プロローグ
獣のような低い呻き声が広い部屋に響く。
全身が腹の中から震えて、足は一刻も早く逃げようとする。
絶対に逃げ出したりしないよう、前に出した足に体重をかけて前を見据える。
人の形をした黒い塊、魔王には目も口もないのに聖剣を振るたびに苦しむような声が聞こえる。
『怖いか?』
その声は目の前にいる魔王のもののようだった。
「応えてはいけませんよ!」
後ろで浄化魔法の準備をしている聖女様が声を張り上げる。
他の人たちはともかく、僕に応える余裕なんてない。今も口から腹の中のものが出そうになるのを堪えているのだから。
『怖かろうなあ。偽物の聖女にハリボテの勇者で、よくもまぁ我をここまで追い詰めてくれたものだ』
「何してる! 弱ってるうちに斬りかかれ!!」
叫ぶ騎士様に向けて魔王の腕が上がった瞬間、反射的に構えていた聖剣で腕を斬り落とした。
しかし、切り落とされた腕は霧散して、騎士様の顔にまとわりつく。
「〜〜〜!!?」
腕だった黒い瘴気のモヤに顔を覆われた騎士様は剣を手放し、何事かを叫びながらモヤを払おうと手をバタつかせている。
『国一番の剣士というのも、こんなものか』
「こっちは任せておけ」
魔法使いのよく通る声がかかり、聖剣を再び魔王に向けて振るう。
魔王の体は瘴気で形作られているため、意思も、思想も、感情も、欲も持たないものだと、魔王討伐の使命を負った勇者として招かれた王城で教わった。
だから、聖剣で斬られた所から魔王の体は霧散していく。
だけど、魔王に意思も欲もないというのは本当なのだろうか?
切り落とされた腕だって、魔王の意志によって騎士様を襲ったのではないのか?
「勇者さん、離れて!」
聖女様の声を受けて魔王から距離をとる。
聖女様から放たれた真っ白な光。浄化の魔法を受けた魔王は、聖剣で削っていた時とは比べものにならない早さで体が小さくなっていく。床を掻きながら苦しみ、もがく姿はどうしても生物に見える。
『おのれ、このまま消えてなるかっ!!』
魔王が頭を上げたとき、赤い光が目に入った。
目から頭の中まで、まるで内から焼かれているような痛みを感じて咄嗟に顔を押さえてうずくまる。
「勇者さん!?」
「レオン! 大丈夫か!?」
『我ばかりが苦しむなど受け入れられるものか、お前も苦しむが良い。ハリボテめ』
聖女様や魔法使いの心配する声が遠く聞こえるのに、魔王の声は僕のすぐ側で話しているみたいにはっきりと聞こえる。
目から始まった痛みは頭の中から全身へと広がっていき、もう全身どこが痛いのかわからない程になっている。
「ぼくだって、やりたくてやってるんじゃないっ」
僕は、村でみんなと一緒に平和に暮らしていたかった。
魔王討伐なんてしたくなかった。
「カイ」
はやく村に帰りたいよ。




