3.勇者は実家に帰りたい
詰めていた息を吐くと、聖女様は杖を握りしめる手に力を込めながら震える声で言った。
「力不足を認めるしかありません」
項垂れた聖女様は声をかけるのもためらってしまうような悔しそうな表情で歯噛みしていた。
「聖女様にも私にも呪いが解けないとなると、我が国の魔法使いでは到底手の施しようもないだろうね」
第二王子が肩を落としながら聖女様を見ると、聖女様は苦い顔のまま息を吐いた。
「聖王国にいる聖職者も私より力のある者はおりません」
第二王子は膝をついて僕と目を合わせる。
「レオン、こんな事になって申し訳ない」
第二王子が悪いわけじゃない。と僕が首を振ると第二王子は眉を下げる。
「この姿ではパレードは行えないだろうしな」
そんなのしてもらわなくてもいい!
必死で首を横に張ってアピールすると第二王子が小さく噴き出すように笑った。
「そうだよな。レオンはパレードとかしたくないよな。何か欲しいものとかはあるか?」
ほしいもの。
物は何もいらない。
僕がほしいのは一つだけ。
第二王子から視線を外して窓の外を見る。
この姿になってから、より強く感じる僕の帰る場所。
僕は僕の家に帰りたい。
「レオンはずっと帰りたいって言ってたもんな」
「しかし、このまま帰してもらえるでしょうか?」
「代役を立てると無用の混乱が起きそうだからな。
勇者死亡ってことにしてもらうか」
天井あたりを見上げながら呟いていた第二王子が「それでいい?」と言うように僕に視線を移すので、それに頷こうとした時、ヒールが床を打つ音が部屋の前で止まったのに気づいて扉を見る。
僕につられた第二王子が扉に目を向けると、ノックの音が響いた。
「殿下、第一王女殿下がお見えです」
「通していいよ」
第二王子の許しを得て侍従が招き入れた王女様は僕を見ると両手を口に当てて目を丸くした。
「まぁまぁまぁ、本当にこの犬が勇者レオンハルト様ですの?」
「エミリア、誰から聞いたの?」
「お兄様、人の口に戸は建てられなくてよ?」
つんとアゴをそらして応えた王女様は、兄を退けて僕の前に座った。
香水の匂いを人間の時よりも強く感じて頭が痛いけど、鼻を抑えることもできなくて息を止める。
「物語では呪いにかかった者はお姫様のキスで呪いが解けると言うでしょう?」
王女さまは僕の顔を両手で掴んで笑った。
「は?」
「え?」
第二王子と聖女様が同時に声を上げる。
僕も耳を疑う。
「私が呪いを解いてさしあげましょう」
目を閉じて顔を近付けてくる王女様。
振り払ったら怪我をさせてしまうかも、と思うと無理に逃げることもできない。
僕がオロオロしていると、王女様の両肩を掴んで第二王子が引き剥がしてくれた。
「やめなさい。はしたない」
「お兄様、どうして邪魔なさるの?」
むくれる王女様に第二王子はため息をつく。
第二王子を相手にしている時の王様にそっくり。
「物語の解呪は『愛』がきっかけだが、レオンを愛してるのか?」
「そんな自覚はありませんわ」
僕も王女様に好意はないけど、なんかちょっとフクザツな気分がする。
愛していてほしいわけじゃないけど。
「でも、私がキスして呪いが解けたなら、もしかしたら愛しているのかもしれませんわね」
恥じらうように両頬に手を当てる姿を見せるが、いきなり好きでもない僕にキスしようとしたことは無かったことにならない。
「そもそもキスで呪いが解けることなどありません。あれは奇跡……いえ、御伽話です」
ため息まじりに見つめる聖女様を王女様は鼻で笑った。
「あら、ご自分が呪いを解けなかったのに私が呪いを解くのが悔しいのかしら」
「あらまあ、王国は平和でよろしいわね」
にっこりと笑顔を見せる聖女様に何を言われたのかわからないものの、王女様は面白くない雰囲気を感じ取ったらしい。眉を吊り上げる。
「はっきり言ってごらんなさいよ」
「もうやめなさい。
お前たち、エミリアを部屋に帰しなさい」
「お兄様」
「エミリア、君はもう少ししっかり学びなさい」
侍女たちが丁重な口調ながらも有無を言わさない様子で王女様を連れ出していった。
「聖女クレア、レオン、愚妹が失礼した」
「あんな幼い子の言葉、なんとも思っていないわ。
貴方の珍しく慌てたところを見られて得したくらいでないかしら?
ねぇ、レオンさん」
「わん」
楽しそうな聖女様に倣って頷く。
そもそも第二王子は何も悪くないどころか、王女様を止めてくれたのだからお礼を言わなくては。
お礼を言っても「わん」になってしまうけど。
「ありがとう。
この件は父と兄に報告して、しっかり再教育するよう伝えておくよ」
そう第二王子は言ってくれていたけど、それから毎日のように僕は王女様に追っかけられている。
「レオンハルト様ー!? どちらにいらっしゃるのー?」
僕は王女様がなんの目的で僕にキスして、呪いを解きたいのかわからない。
そもそも呪いが解けるかもわからないのに、犬の姿とはいえ好きでもない男にキスしようとする気持ちがわからない。
怖すぎて今日も王女様から逃げ隠れしていた僕に、第二王子が「重ね重ねすまない」と謝ってきた。
いつも飄々としていた第二王子らしくない疲れた様子だ。
「本当は呪いを解いてから言うつもりだったんだけど、このまま村に帰るか?」
いいの? と首を傾げると第二王子は「あまり良くないけどな」と苦笑する。
「このままじゃ、このふさふさの毛が抜けて禿げてしまいそうだし」
頭を撫でる王子の手に涙が込み上げそうになる。
「レオン、帰るか?」
もう一度聞いてきた第二王子に僕は頷いて応えた。




