いざ、就職活動
イングベルト様との初めての対面をこなした翌日、私は早速アリシャを伴って街に繰り出していた。
「さて、久し振りの街の空気はどうで……かな、リリ、エル……ちゃん?」
私の手を引いて歩くアリシャが、何ともぎこちない話し方で尋ねてくる。
邸を出たら、私はクレイルシルトのリリではなくただのリリエルです、と強制的に変えさせたためだ。
当然アリシャは渋っていたけれど、“様”付けで会話をしていたら不自然だという、私の言い分には頷いてくれた。
ちなみに、私は普通じゃないから一人で出歩いて良い、とイングベルト様から許可を貰ったと話したところ、その点については特に疑問を感じていない様子だった。
解せない。
さておき、街に出るのは昨日ぶりですと言うわけにもいかず、改めて深呼吸してみる。そういえば、昨日は気にしなかったけれど、以前危惧していた下水の臭いが漂っているということはなかった。
気になったので聞いてみよう。
「アリシャ、お手洗いで流した水って、何処に流れているのですか?」
「へ? お手洗い?」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔になるアリシャ。
まあ、外の空気の感想を聞いて、返ってきた答えが下水の話では、然もありなん。
「えぇと……確か、郊外にある施設で綺麗にしてから、ヘリティア川の下流に流していたかな」
「綺麗に?」
「うん、いくつか大型の理晶具を組み合わせて何かしているって。何でも、何十年か前に伝染病で大変なことになった時があって、それからこういう仕組みになったんだって」
「それは、何とも……凄いですね」
下水道だけでなく、下水処理場まで整備されているとは。それに、伝染病の原因が、衛生状態の悪化にあるとも解明しているのか。医学は発展していないかと思っていたけれど、そうでもないらしい。
「変わったところに興味を持つんだね、リリエルちゃんは」
感心する私に、アリシャは苦笑いしている。
「それで……出てくるとき、働くところを探すって言っていたけど……本気なの?」
「もちろんです。お金がないと何もできませんからね」
「何かしたいことでもあるの?」
「んー……具体的なことはないですけれど……他の街にも行ってみたいです」
「他の街……あ、りょう……ご両親が住んでいた街のこと?」
私の感覚では、旅をしたいという意味だったのだけれど、どうやらアリシャは字句通り“他の街イコール家の領地”と受け取ったらしい。
「そうですね、いつかは行こうと思います」
現状、あまり近づかない方が良いかもしれないから、本当に“いつか”だけれど。
「そういうことで、働けそうなお店に片端から――」
「それじゃ、とりあえず商業ギルドに行ってみようか」
当たってみようと、言い掛けたところでアリシャと声が被る。
……え、商業ギルド? 私、紹介状ないよ?
「ギルドですか? 私みたいな子どもだと、紹介がないと難しいと聞きましたけれど……」
「あれ、よく知ってるね? 誰かに聞いた?」
おっと、うっかり。
義兄に聞きました、と言って誤魔化しておく。
「そっか、でも大丈夫。こう見えても、私は顔が広いのですよ」
えへん、とアリシャが冗談めかしながら胸を張る。
確かに、イングベルト様もアリシャに頼めば、と言っていた。
アリシャの様子を見れば、確かにちょうど良い仕事を見付かるかもしれない。
けれど商業ギルドはまずい。
何がまずいって、昨日の二人に遭ったら、私が勝手に出歩いていたことがバレてしまう。
「い、いえ、そんな、アリシャに頼り切りも申し訳ないですし? 地道にお店とかを訪ねていこうかと……」
「そんなことしてたら、全然見つからないよ。いいからいいから。ごーごー!」
あ、ちょっとそんなに引っ張らないで。と言うか、ごーごーって何。こっちの世界でもそういう使い方するのですか。
◇◆◇◆◇◆
アリシャに手を引かれるまま、ギルドに一直線……とは、幸いなことにならなかった。
自分で顔が広いというだけあって、二人で道を歩いていると、結構色々な人に声を掛けられる。
今もアリシャの――と言うかライエル先生の患者と思しき男性に呼び止められていた。
「いやぁ、お蔭さんで眼の痛みがマシになったよ」
「それなら良かったです! でも、あまり眼を使い過ぎないでくださいね? ずっと火を見ているのが原因だって、お父さん言っていましたから」
「そうみたいなんだが、職業柄なぁ……火加減を見ないわけにはいかないからよぉ」
この初老の男性は、ライエル先生に眼を治療してもらっているらしい。
体格の良さと、火を見続ける仕事ということを考えるに、鍛冶師だろうか。火を見詰めるせいで、白内障に掛かりやすいと聞いたことがある。
「それは分かりますけど、見えなくなっては大変でしょう? お弟子さんに任せていくのも、考えた方がいいですよ?」
「いやいや、あいつらにはまだ任せられんよ!」
それにしても、こう、知り合いとその知り合いが話をしているときって、何だか落ち着かない。少し離れていようかと思ったけれど、手を繋いでいる以上それも叶わない。
そんな胸中が滲み出たのか、二人の話の矛先が私に向かう。
「で、そっちの子は、新しい助手見習いかい? あまり見掛けたことがないけど」
「いえいえ、この子は……」
何と紹介しようか迷ったのか、アリシャが言葉を濁してこちらを見遣る。
「初めまして。私もつい最近までライエル先生に診てもらっていまして……。だいぶ調子が良くなったので、アリシャにリハビリ――身体の慣らしに付き合ってもらっているのです」
「おぉ、なるほど。そいつは良かったな。ライエル先生はいい医者様だろう?」
「ええ、本当にそうですね。でも、アリシャもとっても良くしてくれてるのですよ」
「確かにそうだ。立派に助手をこなしているからなぁ」
はっはっは、と二人で笑い合っていると、
「ちょ、ちょっと、何で私の話になっているんですか!」
身内はさておき、自分が褒められているのは落ち着かないのか、アリシャに半ば無理矢理会話を打ち切られてしまう。
「こほん! リリエルちゃん、こちらはガレルさん。鍛冶工房の親方さんだよ。で、こちらはリリエルちゃん、私の患者さんです」
アリシャの紹介で、改めてガレルさんと互いに挨拶を交わし合う。やはり予想どおり、鍛冶師だったようだ。
「この少し先で工房を開いててな。武具が中心だから、嬢ちゃんには縁がないかもしれないが、まあ、覚えておいてくれ」
「あ、じゃあ護身用にナイフでも……」
「何言ってるの、リリエルちゃん! 危ないからダメ!」
そもそも冗談だったけれど、最後まで言わせてすらもらえなかった。
そんな、刃物を扱ったことのない子どもじゃあるまいし……って、子どもだったか。
ガレルさんはアリシャの保護者っぷりに笑っていたけれど、ふと真面目な顔に戻ると思い出したように口を開く。
「まあ護身具はさておき、最近は物騒な話も聞くから、あまり子どもだけで歩き回らない方がいいぞ?」
「物騒な話、ですか?」
「ああ。職業柄、守護隊なんかとも結構話をするんだが、最近下町の方で何人か続けて行方不明者が出てるんだとさ」
下町っていうのは、一般層に住めない人たちが集まっているところだよ、とアリシャが教えてくれる。まあ、要するに貧民街ということだろう。
けれど、そういった場所では人がいなくなることなんて、そんなに珍しいことでもないように思える。
アリシャも同じことを思ったのか、首を傾げている。
「こう言っては何ですけど、あの辺りなら、今日いた人が明日いないというのも珍しくないですよ?」
「それはそうなんだが、前触れもなくいなくなる奴が多いらしくてな……。用心するに越したことはないぞ? まして、小さい嬢ちゃんを連れてるなら尚更だ」
「うーん、そうですね……なるべく人通りの多いところを歩くようにします」
アリシャの答えに満足したように頷くと、ガレルさんは片手を挙げて去っていく。
そんなガレルさんの背中を見ながらアリシャに問い掛ける。
「行方不明者ですか……アリシャはどう思いますか?」
危ないから働きに出るのは控えた方が良い、と言われるかと思ったのだけれど。
「あまり気にしなくても大丈夫だと思うよ? さっきも言ったとおり、下町では珍しいことでもないし」
アリシャは深刻なこととは捉えていないらしい。そういえば、今しがたのガレルさんへの返答も、歯切れが良いものでもなかったな。
「それに人さらいの一人や二人ぐらい、私でも追い払えるから大丈夫」
おお、頼もしい。頼もしいけれど、その自信は一体どこから来るのでしょう。
この間の街の治安のことといい、アリシャは結構、危機意識が薄いところがあるように思える。
わりと街の外にも出ていると言っていたし、その経験からだろうか。でもそれなら、逆に慎重になりそうなものだけれど。
うーん、よく分からない。
手を引いて歩いてくれているアリシャの不思議さに、改めて首を傾げるのだった。
次のお話は番外編になります。




