8.オオイノシシ
目が覚めるとカイがいなかった。
僕が村に帰ってきてから同じ部屋で寝起きしているけど、カイが先に起きている時でも大抵は家の中にいるのに今日は家の中にもいない。
僕の入れてもらえない調剤室にも気配がないし、菜園にもカイの姿がない。
何処かに出かけるなんて話は聞いていないけど、と人間の姿の時よりも広い視界を駆使して見回すと、村はずれの教会が目に付いた。
あの教会には昔、お年の神父さんが一人いた。
目も耳も悪くて、少し物忘れのあるお爺さんだったけど不思議と憎めない優しい人で、いつもみんなで教会の掃除や手伝いをしていた。
そんなことを思い出した僕は導かれるように教会に向かっていた。
木造の教会は記憶よりもずっと老朽化していて、屋根は苔むし、壁には蔦が這っていた。
教会の扉を押して入ると、古いながら掃除の行き届いた礼拝室は静かで窓から差し込む光のせいかどこか神聖な空気が漂っている。
王都の教会の金と色ガラスに彩られた煌びやかな空間にうんざりしていた僕には落ち着く空間だけど、ここにもカイはいない。
どこに行ったのか、と思っていると獣の唸り声と小さな悲鳴が聞こえて僕は駆け出した。
いつもは遠くに聞こえる獣の声が近い。
悲鳴は犬の耳だからこそ聞こえるような小さな声だったけどカイの声だった。
村と山を分ける柵を飛び越えた先にカイがいた。
腰を抜かしたように座り込むカイの前には魔素を帯びた大きなイノシシがいた。
魔素を帯びた野生動物は凶暴化して積極的に他の生物を襲い、食べるようになる。
カイの前にいるイノシシも口からよだれを垂らしながら地面を蹴りカイに向かう。
カイが息をのんで目を瞑るのが見えた瞬間、僕は何を考える間もなく攻撃魔法を放っていた。
風の刃がイノシシの太い首を裂き、切断面から血を吹き出しながら大きな体が地面に倒れた。
カイが目を閉じているうちにイノシシを空間魔法の収納にしまう。
魔法空間に入れたものは時間の干渉を受けないと第二王子が言っていたから、次に第二王子が来た時に渡して食べやすいように解体してもらおう。
「レオン?」
震えた声で僕を呼ぶカイの隣に座ってカイの表情を覗き込むと、青ざめた顔でイノシシのいた場所を見る。
「レオンが助けてくれたの?」
答えるかわりにカイの頬に頭を擦り付けると、やっぱり震えている手で僕の背を撫でてきた。
カイはなんで一人で村の外に来たんだろうと思っていたら、周りに花が散らばっているのに気付いた。
「新しい花を飾ろうと思ったの。この時期に山に咲く花」
木の枝に咲く薄いピンクの花はこの時期に咲く花で、カイのお母さんが好きな花だ。庭に植樹するかとカイのお父さんが言った時に「人の勝手で居場所を変えるのは可哀想」と言っていたのを覚えてる。
「迷惑かけてごめんね」
返事をする代わりに落ちている花を咥えてカイを見る。それだけでカイには通じた。
「ありがとう」
カイも他の花を拾って一緒に村に帰る。村の中に入るといつもの村の空気感に安心する。
カイに付いて行くと教会裏の墓地で一本ずつ花を置いていき、最後にカイと僕の両親の墓の前に来た。
「お母さんには花を折るなんて、って言われると思うけど。どうしても春にはこの花を供えたいの」
カイは自分の両親のお墓に花を供えて眉を下げる。
「おじさん、おばさん、レオンが戻ってきたよ。
なんか姿が変わってるけどね」
苦笑するカイは多分僕が元の姿に戻れたら一緒に来る予定だったんだろう。
「レオンの友達がいま人間に戻る方法を探してくれてるから、すぐに戻れると思うよ」
僕の両親の墓の前に来るとカイは微笑んで言った。
少し涙目になっているのは気付かないことにして、カイの隣で両親に声をかける。
僕、頑張って帰ってきたよ。遅くなってごめんね。
これからどうすればいいのかはわからないけど、なんとかなるような気がしてきたよ。
カイが僕の背を撫でる。
久しぶりに全力で走って、威力の調節もなしに魔法を使って疲れていた体から疲労が抜けていく気がする。
「遅くなっちゃったけど、朝ごはんにしよう」
ごはんと言われてお腹が空いたような気分になるのは、犬の習性か僕が食いしん坊になったのか、カイにならって立ち上がって一緒に家に帰る。
でも、僕は少しだけ気になっていた。
村を出る時には知らなかったし、帰ってきた時は王城から村まで転移魔法で来ていたから気づかなかった。
この村には、村全体にかなり精度の高い結界魔法が張られている。
こんな城に施すレベルの魔法を、いつ、誰が、何のためにかけたんだろう。




