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『アリシャの手料理』

 アリシャのキャラクターエピソード的なお話です。

 時間軸は本筋より少し先になります。


 *なお、今回のお話を食前・食中・食後に読むのはおすすめしません*

――とある日の昼下がり


 皆さん、こんにちは。リリ・L・クレイルシルトです。

 突然ですけれど、私は今危機的状況に陥っています。絶体絶命のピンチという奴ですね。

 ある日いきなり、女の子の身体になって異世界で目を覚ました私ですけれど、それに負けないぐらいの大ピンチです。


 きっかけは何てことない雑談だったのだ。

 どうも自分の身長は歳相応ではないようで、どうにかならないかとライエル先生に相談してみたところ、しっかりご飯を食べていけば自然と追いついてくる、とアドバイスをもらった。


 そうは言っても満腹になるまで食べているのですけれど、などとアリシャに話してみたら、なら普通の食事をより栄養があるものにしてみましょう、と軽く請け負ってくれた。


 そうして、アリシャの手料理を振舞ってもらえることになったのだけれど。


「さぁ、リリ様。私、腕に縒りを掛けて作りました! どうぞ召し上がれ!」


 テーブルを挟んで向かい合ったアリシャが、大きく手を広げて示す。

 パン、サラダ、スープ、肉のソテーという、この世界の一般的なものより少し豪華なお昼ご飯。

 字面だけ見れば何の変哲もない手料理だ。そう、字面だけなら。

 けれどそれぞれ、何かがおかしい。


 例えばパン。赤いパテが塗られたそれは、一見イチゴのジャムが塗られたように見えるけれど、良く見るとその色は赤というより赤黒い。そして、異様に生臭い、というか鉄臭い。


 例えばサラダ。緑も鮮やかなそれには、遠目から見ればゼンマイにも見える、紐状のものが顔を覗かせている。けれど何だろう、あれは耕した後の畑でよく見掛ける気がする。


 例えばスープ。透き通ったスープには丸い肉団子と青菜、むきエビみたいなものが浮かんでいる。でもこれ、多分エビじゃない。だって、何か小さな脚が生えているし。


 例えばソテー。薄切りの鳥肉に掛けられたジュレのようなソースは、透明なゼラチン質の中に黒い球状の影がいくつも浮かんでいるというもので、何というか池の水面でよく見掛けるものを思い起こさせてくれる。


「あ、アリシャ? 何だか、見ない食材がたくさん使われているようなのですけれど……」

「そうでしょうそうでしょう。メインはお店じゃ手に入らないものばかりですっ。いくつかは、街の外まで調達に行ってきましたから!」

「そ、うですか……そんなに、頑張っちゃってくれたのですか……」

 そんな、きらきらした笑顔で言わないで欲しい。食べられないと言えなくなってしまうではないか。


「はい! あ、折角ですから一通り御説明しますね?」

「ええ……はい、お願いします……」

 お願いしたいような、お願いしたくないような。


「まずはパンですけど、上に塗ってあるのは、蛇の肝をすり潰したものに生き血を練り込んだ特製パテです! 精が付くんですよ?」


 いきなり凄いのから来た。

 生き血はともかく、心臓には寄生虫がいたりするけれど大丈夫? 食べた後にお腹を食い破って外に飛び出してきたりしない?


「次にサラダですが、季節の青菜とミミズの素茹でです。茹で時間を最小限にしたので、くにゅくにゅした食感がしっかり残ってると思います」


 そんな気遣いはいらない。むしろ切り刻んで存在感を消して欲しかった。


「スープに入っているのは、パテで余った蛇肉を肉団子にしたものと甲虫の幼虫です。この幼虫はぷちゅっと口の中で弾ける感触が楽しいんですよ」


 甲虫……カブトムシ? 土臭くて食べられたものじゃないと聞くけれど。


「それで、最後のお肉ですけど、その名も“親子ソテー”です!」

「親子? 鳥肉と卵ですか? でも卵が使ってあるようには……」

「あ、それ鳥肉じゃないです。蛙です。味は鳥肉みたいですけどね」

「あぁ、なるほど……」

「ちなみに親子というのは、その上に掛かってる――」

「いえ、説明は良いです。分かります。大丈夫です」


 アリシャの説明を遮っておく。改めて聞くと心が折れそうだ。


「さ、いっぱい食べてくださいね! どれも栄養満点ですよ!」

「そうですね、栄養はありそうです……栄養は」


 けれど悲しいかな、栄養満点イコール美味しい、とはならないのだ。

 個人的に、食事は栄養よりも味を重視したい派なのだけれどどうだろう。


「えーと……、全部食べられるもの、なのですよね……?」


 そんなキョトンとした顔をしないで。分かってるさ、出してくれている以上、食べられるだろうことは。

 けれど、聞かずにはいられないの。お願い、この気持ちを分かって。


「ふふふ、リリ様面白いこと聞きますね。味見もしてあるから大丈夫ですよ?」

「え? アリシャはもう食べてるのですか?」


 てっきり、料理下手にありがちな、栄養のある食材をとりあえず放り込みました、な料理だと思っていたのだけれど。

 確かに、使っている食材に目をつぶれば丁寧に作られているようにも見える。

 意外と美味しいのだろうか。世の中には昆虫食なるものもあるというし。


 ……ええい、男は度胸、女も度胸だ。食べてやろうじゃないか!


 まずは、一番被害が少なそうなサラダから手を着ける。ほら、土抜きをするためか縦に裂いてあるミミズは、目を細めてみれば糸コンニャクに見えないこともないし。

 ミミズが極力目に触れないように、青菜に包み込んで口に放り込む。


 もぐもぐ。


 ……うん。何だろう、青菜の苦みしか感じない。

 確かに、ぐにゅぐにゅとした食感は分かるけれど、味はない。というか、これ味付けしてない。


 試しにスープもすすってみる。

 蛇の出汁が出ているのだろうか、こっちは複雑な味わいがある。蛇は臭みが強いと聞いていたけれど、下処理がしてあるのか臭みの少ない種類なのか、変な味はしない。

 でもやっぱり薄い。アリシャは素材の味を活かすタイプなのだろうか。


 こうなると、丸々とした幼虫も素材の味が活きていることになる。

 意を決し、親指大の塊を丸ごと口に含む。

 二、三度噛もうとするも、思い切りが足りないせいか、その弾力に跳ね返される。

 口を開けてから勢いよく閉じると、ぷちゅっとした感触とともに独特の香りが口に広がる。


 幸い、腐葉土の味がするということもなく、何となくほんのり甘いクリームのよう。これは、木の香りだろうか。

 目隠しをした上で、何の情報もなく食べたら美味しいと思える……かも?

 けれど如何せん、虫だ。その事実が、素直に味を受け入れさせてくれない。


 続いて鳥肉のソテー、タピオカソース掛け。そう、これは蛙の親子じゃない。鶏とタピオカです。

 だって、ほら。肉の味は鳥肉と何も変わらない。

 

 問題の、卵――いや、タピオカは、これもまた特に味はしない。けれど、瑞々しい見た目に反して、どことなく粉っぽいというか何というか。

 少なくとも、ソースにするには適していないと思う。


 最後に残った、赤黒いパン。

 これまでの料理は、見た目の自己主張が強かったものの、味はそれほどでもなかった。


 けれど、これだけは違う。

 見た目はなんてことないのに、嗅覚への自己主張が激し過ぎる。顔を近付けなくても、血の臭いが漂ってくる。

 鼻をつまんで食べたい衝動に駆られながら、どうにか一口。


「……っ!?」


 凄い……口の中が血の味しかしない!

 まるで吐血した後のようだ! 吐血したことはないけれど!


 きつい酸味の血の味と、エグい肝の苦みが合わさり、もはや無敵だ。

 さらに、口から鼻に抜ける尋常じゃない生臭さといったら、筆舌に尽くしがたい。


 そして何より、パンが水気を吸って、良い感じの軟らかさになっているせいで、内臓を生のまま噛み締めている気分になってくる。


 あ、ダメだこれ。


「……ごふっ」

 とうとう私の身体が、これ以上の暴虐には耐えられんとばかりに、飲み込むことを拒否。

 行き場を失った血の塊が、口を押さえた私の手の中に逆流してくる。


「わぁっ! リリ様が血を吐いた!?」


 うおぉぉ……血生臭い……。


「み、水を……」

「ミミズ!? サラダですか!?」


 私の言葉に、いそいそとサラダからミミズを拾い上げようとするアリシャ。

 いや……そういう、ボケは……いらないです……。


◇◆◇◆◇◆


「ごめんなさい、リリ様が血の臭いが苦手だったなんて……」

 私の吐いた血反吐を片付けてくれたアリシャが、しょんぼりと肩を落としている。

 いや、血の臭いが得意な人って、むしろ珍しいのでは。


「その……一般的なのですか? 生き血とか蛇とかを使った料理は……」

「王都では、どちらかというと滋養強壮の薬みたいに使われてますね。都市部を離れた村なんかだと、山や森で採れるから結構食卓に上ってます」


 意外とポピュラーらしい。

 確かに、先入観が問題なのであって、味そのものが無理なものはあまりなかった。

 実際、生き血パテには一発KOされたものの、それ以外はきっちり完食できているし。


 結局、残ったパテはアリシャが顔色一つ変えずに完食した。どういう味覚をしているのだろうか。アリシャの普段の食生活が心配だ。


「明日は、今回の反省も踏まえて、もっと頑張ります!」

「え!? い、いや栄養もあまり採り過ぎると良くないですし? 食材の調達に手間を掛けさせては申し訳ないですから!」

 いくら栄養満点で、背が伸びると言われても、毎日昆虫食は嫌だ。


 その後、私の言葉を遠慮から来るものと受け取ったアリシャと押し問答になったけれど、どうにか明日の料理は諦めてくれた。

 でも、折を見てまた作ってくれる気らしい。何がそこまで彼女を突き動かすのだろうか。

 普通の手料理なら、喜んで御相伴に与るのだけれど。


 何にせよ、アリシャの意外なような、そうでないような一面を見ることが出来た時間だった。

 代償は大きかった気もするけれど。


 ちなみに。

 それからしばらくの間、精神的な拒絶感からか胃袋が七転八倒していたけれど、幸い食あたりになることはなく、むしろ身体の調子は良くなった。

 まさに、「悔しい! でも元気になっちゃう!」みたいな。


 でも本当、もう勘弁な。

 わざわざ言うことではないかもしれませんが、昆虫や蛇を食べてみたい方は、専門のお店に行きましょう。そこらの捕まえて食べるの危険です。

 

 ちなみに、アリシャは別に料理下手ではないです。ただ、ちょっと味覚に問題があるだけです。

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