陰の物語2
翌朝
目を覚まし、リビングに降りると、いつもは用意されていた筈の朝食がなかった。母親は灯を眼中に入れないように仕事の支度をしている。
『ま、クリエイターだから食も水もいらないんだけどね。』
昨日の就寝前とは打って変わって上機嫌だ。僕の見ていた夢が面白かったのだろうか?それともこいつは寝起きは気分が上がる方なのか?
『そんなことはどうでもいい。それより、今日の行動方針だ。君の思考から察するにいつも通り学校生活を送る気なのだろう?そんな君に忠告だ。奴に狙われたら学校とか気にせずにすぐに逃げるんだよ。』
こういう警告があると自分はクリエイターになってしまったという実感が改めて感じられる。昨日の今日で襲われたら大変かもしれないが、それは同時に疑念が晴れるチャンスでもある。
取り敢えず、僕もそそくさと支度を終え、かなり早めに家を出た。
というのも、雲秋と今後の方針について決めねばならない。僕と前任者はだいたい意見が一致しているが、雲秋とはまだ話し合っていない。前任者を断片がおおよその内容を伝えてくれているだろうが、彼にも言いたいことがあるかもしれない。
雲秋の家は知らないが前任者のナビに従って行くと、無人の草むらで雲秋と鉢合わせした。
「おはよう。雲秋君。切り込んだ話題をするけど、これからの方針についてなんだけど…。」
雲秋は「あぁ」と一息つき、ぎこちない僕に対し、2つ返事で返した。
「君のやり方で問題ないよ。それが僕達にとって意味のあることだから。」
だいたい予想はしていたが、やはり彼はそうだった。意見なんてすることなく他者の決定に不満なく従う。
風一つないこの草むらが彼の人格を表しているかのようだ。
「…ありがとう。支障がなくて助かるよ。じゃあ、学校生活は普段通りに行うけどトリプルネームが来たら逃げるのを優先ってことで。」
雲秋は数回頷いたが、急に目を丸くして、「そうだ」と小声で呟いた。
「逃げるのは君であって、僕はトリプルネームを抑えるのに専念した方がよいだろうか?」
「いや…君も一緒に……」
『その方針で頼みたい。雲秋君。君は唯一トリプルネームに対抗できる戦力だ。灯君の逃走が成功するように奴の足止めを任せたい。』
僕の反対を押し切り前任者は両者の脳内に声を響かせた。
いくら雲秋とトリプルネームが戦っても死ぬことがないとしても、僕みたいに連れ去られる危険性はあるはずだ。
『灯君。君はもう少しドライになった方がいい。前回、あれだけ善戦してた雲秋君がそう簡単にやられるわけないだろう?そんなに不安なら罠でもなんでも置いて逃げればいい。君が捕まることが一番の問題なんだ。最悪、彼なら自分で逃げれるよ。』
まだ反論したいのは山々だが、これ以上何を言っても丸めこまれそうだ。
僕は嘆息して学校への道を歩み出す。
「雲秋君。僕はトリプルネームと話がしたいんだ。だから、もし、奴が話に応じる気がないのなら、その時はお願いしたい。」
「あぁ。任せてほしい。」
この会話を最後に互いに無言のまま数分歩き、草むらを出ると路地裏から罵声が飛び交っているのが聞こえた。
「あぁ、この時間になると何処の学校かは分からないけど決まって1人の生徒がいじめられるんだ。その生徒はかなり反抗的でね、いつもやり返しては泣かされてボロボロの制服で登校しているよ。」
僕は言葉を理解するより先にここまで事情を知りながら知らない顔をしている雲秋にゾッとした。首を突っ込むべきでない案件かもしれないが、それでも大人や付近の学校に連絡して、今の状況を周知させるべきじゃないか。
「雲秋君。あれはいじめなんだね?」
不思議そうな顔で頷く雲秋を見て、僕は路地裏の方へ向かう。
本来なら大人に対処を任せるのが正解だが、今の僕なら1人で対処できるはずだ。
姿を屈強そうで腕にタトゥーを入れ、サングラスをかけた男性に変え、その姿で近づいていく。
「君達!いじめはやめるんだ!」
僕の声に顔を向けた生徒は恐怖で染まっていた。
ただ、1人だけ顔を向けずにがっくりとしている生徒がいた。
次の瞬間、その生徒は仰向けに倒れ、腹から血を流している。
だが、明らかにおかしい。
構図が逆だ。
2対1の構図で、当然、2人の方が1人をいじめているわけだが、2人の方の1人が倒れ、いじめられている1人がナイフを持って膝をガタガタと震わせている。
ここまで来ると最早、いじめどころの問題じゃない。
『……君。よくもまぁ、自分から足を入れようだなんて思えたね。』




