裏の物語8
「な………に……ッ!?」
有象無象をなぎ倒した赤黒い泥のようなものが雲秋の手――正確には急ピッチで生成した剣からトリプルネームの腹に穴を空けている。
「サクリファイス……生贄……。成る程。そういうことか。………取れる道が1つしかないではないか。」
泥を斬り払い飛翔して逃げようとした所で腹に残っていた泥が動き出し、僕が刺されている方の腕をもぎ取る。
「チィ…ッ!まぁ、いい!別の機会だ!何にせよ相性が悪すぎる…。」
そう言って、僕を無視して飛び去って行った。
残ったのは四肢のない哀れなピエロと赤黒い泥を纏う黒ミイラ。そして女性の死体だけだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
『一件が落着したことだし、そろそろ五体を回復させたらどうだい?』
脳内に響く前任者の声。さっきの戦いで渦巻く情報を簡単かつ簡略に教えてくれたのは奇しくも元クリエイターだった。癪に障るものだ。
どうやらクリエイター引き継ぎに際し生体情報を全て僕に遺伝させたらしく身体の主導権は僕が握れてはいるが、思考は僕と前任者で独立しており、身体を分割してしまえばクリエイターとして活動できるという。
『小難しいことが多いのは同情するが無視は寂しいじゃないか。』
そうは言っても五体復活なんてどうやれば…。
『イメージだよ。四肢が生えてくるのをイメージしたまえ。君の身体は全てイメージ通りにしか動かないのだから。』
そうか。こいつと僕は一心同体みたいなものだから考えていることが読まれてしまうのか。それに、読もうと思えば僕もこいつの思考を読むことができてしまう。
取り敢えず言われた通りに自分の身体が復活する様子をイメージし、立ち上がることに成功する。
そして辺りを見渡すと雲秋が人間の形に戻っていることに気付いた。
「そうか。イメージしたら戻ることもできるのか。」
『あまりオススメではないけどね。前にも言った通り身体を変えちゃうと記憶が飛ぶことがあるんだ。』
いや、それに関しては殆ど問題はないだろう。
『ま、それもそうか。私が覚えておけばいいだけだからね。ハハハ。そう考えるとかなりの無法だ。』
僕は今朝、病室のガラスに映った自分の顔を思い出しイメージを構築していく。2mもあった巨体は次第に縮小していき168cmの身体に戻った。
「2人そろって足を踏み入れることになるとはね…。」
封筒をまじまじと見ている雲秋に話をかけてみたが返答がない。
「それは何だい?」
「分からない…。何故か手に持っていたんだ。ただ、君宛のようだ。」
雲秋が首を傾げながら僕のほうに顔を向け、僕に封筒を渡す。顔に疑問が浮かんでいる雲秋は初めて見たような気がする。
僕にも心当たりがないが封筒を受け取るとゴツゴツした感覚があった。中を確認すると強烈な腐臭が鼻を突き、大量の虫の死骸が姿を現した。虫同士の体液がかかりあい黒光りする光沢がこれでもかとピカピカして気味が悪い。
「何だ…これは。」
思い当たる節を考えていくと自分がいじめられていることを思い出した。もしかすると、これは嫌がらせなのかもしれない。だとすると、僕が持っている必要はない虫は茂みに捨てて封筒はゴミ箱だ。
近くの雑草が生えているところに足を進めるとすぐ近くに胸を貫かれた息を失っている女性を発見した。
「…僕はこの人がきっかけでクリエイターになったんだ……。でも、誰なんだ彼女は……。」
彼女が殺されたことに怒りと後悔を覚え、勢いでクリエイターになってしまったことは記憶しているが彼女が誰で、僕とどんな関わりを持っていたのかまでは思い出せない。
『君にとって大切な人という認識だね。私も詳しいことは分からないけど君が入院していた時に面倒を看てくれた看護師さんなんじゃないかな?』
そうか。いや、そうだ。僕はさっきまで病院の病室にいたんだから入院してないとおかしい。その間に優しくしてくれた人がトリプルネームによって殺されたから激昂してしまった。多分、これが一連の流れだ。
まず、虫を捨て、次に彼女をクリエイターの権能を用いて前任者のアドバイスを受けながら復活させる。
それはまるで人間というより人形のようだ。
『ここまでが限界だ。外身と生物的な中身はなんとでもなるけど精神的な中身…所謂、自我や記憶なんかは元に戻せない。彼にストックされていたら多少はマシになったかもだけどね。』
ストック?一体何を…?
『君は英単語が嫌いかな?彼の必殺技SACRIFICEは自身にストックされた魂を贄に神からの恩恵を得るという能力だ。だから逆説的に彼の周りで死んだものの魂は彼にストックされる仕組みが成立する。』
でも、今はそれがないということはストックされた女性の魂は僕を助ける為に使われてしまったというわけだ。僕がこの身体を使いこなせていれば、雲秋君は使わずに済んだのだろうか。
『そんな卑下するものじゃない。それよりもこの女性はどうするんだい?生き返ったはいいが記憶もないからなぁ。』
そうだな…。近くに病院があることだし、そのまま引き渡すのが手っ取り早いかもしれない。
「なぁ。雲秋君。君はこの女性のことを知っているかい?」
ダメ元で雲秋に聞いてみる。知っていた所でその家族に返しても困惑されるだろうし、やはり病院に任せるのが安牌か。
雲秋が顔を横に振る様子をチラッと見て、病院のボコボコに壊れた壁に夕陽が反射するのをじっと見つめる。
「病院に渡すのなら僕が行こう。君は顔が割れてるだろうから余計不審に思われるかもしれない。」
「助かるよ。」
珍しく気の利いたことを言う雲秋の好意に預かり僕はその場を後にした。
一応、雲秋君に前任者の欠片を渡し、それで彼を見守ってもらうことにした。
もう日が暮れそうだ。一日が終わってしまう。明日からは学生でありクリエイター…。その上身柄まで狙われている。
僕は情報を前任者と一緒に整理しながら限界をきたそうとしている脳みそに鞭打って帰路に着いた。




