5.勇者の故郷
父さんが、3年前に?
カイの言っていることが信じられないけど、カイがこんな嘘をつくわけがない。
「疑うわけじゃないけど、本当に?」
第二王子の確認にカイは静かに頷いた。
「一人、調子が悪いっていう人が出たと思ったら、村中の人があっという間にうつっちゃって」
この小さな村には医者はいない。
風邪やちょっとしたケガにはカイのお母さんが薬や軟膏やポーションを作ってくれていた。
医者が必要な時には近くの村まで行って診てもらうか、医者を連れて来るかしかない。
でも、病気の年寄りや子供を近くの町まで連れていくのは難しいし、流行病では医者も町から離れられなかったのだろう。
「カイ、ごめんなさい。お母さんもお父さんも私も、頑張って看病してたんだけど、お医者様が来てくれた時には」
目に涙を溜めながらもカイは涙を流す事なく僕に謝る。
「カイ、違ってたら悪いけど、君のご両親」
第二王子の問いかけにカイは黙って頷いた。
「母は流行病がおさまる頃、安心したように。
父は1年前、山に狩に行った雑貨屋のおじさんと金物屋のおじさんが沢山の魔獣に襲われて、それを助けに行った時に大怪我を負って亡くなりました」
「じゃあ、この村に住んでいるのは」
「いまは私だけです。
他の村人は近くの町や親戚の所に越して行きました」
カイは眉を下げて笑っている。
僕はカイにかける声もなくて、カイが膝の上で握りしめていた手に僕の手を乗せた。
カイの目が僕を見る。
「約束したのに、みんなで迎えられなくてごめんなさい」
カイが悪いんじゃない。絶対違う。
そう言いたいのに、今の僕では何も伝えられない。
「カイ。レオンは君を責めたりしないよ。
君は何も悪くないし、むしろ一人でよく残ってくれていた。レオンはそれだけで嬉しいと思うよ」
第二王子の言葉に何度も頷いて、尻尾がぶんぶん揺れる。
「私が待っているのなんて、当たり前なのに」
小さく笑ったカイの頬を涙が流れた。
僕はとっさに手で拭おうとして、扉のように引っ掻いてしまうといけない。と手を引っ込める。
僕が慌てているうちに第二王子がハンカチをカイに渡していた。
「ありがとうございます。
他に質問がないなら、私から聞いても?」
ちら、と僕に視線を向けたカイが王子に尋ねる。
「やっぱり気になるよね」
苦笑した第二王子はハーブティに口を付けると、深呼吸をして僕が犬になった経緯から今日までのことをカイに説明した。
「姿以外には変わりないんですか?」
一通りの説明を聞いたカイの最初の質問はこれだった。
「体調とか命とか」と固い表情で続けるカイを見て第二王子は微笑んだ。
「姿以外、レオンの体に問題はないから安心していいよ。
呪いを解く方法についても、引き続き聖女と私が調べる。もちろん国の魔法研究所もね」
「レオンの体に異常がないなら良かった」
吐く息と一緒に力を抜いたカイの膝に手を乗せる。
僕を見るカイに「大丈夫だよ」と声を掛ける。
「話せないのはやっぱり不便だね」
小さく笑ったカイが僕の頭をなでる。カイの手が気持ち良くて目を細めていると、ぱっと手が離れた。
どうしたのかとカイを見ると両手を上げていた。
「うっかりレオンを犬扱いしないように気を付けないと」
「カイが相手なら気にしないと思うけどね。
私はレオンの腹の毛を撫で回したうえに抱きしめて吸ったら逃げられた」
あれは気持ち悪かったな。と思い出していると「さすかにそこまではしないから安心して」とカイが言ってきたので「わん」と応える。
「そういえばカイはすぐにこの犬がレオンだと気付いたようだが、何か理由が?」
僕たちのやりとりを笑いながら見ていた第二王子が思い出したようにたずねると、カイは目をぱちくりさせた後、天井を見上げ、僕を見て、首を傾げた。
「特に、これといった理由はないです。
見た時に『レオンだ』って思った、というだけで」
「直感?」
「それに近いかもしれないですけど、もっと、はっきりしていた気がします」
「ふうん」
気のなさそうな声を出しながら眼は観察するようにカイを見ている。
第二王子のオタクな面が顔を覗かせている。
僕は王子の側に行って一言ほえる。
「なに?」
そろそろ帰った方がいいんじゃないか?
ふい、と玄関の方に首を向ける。
「もう帰れって? 確かに、長居しちゃったね。そろそろお暇させてもらうよ」
「なんのお構いもできなくて」
「気にしないで。次に来る時は私がお土産を持ってくるよ」
玄関の外まで見送りに出た僕たちに第二王子は「じゃ、また」と短い挨拶をすると、すぐに魔法を行使した。第二王子は光の粒に包まれた後、光が消えるのと一緒に姿を消した。
「すごい。これが魔法」
カイがキラキラとした目をして「すごいね」と僕を見る。
確かに第二王子はこの国で一番魔法が上手い。だけど、僕だっていろんな魔法を使えるのにな。
なんだか面白くなくてカイの服の裾を引く。
「中入ろっか」
「わん」
日が落ち始めて薄暗くなると、人の生活の気配が全くない村は僕がいた時とは比べものにならないくらい寂しい。
この場所でカイは僕を待っていてくれたのかと思うと、僕は胸が詰まるような思いがした。




