1.泣き虫は勇者になり、そして
「こんな所にいた」
物置小屋の隅、たくさん葉が繁っている木の陰、誰にも見つからないように隠れている僕のことを、いつもカイが見つける。
僕を見つけたカイはにっこり笑いながら手を差し伸べて、暗い場所で小さくなっている僕を明るい方へと引っ張り出してくれる。
同年代の中で一番小さくて、からかわれては泣いてばかりの僕にとって、カイこそがヒーローだった。
王都から来た神官様と騎士様に神託の勇者として村から連れて行かれそうになった時も、木の葉で身を隠せる小さな避難場所で一人うずくまっていた僕の所に来たのはカイだった。
「レオン」
いつものように差し出される手も、この時ばかりはすぐに取れなくてボロボロと泣いてしまう。
「やだよ。ボク行かない。ボクが勇者なわけないもん」
カイにまで「勇者として頑張れ」なんて言われたらと思うと怖くて、カイが何かを言う前に涙と鼻水に塗れた顔でカイに抱きついた。
絶対に離れない。そんな想いを込めて服を握りしめる僕の頭をぽんぽんと優しく撫でるカイは少しも僕を急かさなかった。
カイが村の大人達に僕を連れてくるように、ちゃんと説得してくるように言われていることくらい僕にだってわかっていた。
最初に僕が「イヤだ」って泣いた時に「かわいそうに」って言ってくれる人は村の大人くらいだったけど、そんな大人達も「行かなくていいよ」なんて言ってくれない。
他の人達は「早くしてくれ」というような呆れた顔や「名誉なことなのに」とでも言うような苛立ち混じりの視線も感じた。
あんな恐い人達と一緒に行って、僕が一人でやっていけるわけない。
「もし勇者じゃなかったら、きっとすぐに帰ってこれるよ」
カイは普段から嘘なんてつかないから嘘がヘタだ。
「それに、勇者だったとしても、役目が終わったら帰ってこられるよ。
町に買い出しに行ったり、山に狩りに行くおじさん達と一緒だよ」
ぽんぽんと僕を撫でる手は背中におりてきて、両手で僕を抱きしめる。
勇者が、魔王というとても強くて恐ろしいものと戦わなければいけないということは知ってる。
その戦いが山に鹿や猪を狩りに出かける父達より、ずっと危険で大変なものであることも。
僕が知っているくらいだ。しっかり者のカイが知らないはずない。
「かわってあげられなくてゴメン」
いつも元気で、少し乱暴で、それでも誰より優しくて頼りになる幼馴染の声が、自分を抱きしめる腕が震えている。
かすかにしゃくりを上げる声が聞こえて、驚きに涙が止まった。
「カイ、泣いてるの?」
思わず聞くと、カイは体を跳ねさせて僕から離れた。
「泣いてない! 泣き虫のレオンと一緒にするな!」
怒っているみたいに言葉はキツイけど、カイの目は赤くて涙で潤んでいる。
僕は慌てて袖で自分の顔を拭った。
「ボク、頑張るよ。
いつもカイがボクを守ってくれるみたいに、今度はボクがカイを守る。
魔王を倒したら村に帰ってくるから、カイはお父さんとおじさんとおばさんと一緒に村で待ってて」
さんざん泣いた目は熱くて重たい。笑ったらまた涙がこぼれたけど、気付かないふりをしてカイの両手をとった。
「ボク、がんばるよ!」
カイは眉毛を下げながら、泣きそうな顔で笑った。
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王城で受ける教育や魔法、剣術の訓練は厳しくて何度も逃げ出したくなったけど、安心して隠れられる場所も僕を探してくれるカイもいない。こんな場所で逃げ隠れしたって余計に辛くなるばかりだってことに気付いてからは逃げるのをやめた。
「早く魔王を倒して村に帰る」
それだけを思って踏ん張ってきた。
イヤでも、やりたくなくても頑張ってきたのにこんな目に遭うなんてあんまりだ。
激痛で気を失っていた僕が目を覚ました時には聖女様の浄化魔法によって魔王が完全に消滅した後だったようで、周りを見回してもあの重苦しい空気は完全に消えていて、埃くさいような、カビくさいような古い屋敷の匂いしかしない。
「悪い、レオン。こんな事になるとは」
第二王子が僕を見下ろしながら痛ましそうに告げる。
国一番の魔法使いを自称する王子にそんな顔をされると、僕はもう死んでしまうのかと心配になってしまう。けど、もう痛みも引いてきたから大丈夫なはず。
「わんっ」
僕が答えようとするのと同時に犬の鳴き声がした。
犬なんていた? と不思議に思って見回すものの、僕達以外は生き物の影も形もない。
第二王子の顔がさらに暗くなる。
「レオン、本当に申し訳ない。
君は魔王の呪いによって姿を変えられている」
王子が何処からか取り出してきた鏡を見ると金毛の獣が映っている。垂れた耳にくりっと丸い青い目、大きな口の犬だ。
「クゥン」
泣きたくなるような情けない声が聞こえる。僕が出したものなのだろう。
下げた視線の先には毛深い犬の手。
魔王討伐を終えて帰るどころか、魔王の呪いによって僕は犬になってしまったらしい。




