危険な路地裏
シアさんと連れ立って路地裏を歩いていく。
途中、柄の悪い者幾人かとすれ違ったけれど、変なのは寄ってこないというとおり、彼らは視線を寄越すだけで、何か行動を起こす者はいなかった。
シアさん、こっち側では名の通っている人なのかな。
さっきの商人さんの預け証のこと、聞いたら何か分かったりするだろうか。
「シアさんは、この辺りでスリをしている人に心当たりはありますか?」
「シアでいい。それで……スリ? 何か盗られた?」
「いえ、私ではないのですけれど……先ほど、商業ギルドの預け証をスられた、という人と会ったものですから」
「食べるためにスリをしているのは結構いる。数が多すぎて、それだけじゃ何とも」
それもそうか。まして、それぞれが何を盗ったかなんて、把握できるわけもない。
「まあ、狙って盗ったというなら話は別だけど」
「そうなのですか?」
「ギルドの預け証なんて盗っても、お金にならない。それをあえて盗ったのなら、必要な人から頼まれたとしか考えられない。そういう“仕事”をしているのなら心当たりもある」
シアは首を傾げながら、紹介しようか、なんて聞いてくる。
「いえ、いらないです」
そんな後ろ暗い縁は結びたくないし、そこまでして探す気もない。
それに、一商人にしか過ぎないであろうあの人(そういえば名前も聞いてない)が、そんな陰謀めいたことの狙いになっているとは考えにくい。
「それじゃ、次は私が質問する番」
え、いつの間にそういうルールになったの。
まあ、一問聞いてしまったから、一問は答えてあげよう。答えられる範囲で。
「リリはどこに住んでるの?」
「……親戚の家に間借りしています。王都には一時的に滞在しているだけなので」
嘘は言っていない。本来の私の家は、クレイルシルトの領地になる……はずだ。
「親戚……どこかの商家? それとも貴族のお嬢様?」
「……その質問には答えません。次は私の番ですからね」
シアは、けち、と唇を尖らせるけれど、そういうルールにしたのはシアの方だ。
そして、次の質問がそれならば、私はもう質問する気がない。
「……? 質問しないの?」
「交互に質問するなら、私が質問しなければシアの番にはなりませんよね」
おぉ、と少し感心したように頷くシア。
「面白い対処法。……でもそこまで警戒しなくても」
「私は泥棒です、って自己紹介されて警戒しない人はいないですよ」
「それもそうか。でも、商家か貴族かって質問に答えたくないって言われると、いろいろ想像できる」
「……ノーコメントです」
「じゃあ、理術士かどうかも秘密?」
それは、むしろ私が教えてほしい。
「……私にも分からないので答えられません」
「分からない? 不思議な答え」
「両親からも親戚からも、理術が使えるとは言われてないのです」
どちらとも会ったことがないのだから、当たり前なのだけれど。
「使えるかどうかは、私も知りたいぐらいです」
「ふぅん……」
というか、なし崩し的に答えさせられている気がする。興味がある話題なので、良いといえば良いのだけれど。
「なら、そんなリリにぴったりなものを貸してあげる」
そう言ってシアは、懐から指ぬき手袋を差し出してくる。
出されるままに受け取り、眺めてみる。
手の甲側に茶色の晶石が嵌め込まれているあたり、この手袋も理晶具の一種らしい。
けれど、これまで見た理晶具よりも晶石には透明感があり、綺麗なカットが施されている。
「理術士が使う戦闘用の理晶具」
「これが? ……杖のようなものを想像していました」
私にとって戦闘する理術士のイメージは、まさに魔法使いだ。それもあって、使用する道具も、勝手にワンドとかロッドとかその辺りを想像していた。
「もちろんそういうのもある。だけど、土の理晶具はこの形も多い」
「? 土だからこの形状なのですか?」
水の晶石からは水が出るのだから、土の晶石からは土が出るのだろう。
手の甲から土が出ても、だからどうしたという気がするのだけれど。
「身に着けるタイプの理晶具は発動が速いのが利点。土の理術は床や壁に土壁を作って防御に使うことが多いから、速く使える方が好まれる」
「あ、ただ土が出るだけではないのですか」
けれどどういう仕組みなのだろう。やはり、この模様が鍵か。
晶石を囲むように縫い付けられた、模様が彫られた鉄と思しき金属を指でなぞる。
「それを使えるなら、間違いなく理術士を名乗れる。試してみたら?」
「使えるだけで名乗れるのですか?」
「戦闘用は危ないから制限が掛かってる。一定以上の理力が流れないと作動しないから、素質がない人間にはどうやっても使えない」
ふむ。確かに、起動部に触れてみても、理力が流れていく感覚はあるけれど、晶石は何の反応も見せない。
何かに引っ掛かっている感覚ではないので、先ほどの噴水と違って、単純に流し込む量を増やせば良さそうだ。
「ちなみに、壁や床に晶石を触れさせながら起動すると壁を作れる。ただ起動すれば、晶石から土塊を撃ち出せる」
なるほど、きちんと攻撃にも使えるようになっているのか。
流し込む理力の量や、勢いで土塊の大きさや撃ち出す速さが決まったりするのかもしれない。
それではものは試しに……、なんて試しませんよ?
どうせここで試してみたら、勢いよく土塊が飛び出して壁を壊したり、背丈以上もある土壁ができたりして、後始末に困ることになるのだろう。
分かっているよ、私は詳しいのだ。
「でも、シアは物知りなのですね。こんなものも持っているし、シアは理術が使えるのですか?」
「ん? 使えないけど」
「あれ? じゃあ、何でこれ――」
って、そういえば最初、仕事がしやすかったと言って懐を叩いていたけれど。
まさか。
「正解。仕事の戦利品」
「…………」
何も言わず、持っていた理晶具を、ぐいーっとシアに押し付ける。
けれど、シアはほほ笑むだけで受け取ってくれない。
「いや、試してみようよ」
「試しませんよ! 盗品じゃないですか!」
ああ、もう。思い切り触ってしまった。
まさか指紋を調べて特定できるとは思えないけれど、流れた理力から特定されるなんてことになったら目も当てられない。
「別に誰も見てないんだから、気にしなくていいのに」
「そういう問題じゃありません!」
そんな押し付け合いをしながら歩き、やがていくつかの路地が交わる少し開けたところに出る。
そこには一人の男が立っていた。
それだけならこれまでも何回かあったけれど、この男は私たちを見やると、待っていたようにニヤついた笑みを浮かべながら寄ってくる。
「はぁ……ごめん、リリ。前言撤回する」
それを見たシアが唐突に謝ってくる。
「変なのは寄ってこないけど、代わりに馬鹿が寄ってきた」
「おいおい、人の仕事を横から盗っておいて、御挨拶じゃねぇかシア?」
男はわざわざ腰を折って、シアと目線の高さを合わせるように顔を近づけ、睨みつけてくる。
何だろう、この、因縁をつけるチンピラのテンプレートみたいな行動は。
「人の仕事? 私は私のところに来た仕事をしただけ」
男に答えるシアが、私に向けて後ろ手を振って、下がるように示してくる。
その間にも、男の因縁付けは続く。
「その仕事は、俺のところに先に来てたんだよ」
「それは聞いた。理術士相手なんて割に合わないって理由で断ったことも」
「断ったわけじゃねぇよ。交渉してたんだよ、交渉」
何となくしか話が見えないけれど、依頼がシアに回ってしまったのなら、その交渉は失敗しているのでは。
「はぁ……何でもいいけど。何にせよ、トロトロやっている方が悪い。早い者勝ち」
「いいや、違うね。最終的に金を手に入れたもんが勝ちだ」
男は何処か勝ち誇ったような顔をして、シアに手を伸ばす。
「盗ってきたんだろう? 寄越しな」
ああ、なるほど。理術士相手は割に合わないけれど、ここでシアから奪うなら割に合うということか。
確かに効率的だ。何だ、この男、一応考えてはいるのか。
シアも同じ感想を持ったのか、わざとらしいくらい驚いた顔を見せる。
「頭を使うなんて珍しい。でも、そう言われて、ほいほい渡すと思うの?」
男はシアの言葉を無視して、腰に下がる雑嚢に手を伸ばすけれど、すげなく手で払われてしまう。
「触らないで。馬鹿が伝染るから」
辛辣な言葉に加えて、男に触れた手を、シアは汚れを払うように叩く。
おぉ、煽る煽る。
これまで受けたシアの印象とは合わないぐらいの煽りっぷりだけれど、よほどこの男が嫌いなのだろうか。
「てめぇ……人が穏便に済ませてやろうとしてれば、調子に乗りやがって……!」
けれど煽りが効き過ぎたのか、青筋を浮かべた男は、とうとう懐から短剣を抜き出した。
「いいか、これが最後だ。怪我したくなけりゃ、おとなしく物を出しな」
「怪我? そんなもの振り回して、怪我で済むと思うの?」
あぁ! と、シアは何か面白いことに気付いたように手を叩く。
「自分が怪我をするってこと? それなら納得」
「ほざけっ!」
男がシアに切り掛かってくる。
「シア!」
「ん、心配いらない。こんなものに当たる私じゃない」
言葉のとおり、男が振り回す短剣はシアに掠る様子もない。
けれど、シアの方も何となく攻めあぐねている――というかどうするべきか迷っている様に見える。
考えてみれば当たり前のことで、十代の少女が成人男性を相手に喧嘩して、簡単に伸せると考えるのが間違いというもの。
先ほどの話の流れを聞く限り、男が寄越せと言っているのは、今私の手にある理晶具のことだろう。
とすれば、もしシアがどうにかできなければ、次に狙われるのは私になる。
そして、今私には、使えればシアを助けることができる道具がある。
どうするかって? 考えるまでもない。
胸元で理晶具を構える。大人用に作られているため私の手には合っていないけれど、使うことに支障はなさそうだ。
力の加減は何となく分かる。さっきシアは、戦闘用の理晶具は一定以上の理力がなければ起動しないと言った。
逆に言えば、起動できるだけの理力を流せば、その機能を十全に発揮してくれるということだろう。
意識的に理力を流していくと、すぐに晶石から光が漏れ始める。
よし、いける。
「シア、横に跳んでくださいっ!」
「――んっ」
当然何の説明もしていないけれど、唐突な私の声にも、シアは躊躇いなく従ってくれる。
男は、視界から消えたシアを訝しがり、次いで後ろで理晶具を構える私に気付く。
「あん? ガキが何の真似……っ!?」
言葉の途中、私の手にある理晶具が光を放っていることに気付いたようだが、すでに遅い。
手元に集めておいた理力を、一息に理晶具へと流し込む。
次の瞬間、大人の握り拳ほどの大きさの土塊が、私の手から一直線に撃ち出された。
ちなみに。
私の目線の高さには男の鳩尾がある。そして、私が胸元で腕を構えると、そこから拳三つ分ほど下になる。
つまり、私の手から真っ直ぐ進んだ先にあるのは。
「――ふっ」
土塊が勢い良く直撃した。
――男の股間に。
「うわぁ、リリ、エグい……」
短く息を吐いて頽れた男を見ながら、シアがぽつりと呟く。
わざとじゃないよ、偶然ですよ。
元男として、その苦しみは理解できるのだから、狙ってやるなんてとてもとても。
「でも、助かった。やっぱり使えたね」
「うまくいって良かったですけれど、シアも良く避けてくれましたね?」
というか、何となく最初から、私のことを男の視界から隠すように立ち回ってくれていたように思える。
「だって、最初からリリに任せようと思ってたから」
「はい? だって、私が使えるなんて分からなかったですよ?」
「ううん、私は大丈夫って信じてた」
何ですか、その意味の分からない信頼は。
「それより、ここから離れる。しばらく目を覚ましそうにないけれど、誰かに見られると面倒」
シアに手を引かれて、いくつかある路地の一つに連れ込まれる。
「え、あ、そうですね。でも、あの人、放っておいて良いのですか? もし、守護隊とかに捕まったらシアのことも喋ってしまうのでは……」
取り調べをされれば、当然、誰と争っていたのかも聞かれるだろう。
そう思ってシアを見ると、びっくりしたような顔をしていた。ご丁寧に、手で口元を押さえてもいる。
え、何その反応。変なこと言いました?
「それは、つまり息の根を止めておくべきだってこと? リリ、過激……」
「何でそうなるのですか……」
気が付くまで誰にも見つからないよう、そこらの物陰に押し込んでおくとかあるでしょうに。
「まあ、冗談は置いておいて。路地裏での喧嘩なんて珍しくないし、特に周りに被害がないから守護隊もそこまで深く追求しない。アイツが襲われた、って泣き付けば別だけど、それは考えにくい」
あれも後ろ暗い人間だから、と付け足しながら、男の持っていた短剣を手の中で弄ぶ。
いつのまに拾っていたのだろう。
「ん、戦利品。あんな奴が持ってるなんて危ない。これは街の治安に貢献してる」
私の視線に気付いたのか、平然と嘯いてみせる。
まあ、シアなら先ほどの男のようには使わないだろう。
「でもそれなら、私が預かってあとで守護隊にでも届けておきましょうか?」
「……」
シアは私から目を逸らすと、短剣の刃の部分にくるくると布を巻きつけて、雑嚢を下げたベルトに挟み込む。
聞いてるかな、私の話?
「それはともかく、ここから真っ直ぐ行けば、市場通りに出られる」
道案内はこれまで、とずっと私が握っていた理晶具を取り上げる。
どうやら聞かなかったことにするらしい。まあ、私もさっき守護隊から逃げてきたわけだから、届けに行くのは難しいのだけれど。
さておき。
「御案内、ありがとうございました」
一悶着あったものの、きちんと案内してくれたシアに頭を下げる。
「こちらこそ。路地裏は危ないから、冒険もほどほどに」
「ふふ、シアこそ、危ないことしたらダメですよ?」
お互いに笑い合い、手を振って別れる。
けれど。
「リリ」
歩き出そうとしたところで呼び止められ、振り返ると同時、何かが目の前に飛んでくる。
「わっ……とっ、と……」
落とさないように慌てて受け止める。
「シア、危ないじゃ――あれ?」
急なことに抗議しようと顔を上げたとき、そこにシアの姿はなくなっていた。
路地を見回してみるも、隠れる場所も建物に入れる場所もない。
そういえば、初めて会った時は上から降りてきたっけ、と思って見上げると、一瞬だけシアの後ろ姿が見えたような気がした。
「そんなに急いでいなくならなくても……」
苦笑しながら、投げられたものを確認してみると、それは丸められた羊皮紙だった。
紐で括られているけれど、わざわざ私に寄越したということは、中を見ても問題ないのだろう。
結び目を解いて中身を読み上げてみる。
そこには。
「ヘーベレルのロイ殿……金貨十枚。商業ギルド長エーリク……?」
そんな内容が書かれていた。




