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商業ギルド

「商業ギルド? それなら、このまましばらく歩けば通り沿いにあるよ」

「ありがとうございます」


 道行く人に、商業ギルドまでの道筋を尋ねながら歩く。


 ここまであちらこちらを歩き回るつもりはなかったのだけれど、仕方がない。

 シアから受け取った預け証に書かれた“ヘーベレルのロイ”というのが、装身具店の店先で会ったあの人かは分からないけれど、捨て置くわけにもいかない。


 それにしても、どうしてシアが持っていたのだろう。初めに聞いたとき、心当たりはないと言っていたのに。

 いや、考えてみれば“お金目当てのスリには心当たりがない。仕事として盗った人ならある”って言っていたっけ。あれはひょっとして、シアのことを指していたのだろうか。


 しかしそうすると、シアは誰かに頼まれてスリをしたということになる。

 あの商人さん、そこまでして取引の邪魔をされるほど、恨みを買ってそうな人には見えなかったけれど。


 そんなことをつらつらと考えていると、やがて入口が一際賑わっている建物が見えてきた。

 周囲の建物が窓に鎧戸を付けているのに比べ、三階建てのその建物の窓にはガラス窓が使われ、どことなく小綺麗な印象を受ける。

 やはり、王都に集う商人の元締めともなると、見栄えも大事ということだろうか。


 開いたままになっている建物の入口から中を覗くと、平服の人から旅装、果ては貴族の遣いと思しき執事服まで、さまざまな人の姿が見える。

 中には、意外なことに子どもの姿も見受けられる。いわゆる丁稚という奴だろうか。

 とはいえ男の子ばかりで、私のようにちんまりした子どもはいないのだけれど。


 改めて見回すと、室内にはいくつかの仕切り席があって、ギルドの職員が来客の対応をしていた。

 席の前には長椅子が用意され、順番を待っているであろう人々が、思い思い時間を潰している。順番に座っているという感じはしないので、席のところに置かれた番号札で受け付けを済ませるのだろう。

 ただ、手前の二箇所だけは順番待ちをしている人の列ができている。見たところ、子どものほとんどがその列に並んでいる。仕切り席ごとに担当が違うのかもしれない。


 さて、拾い物を届けにきた場合は、どこで受け付けてもらえば良いのだろう。

 とりあえず、人の少なそうな仕切り席の番号札を取りに行こうとしたところで、


「商会からの遣いなら、人の並んでる窓口で受け付けているよ」

 職員らしき年若の男性に声を掛けられる。


「いえ、どこからの遣いというわけではないのですけれど……」

「何だ、違うのか。とはいえ、見たところ荷物があるでもなし、仕事の斡旋でも頼みに来たのか?」


 まさかその見た目で商家の主ということもないだろう、と笑われる。さすがにそれはない。

 けれど、仕事の斡旋とな。それは興味深い。


「仕事の斡旋? お仕事を紹介してもらえるのですか?」

「知らないで来たのか……なら当然紹介状もないな? そうなると子どもにはきつい仕事しかないぞ」


 どうやらギルドでは、人手が必要な商家と働き口を探している人との仲介をしているらしい。と言っても、それは当然ある程度信用が必要なため、ほかの商家からの転職組以外は難しい。

 技術も人となりも問わない仕事、いわゆる“きつくて安い仕事”であれば、飛び込み組でも紹介してくれるようだけれど、基本的に体力勝負なので私のような子どもは紹介できないのだとか。

 例外として、貴族や町の名士などの口利きがあれば別らしい。

 つまり、世の中コネである。何て世界だ。


「まあ、それはそれで興味深いのですけれど、今回は落とし物を届けに来たのです。商業ギルド長の署名があったので、こちらに届けるのが良いかと思いまして」

 持っていた預け証を振って見せる。


「それ、ひょっとして……すまない、確認させてもらえないか? ――ああ、私はルヴェン。ここの職員だよ」

「私はリリエルです。構いません――と言いますか、そのまま受け取ってください。それで私の用事は済みますし」


 ルヴェンさんは、すぐに預け証を括った紐を解いて中を検める。

 ややあって、安堵したようなため息を吐くと疲れたような笑みを浮かべた。


「やっぱりロイの預け証か……君、これをどこで?」

「あー……と、市場の通りを歩いていたら、裏路地の方から風で飛ばされてきたのです」


 中々に苦しい説明だけれど、さすがにシアに貰ったことは明かせない。

 まあ、預け証自体に金銭価値はないらしいし、拾ったことにしても大丈夫だろう。


「裏路地……何でそんなところ……、いや、ありがとう。これの持ち主とは知り合いなんだ。本人も喜ぶと思う」

「それなら良かったです。では、用事も済みましたし、私はこれで失礼します」


 約束を果たせたかは分からないけれど、何処かの誰かの助けにはなっただろう。

 これ以上は用事もないし、仕事の邪魔をするのも申し訳ない。

 そう思って場を辞そうとするも、呼び止められてしまう。


「いやいや、ロイの恩人だ。お茶と菓子ぐらい御馳走しよう。着いてきてくれ」

「いえそんな、恩人なんて大したものでは――」


 やんわりと断ろうと思ったけれど、ルヴェンさんは私の言葉も聞かず、階段を上がっていってしまう。

 仕方ない、この状況で帰るのは失礼だし、御馳走になるとしよう。

 これは止む無くだ。例え、広場でお腹を空かせるだけ空かせて、何も食べられなかったからって、お菓子に惹かれたわけではない。


 私は、腹ペコキャラではないのだから。


◇◆◇◆◇◆


 職員が執務をしている部屋の横を抜け、こぢんまりとした打合せ室に通される。


 部屋の隅でお茶の準備をしているルヴェンさんはあまり気にしていなかったけれど、部屋まで案内される間、かなり注目を浴びていた気がする。


「口に合うといいんだが」

「いえ、ありがとう――」

 ルヴェンさんによって私の前に置かれた、一口サイズの焼き菓子と真っ黒な水が入ったカップ。

「――ございます」


 この色、そしてこの香り。この世界にもあったのか、珈琲。

 好んで飲んでいた気はするので、個人的には問題ないけれど、子どもに出す飲み物のチョイスとしては如何なものだろう。


 それとも、こう見えてものすごく甘かったりするのか。砂糖も付いていないし。

 ちょっとだけ期待して口に含んでみるけれど、まあそんなことあるわけがなく普通に珈琲だった。

 でも、記憶にある味と少し違う。苦みは変わらないけれど、後味に何か果物を思わせる爽やかさがある。

 うん、焼き菓子の甘さといい感じに合わさって、美味である。


「驚いたな……抵抗なくそれを飲んだ人は初めて見た。飲んだことがあるのか?」

「いえ、初めて飲みましたけれど。……おいしいですよ?」


 そういえば、この国で黒色はよろしくない色だ。その価値観からすれば、この飲み物は正に悪魔的なもの。口にするのは、確かに抵抗感が強いのかもしれない。

 ……考えてみると、そんなものを来客に出すのはおかしくないですか。さり気なく喧嘩を売られているのだろうか。


「出すか迷ったんだが、口にあったのなら良かった。この黒茶は海の向こうで飲まれているものでね。本来ならかなりの高級品なんだが、隣国で試験的に栽培が始まったのを手に入れたのさ」

「そんな高級なものをいただいて良いのですか? さっき言ったとおり、ただの偶然で……」

「手に入れたのは偶然でも、届けてくれたのは君の意志だろう。それに、高いと言っても、本場のものに比べれば微々たるものだ」

「……ちなみに、本場のものをこちらで手に入れようとすると、どの程度になるのです?」 


 私の疑問に、ルヴェンさんは自分のカップに口を付けながら、考え込むように目を閉じる。


「まあ、個人で直接買い付けるというのは難しいから、この国の商家に仕入れてもらうとすると……、一杯で銀貨二、三枚というところか」

「……銀貨って銅貨で」

 二、三十枚だな、と教えてくれる。つまり小銀貨はないのか。


 けれど、一杯で人一人が一カ月生活できる値段ですか。やはり海を越えて運んでくるというのは、大変なことのようだ。

 微々たる金額と言っていたけれど、この珈琲――黒茶も結構なものなのだろう。呑める機会は少なそうだし、有難く味わうことにしよう。


「そういえば、預け証を落とす方って多いのですか?」

「まさか。知っている限り、最近失くしたのなんてロイだけだ」


 ならやはり、装身具店で会った商人さんは、ロイさんで間違いないようだ。


 それにしてもルヴェンさんは、貴重品の管理もできないなんて商人失格だ、なんて憤慨しているけれど、二人は気の置けない仲なのだろうか。


「でも、再発行すれば済むのでは……出来ますよね?」

「それには手数料も時間も掛かる。ロイは取引先への支払いが迫っていたから、再発行だと間に合わなかったのさ」

「あぁ……そういえば、お店の人にお願いしていましたね」

「んん? ロイと会っていたのか?」


 装身具店での一件を説明する。

 神の遣い云々を聞いたところで、ルヴェンさんは微妙な顔をする。


「まあ、それだけ切羽詰ってたんだ。それに、結果だけ見れば、あながち間違ってもいないしな」

「うーん……、装身具店との取引は、そんなに重要なのですか?」

「そこで仕入れた品物を納入する先がな。ロイの故郷のヘーベレルを治める領主の奥方が、茶会で身に着ける装飾品を御所望なんだよ」


 なるほど、預け証の記名は“ヘーベレル村(町?)出身のロイ殿”という意味だったのか。


「へー……領主夫人ですか。貴族の方からの頼まれごとなら、失敗できませんね」

「ああ、大抵の貴族にはいくつか、御用商人がいるんだが、あそこ――クレイルシルト家は、まだ特定の商人で固めていない、というか拡大している最中だからな」

「――げほっ!?」


 予想外の名前に、思わず黒茶を噴き出すところだった。

 よもや、私の実家とは。


「お、おい急にどうした? 大丈夫か?」

「ぇほっ、けほっ! だ、大丈夫です。……クレイルシルト家は何年か前に、当主様が変わったみたいですからね」


 分家が本家になったのであれば、色々なことが変わる。当然、金銭や物の流れもしかり。以前と同じでは回らないのも頷ける。


「ああ、まあそういうことだ。覚えがめでたければ、多少なりとも食い込む余地が出てくる。……しかし随分と詳しいな。リリエル、君は何処かの商家の人間なのか?」

「え!? やー、そのー……」


 さすがに、ギルドの人に商家の娘ですと偽装するのは無理がある。けれど一般家庭の娘です、も無理がある。

 まずい、何と答えよう。


 私が答えに窮していると、

「べーちゃんべーちゃん~? 小っちゃい子を連れ込んでイケないことしてるって本当なの~?」


そんな愉快な言葉とともに、一人の女性が部屋へ乱入してきた。

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