6.元勇者の休息
僕はいまカイの家の庭にある大きな木の下で薬草の手入れをするカイを見守っている。
「うっかり犬扱いしないように気を付けないと」なんて言っていた割に、カイは僕を小さな頃と同じように扱っている。今も「靴がないから怪我するよ」とか言って僕を木陰に置いて、自分はせっせと働いている。
首にかけた手拭いで汗を拭きながら働くカイを見ていると申し訳ないような気もするけど、村に戻ってから僕はひたすら眠い。
今も風が心地よくてまぶたが重い。
眠りの淵に沈みそうになった時、馬の足音と車輪の音が聞こえてきて顔を上げて音の方角を見る。
「レオン?」
のんびり寝そべっていた僕が急に動き出し、カイは不思議そうに僕の隣にやってきて同じ方角を見る。
荷車を引いた馬車がこちらに向かってきている。御者台には男が二人。
「ああ、あれはベンとデリーだよ。覚えてる?」
カイの言葉に記憶が呼び起こされて頷く。
いつも僕を揶揄っていた二人だ。いい思い出が全然ない。
「レオンのことは、まだ隠しておこうか。
信じてもらえるかわからないし」
ため息まじりにカイが言うのに頷く。
信じてくれると思えないし、信じてもらっても、また揶揄われるだけだから教えなくてもいい。
「じゃ、レオンはここで待ってて」
カイは僕の頭を撫でて家の前に立つと、二人に向かって手を振る。
家の前で止まった荷馬車の御者台から降りてきた男はベンだ。子供の頃は大きいと言うより丸い印象だったけど、今はカイより大分背が高くて男らしいしっかりとした体つきをしている。
「よお、変わりないか?」
「ん。大丈夫だよ。この前、二人に直してもらった棚も調子いい。いつもありがと」
「お前がとっとと町に移ればオレらも苦労しねぇんだけどな」
鼻の下を擦りながらにやにや笑うベン。荷台を回ってきたデリーも「そうそう」と頷く。
デリーはベンと並ぶと小さく見える細身だけど、カイより少し背が高い。
「まだレオンを待つつもりなの?」
デリーが首を傾げると、肩あたりで切り揃えられた赤髪が揺れる。
僕がここにいるからか、カイは黙って微笑んでいる。
「レオンが戻ってくるとは限らないよ。噂じゃ魔王を討伐したらお姫様と結婚するって話だし」
「え?」
びっくりしてカイが声を上げるのと一緒に僕も顔を上げてしまった。
「おかしな話でもないでしょ。
今じゃ泣き虫レオンも英雄だよ。こんな田舎のことなんて忘れてるよ」
目をぱちくりしていたカイの肩が下がる。
「そっか」
寂しそうなカイの声が聞こえて、側に行こうとしたらベンが大きな声をだした。
「ま、レオンのことはいいだろ。アイツはアイツで好きにするだろうから」
ベンの言葉を聞いた僕は、そこから動けなくなった。
僕は僕の好きに?
好きにどうするんだろう?
僕はずっと戻ってきたかった村に戻ってきた。ここに戻って来さえすれば、子供の頃のように楽しく幸せに暮らせるものだと思っていた。
でも、村にはもうカイしか住んでいなくて、そのカイだってこの先誰かと結婚して村を出ていくかもしれない。そんなことになったら、僕はーー。
ぐるぐると考えていたら目の前にカイがいて、僕の顔を覗き込んできていた。
「どうした?」
ベンとデリーはどうしたのだろうかとカイの後ろを見てみるけど、もう荷馬車は遠くにいた。
「ベンとデリーならもう帰ったよ。
月に2回くらい、軟膏や回復ポーションを買っていってくれたり、ソーセージとか塩漬けのお肉とか持ってきてくれるの。
魔物除けを渡してるとはいえ、手間には違いないのに。ありがたいよね」
カイのお母さんがつくる軟膏やポーションはすごく効くと村の人に評判だったから、カイも作り方を教わってるんだろう。
カイにお金を稼ぐ力がなかったらこの村で一人生活をするなんてできなかっただろうから、ベンとデリーだけじゃなくてカイのお母さんにも感謝しないと。
「レオン」
カイの呼び声に顔を向けると、カイは真剣な表情で僕を見ていた。
「アルベルト様は何も言っていなかったけど、レオンはお姫様と結婚するの?」
思ってもみなかった問いかけに、ちょっと何を言われたのか理解するのに時間がかかった。
僕が、お姫様と、結婚?
「レオンがお姫様と結婚するなら、呪いが解ける前でもお城にいた方がいいんじゃない?」
僕が黙ったままだったから誤解をしたらしいカイが話を進めてしまう。
やめて。そんな恐ろしい想像をしないで。
僕の頭には、お城を出る前に第一王女に追いかけ回された記憶が蘇ってきていた。最近は夢に見ることもなくなっていたのに。
「兄の私から言うのも何だが、レオンにそんな酷い事を言わないでやってほしい」
尻尾を巻く僕の背後から第二王子が現れた。
「むごいこと、ですか?」
不思議そうに首を傾げるカイに第二王子が神妙な顔で頷く。
「城を出る前のレオンは、妹に追い回されて禿げる寸前だったと思う」
「はげ……お姫様はそれだけレオンのことが好きだった、ってことですよね?」
「それが、どうやら違うらしいんだよ」
第二王子はやれやれ、と肩をすくめながら「お茶しながらにしよう」とマジックバッグから王都の有名菓子店の箱を取り出した。




