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ギルドのおしごと

 突然の女性の乱入に、ルヴェンさんは、口に含んだ黒茶が煮出し過ぎていたかのように渋い顔をする。


「メルリアさん……見てのとおり来客中ですし、その呼び方はやめてくださいと何度も言ってるでしょう……」

「え~? イケないことをする相手は、お客さんとは言わないのよ~? それに、べーちゃんはべーちゃんなんだから、べーちゃんでしょ~?」

「ロイを助けてくれたのでお礼をしているだけです……とりあえず出ていってください……!」


 立ち上がったルヴェンさんは、女性を追い出そうとするも、全く動く気配がない。

 ほんの少しのやり取りだけれど、二人の関係が何となく分かった気がする。苦労してるのだろうな、ルヴェンさん。


 あぁお菓子がおいしい、なんてのほほんとしながら二人のやり取りを見ていたら、ふと女性と目が合ってしまった。

 うわ、こちらに近づいてくる。


「あらあら、本当に小っちゃくて可愛らしいわ~。あなたのお名前はなぁに?」

「は、はじめまして、リリエルと申します」

 さすがに座ったままは失礼と思い、黒茶を机に置いて立ち上がる。


「それなら、りーちゃんね~。でも、きちんとあいさつができるなんてりーちゃんは偉いのね~」


 何だか呼び名の付け方おかしくないですか。というか、いくらなんでも子ども扱いし過ぎです。八歳なら挨拶ぐらいできるものだろう。

 それとも、あいさつができたら褒めてもらえるぐらいの年齢に見えているのか。


 というか、メルリアさんはいくつなのだろう。顔立ちは幼くも見えるけれど、大変発育の良いスタイルをしている。

 とりわけ、腰を折って目線を合わせてくれているせいで強調されている胸部は、圧倒的と言っていい。


 ついさっき出会った守護隊の人やシアを思うと、これが格差社会というものか、と戦慄する。

 なんて、どうでも良いことを考えていたせいで、メルリアさんの行動に反応が遅れてしまう。


「えいっ」


 可愛らしい掛け声とともに、被っていたフードをひょいと脱がされる。


「あら~、やっぱり綺麗な髪! こんなに綺麗なのに、隠してしまったらもったいないわよ~?」

「あ、その……ありがとうございます。けれど、ご覧のとおりの髪色ですので、不快に思う方も多いかと思いまして」

「そんなことを気にしていたの~? 誰も気にしないのにね~、べーちゃん?」


 全く出て行く様子のないメルリアさんに、ルヴェンさんも諦めたのかため息を吐きながら席に戻ってくる。


「リリエルは気を遣ってくれたんですよ。メルリアさんは気にしないかもしれないですが、気にする人間がいるのも確かですから」

「え~? 黒インクみたいな黒茶を出した人の台詞とは思えないんだけど~?」


 それはまあ、私も思ったことだ。


「それに~、室内でフードや帽子を被っているのは、あまり良いことではないのよ~?」

「それはそうですが……」


 うん、超正論ですね。

 考えてみれば、室内でフードを取らない礼儀知らずと思われるか、黒髪の縁起悪い奴と思われるかの違いでしかないのか。

 なら室内では脱いでいた方が良いかもしれない。

 

 えっへん、と胸を張りながらメルリアさんも腰を下ろす。

「それじゃあ、べーちゃん。私にも黒茶をちょうだい?」


 さっき、黒インクみたいと言っておいて自分も飲むのか。

 ルヴェンさんも、いつものことなのか何も言わずに準備を始めている。


「……何というか、お二人は仲がよろしいのですね」

「あらあら、そう見える~?」

 頬に手をやり、にこにこ笑顔のメルリアさん。


 見える見える。例え、一方が一方で遊んでいるとしても、端から見たら仲が良い。

 遊ばれているルヴェンさんには異議があるだろうけれど。横顔が微妙な表情になっているし。


「メルリアさんも、ここで働いている方なのですか?」

「私はね~、ここで働いているけど、ここの職員じゃないのよ~」

「働いているのに職員じゃない?」

「メルリアさんはギルドマスターの孫娘でね。今はギルドマスターの私設秘書をしている」


 ルヴェンさんが、メルリアさんの前に黒茶を置きながら補足してくれる。

 大したことないのよ~、とメルリアさんは手を振っているけれど、その立場なら未来のギルドマスターといっても過言ではない気がする。


「そんなことより、べーちゃん。さっきりーちゃんにロイさんが助けてもらったって言ってたけど、どういうことなの~?」

「この間話したでしょう、ロイが預け証を失くしたって。それをリリエルが路地裏で拾ったって届けてくれたんですよ」

「あらあら~、それならロイさんにはちゃんとお礼をするように言わないとダメね~。ギルドの商人は、お金を拾ってもらったら三分お返しするって決まりだから~」

「え? ちょっと、メルリアさん、何を勝手に……」


 お礼金! そういうのもあるのか。

 それにしても三分って微妙な数字。いやでも、金貨十枚の三分というと……銀貨三枚?


「いえ、ルヴェンさんにも言いましたけれど、偶々拾っただけですし。それで銀貨三枚はいただき過ぎです」

 無一文の私には魅力的な話だけれど。とっても魅力的な話だけれど!


「そんなことないわよ~? だってロイさん、金貨八枚の品物を四割増しで買ってもらうって話だし~、しかも、片道銀貨三枚は掛かる輸送費も持ってもらえるんですって~」

 金貨八枚が必要な取引とは……。手持ちのほとんどを突っ込むなんて、ロイさん結構な博打打ちだ。


「だから~、ロイさんの利益は~……あら? 全部でいくらかしら~、りーちゃん?」

「へ? 私ですか? えーと……」


 八枚の四割増しに、銀貨三枚足して……金貨三枚に銀貨五枚……。いや、その取引だけしに行くわけではないだろうから、さらに銀貨何枚分かは上乗せできる? でも一回都市を行き来するだけでどのくらい稼げるかなんて分からないぞ。


「メルリアさん、そんな複雑な計算を子どもに聞かないでください……。リリエルは、商人でもギルドの職員でもないんですから」


 私が思考の深みにはまっている間に、ルヴェンさんが何だか聞き捨てならないことを言った。

 複雑な計算?


「え~、だってりーちゃん、“金貨十枚の三分は銀貨三枚”ってすぐ答えてくれたもの~。出来るかと思って~」

「いや、それは確かに驚きましたけど……って、それもですよ。何ですか三分返しがギルドの決まりって。初耳ですよ、そんなの」

「え~? 何かしてもらったらお返しをするのは、人として当然でしょ~?」


 どうも、話の流れを聞くに、メルリアさんは何か私を試しているようだ。

 案外、私のことも知っていて、確認がしたいのかもしれない。


 まあ考えてみれば、商業ギルドという、立場のしっかりした二人なら、私がクレイルシルト家の人間だと知られても問題はない気もするのだけれど。

 そういうことで、気付かれたら気付かれたで良しとして、聞きたいことを聞いておこう。


「ところで、商人の方々は、皆さんギルドにお金を預けているのですか?」

「え? あぁ、そうだな、大抵の商人は預けているよ」

「預けていると何か良いことでもあるのですか? あ、お金が増えるとか!」


 いやいやそんな夢みたいなことはないよ、とルヴェンさんは手を振って否定する。

 何だ、銀行みたいな役割かと思ったのに。この反応からするとそういう仕組みはないのだろうか。


「都市間を移動して商売する行商人なんかは、大金を持ち歩かなくて済むから、いざというとき全財産を失う心配がなくなるのは大きいだろう?」

「でも、お金を持ち歩けないと商売ができないのでは……」

「それなりの大きさの街には、それに見合った規模の支部がある。そこで、上限はあるが引き出すことが出来るようになってるから、その心配も必要ない」

「なら、行商人から商品を仕入れて売っている商家はどうなのですか?」


 広場で行商人が直接品物を売っていたけれど、仕入れたもの全てをあれで売り捌けるとは思えない。中には、卸しと小売りの関係を結ぶ商人もいるだろう。


「そういう商家とか大きなところは~、ギルドの覚えをよくするためにお金を預けているのよ~」

「ギルドの覚え?」

「ギルドは加盟金のほかに、預け金を資金源に運営されてるの~。だから~、たくさん預けている方が、優遇してもらえるって思われてるのよ~」

「……しているのですか、優遇?」

「もちろんよ~。貢献にはそれに見合った利益っていうのが当たり前でしょ~?」


 ギルドが、お金で贔屓してますって言うのはどうかと思わないでもないけれど、常識人ぽいルヴェンさんが何も言わないあたり、これがスタンダードな考え方なのだろうか。


「どんなことを優遇しているのです?」

「そうね~、色々あるけど~……晶石みたいに流通制限の掛かっている品物の販売権とか~、王室や貴族からの公的な御用命へ優先的に関われるようになる、とかかしら~」


 つまりギルド的には、懐を痛めずお金が入ってくる仕組みが成り立っているのか。なるほど、良い商売をしている。


「……一応補足しておくが、ギルドの資金の使い道は、災害や野党の被害に遭った商家の救済や、商家が潰れたときの従業員への補償がほとんどだからな? 自分たちのために使っているわけじゃないぞ」


 私の考えが顔に出ていたのか、心外だという雰囲気を滲ませながらルヴェンさんが説明を付け足す。

 失礼をいたしました。


「ち、ちなみに先ほど、流通制限がどうってお話がありましたけど、やっぱり晶石って気軽に買えるものではないのですか?」

「そうね~、色々と便利なものではあるけれど、使い方次第で危険なものもあるから~。特に水の晶石なんかは、ほとんど王国が買い上げているわね~」

「水ですか?」


 使い方で危険なのは、どちらかというと火のような気がするけれど。


「水は人にとって必要不可欠だけど~、軍隊にとっては特に大切なのよ~。晶石の有る無しで、行軍の労力が段違いだものね~」


 なるほど。確かに、一つの晶石を運ぶのと、そこから得られる水を直接運ぶのではだいぶ違う。加えて、水場の確保にそこまで気を遣わなくて済むのであれば、行軍速度も相当変わってくるだろう。


「あれ? その割に、街でも見掛けていましたけれど……」

 何しろ我が家のお手洗いは水洗式だ。考えてみると、あれ、相当贅沢なのではないか。


「民生品は、大抵軍からの払い下げね~。晶石の使用期限が切れそうになったものが、今度は一般に流通するのよ~」

「……晶石って使用期限があるのですか? 使い過ぎると反応しなくなるとは聞きましたけれど……」

「あら、知らなかった~? 晶石って、戦闘用みたいに特殊な加工をしておかないと、使用未使用に関係なく、一定期間で力がなくなってしまうのよ~」

「どのくらいで使えなくなってしまうのですか?」

「そうね~、質によって差はあるけど、季節が一巡りするまでは()たないかしら~」


 そうすると、結構な数が更新されることになるけれど、晶石ってそんなに採れるのだろうか。そもそも、どうやって出来ているかもわからないのだけれど。


「それで払い下げられてきた晶石を、一般に流通させるとき、どの商人に卸すか決めるのがギルドの仕事なのよ~。その時に関わってくるのがさっき言った販売権ね~」

「といっても、もちろん預け金の多寡だけで決めているわけじゃないぞ。必要なところに必要な量が回るか、考えた上で分配している」


 そこを両立させるように調整するのも仕事だけどな、と零す一言に、ルヴェンさんの苦労が偲ばれる。

 状況によっては、預け金の多寡とは関係なく、一部の商家を優先しなくてはならないこともあるのだろう。すると、優先されなかった側からの突き上げがギルドに届くことになる。

 利害調整は、どこの世界でも面倒な仕事だ。


「何だか聞いていると、ギルドのお仕事は大変そうですね……」

「まあ、楽な仕事なんてないさ。それでも、自分の仕事でこの国が良くなっていくことを考えれば、苦にはならない」


 おぉ……立派な心掛けだ。

 メルリアさんも、さぞ喜んでいるだろうと思ったのだけれど。


「まあ、中には一部の商人と結託して、良い目を見ている職員もいるみたいだけどね~」


 色々と台無しです。


◇◆◇◆◇◆


 お茶会のような勉強会のようなおしゃべりは、机の上のお菓子や黒茶がなくなったタイミングでお開きとなった。

 その帰り掛け。


「しかし、本当にいいのか? ロイに見つけたのが君だと教えなくて」

「構いません。黒茶も御馳走になって、色々と教えてもいただきましたから」


 それに、また崇められても困る。


「それではお邪魔しました。お仕事頑張って――」

 ください、と言おうとしたところで、ぎゅぅとメルリアさんに抱き締められる。


「また遊びに来てね~? お姉さん待ってるから~」

「は、はい。ありがとうございます」


 胸に顔が埋まり、危うく窒息させられそうになるけれど、どうにか返事を返したところで、


「それと、イングベルト様にも、よろしくね?」

 こそり、と一言囁かれた。


「……やっぱり気付いていたのですか?」

「もちろんよ~。まさか一人で訪ねてくるとは思わなかったけど~。でも名前ですぐに分かったわよ~?」


 そうですよね。偽名になってませんものね。


「でも、ルヴェンさんは気付いてないみたいですけれど……」

「べーちゃん、頭固いから~。結び付いてないんだと思うわ~」

「なるほど、何となく分かります。固そう」


 そんな、二人の失礼な会話が聞こえたわけでもないだろうけれど、ルヴェンさんが訝しげにこちらを見遣る。


「……二人で何をこそこそ話してるんです?」

「女の子同士の秘密のお話を聞こうなんて、マナー違反よ、べーちゃん?」

「いや、そんなつもりはないですけど……女の子?」


 あ、その疑問は禁句じゃないかな。

 案の定、メルリアさんは、あらあらうふふと笑いながら、ルヴェンさんの泣き所に攻め掛かる。


「べーちゃんたら、ひどいわ~。昔、メルリアおねーさんが大好きです、って恋文を書いてくれた可愛らしいべーちゃんは何処に行っちゃったのかしら~」

「ちょっと!? どれだけ昔の話を持ち出すんですか!?」

「今度来たとき見せてあげるわね~、りーちゃん?」


 ルヴェンさんの抗議にも耳を貸さず、にこやかにそんな提案をするメルリアさん。

 この人を敵に回すのはやめておこう……。


 それはそれとして。

「はい! 楽しみにしています!」


 人の黒歴史を掘り起こすのって楽しいよね。

 え、自分がやられたら嫌だろうって? 目が覚めて数日の私には、怖いものはないのさ。


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