーネさんは首を傾げている。よし、押し返した……!


「え? あ、あぁ……今朝から理晶具の調子が悪くてね。水が出なくなったのさ」

 急な話の振りにも詰まりながらも、女将さんが教えてくれる。

 どこかで聞いたような話だ。意外に理晶具ってポンコツなのだろうか。


 と思いながら、ふとミーネさんを見ると、何か考える素振りをした後、こちらを見て微笑むと、

「何だ、そういうことなら大丈夫! 私が直してみせよう!」

 高らかに宣言した。


「えぇ? いやだって、あんた、理術士じゃないだろう?」

「実は昨日、似たような故障を直したところなの。中央広場の噴水、直ってたでしょ?」


 あ、あれ結局あの後直したのか。……弁償しろとか言われないよね?


「そういえば昨日、噴水の水量が増えたとかってお客が騒いでいたけど、あれ、あんただったのかい」

「そうだよー、だからお任せ!」


 アリシャからも、理晶具を直すなんて凄い、と褒められてミーネさんが胸を張る。

 まるで自分が直したみたいに見せているけれど、昨日自分じゃ直せないようなこと言ってなかったっけ?


「まあ、直すにも金が掛かるし、直してくれるんならありがたいけど……」

「なら決まりだね!」


 言葉と同時、隣にいた私をひょいと抱え上げた。

 おや?


「それじゃあ、ちょっとこの子を借りていくね」

「え!? ど、どうしてリリさ……リリエルちゃんが手伝うんですか!?」

「ちょっと変わった直し方だから、この子が必要なんだよ」


 見上げる私に、ミーネさんはぱちりと片目を瞑ってみせる。

 あぁ、なるほど。噴水は、あの後改めて直したのではなく、私がいじった結果、直ったということなのか。

 つまり、私に直せと。


「あの、何をするのか分かりませんけれど、私理術使えませんよ?」


 噴水でしたのと同じように、ちょっと理力を流せば直せるのかもしれない。でもそれをすると、私が理術を使えることを女将さんなりに知られてしまう。まさか、直すとき誰も立ち会わないってことはないだろう。

 どうも、私の年齢で理術が使えるのは珍しいみたいだし、不特定多数に知られて“最年少理術士誕生!”なんてなったら堪ったものじゃない。


「ふふーん、断って良いのかな~? 直らなかったら、うっかり昨日のことをアリシャに話しちゃうかもしれないぞ~?」

 私の耳元で、ミーネさんが囁いてくる。

 やっぱり気付いていましたか。それはそうだよね。


「……王都の治安を守っている人が、脅すのですか?」

「えー? 今は守護隊お休みだしー」

「子どもの言い訳ですか……」


 気が乗らない私の鼻先に、ミーネさんは人参を垂らし始める。


「私に恩を売っておくと、何か困ったとき、お手伝いしてあげられるかもしれないよ?」

「守護隊なら、恩がなくても困ったときは助けてください」

「むー……ならこれならどう? もし、この後入れるようになったら一緒に入ろう。お金は私が出してあげる」

「……アリシャも一緒?」

「分かった分かった。三人一緒ね。その代わり、狭くても文句は無しだよ?」

「そういうことなら手伝いますけれど……あ、でも直せるかは分かりませんよ?」

「分かってるって。難しそうなら諦めるよ」

「……分かりました。そういうことならお手伝いします」


 商談成立。


「よっし! リリエルも手伝ってくれるってさ」

「えぇ!? リリエルちゃん、どうしてそうなったの!?」

「いえ……直ったら私たちの分もお湯代を払ってくれるそうなので。お湯、入ってみたいです」

「えぇー……で、でも……」


 私の保護者を自認しているアリシャとしては、何だか分からないことを私が手伝うことは、認めがたいのかもしれない。


「そんなに手間も掛からないみたいですし。それに、危険はないですよね?」

「もちろん! 心配しなくても大丈夫。危ないことは全くないから」

 とはいえ、私の希望に加えて現役の守護隊士がこう保証する以上、強く反対もし辛いらしい。


 まだ微妙に納得していないアリシャに靴を預け、ミーネさんに抱えられたまま運ばれていく。別に逃げたりしないのだけれど。


 それにしても、お風呂か。気乗りしない風を装っていたけれど、実はかなり楽しみにしている。

 だって、私は今、女の子だ。つまり、堂々と女湯に入れるということに他ならない。

 女の子身体で生活していると、たまに自分の性別が分からなくなって焦ることもある。

 身も心も女の子になるつもりはないので、身体の性別に引っ張られないためにも、たまには精神への男性的な刺激も必要だ。


 え? さっき、不特定多数に知られるのがまずいって言った?

 まあ、その何だ。人生を上手く生きるコツは、高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応することだ。

 つまり、成るように成るし。どうにかなったら、そのとき考えれば良いのです。

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