12.聖女のちから
第二王子は前日に隣町に泊まった聖女からの連絡を受けて、この村に僕がいることを聖女様に伝えていたらしい。
「彼女のことだから何もなくともレオンの様子を見に来ると思ってね」
ニコニコと第二王子は話しているけど、僕はそれどころじゃない。
神官様はどうしたんだ。イビキをかいているから生きてるだろうけど、大丈夫なのか。
そういう思いを込めてテーブルを叩くと「大丈夫だよ」と笑う。
「クレアのいない所で教会に連絡を取ろうとする神官とそれを止めようとしているレオン。
どんな状況かと話を聞いてみればちょっと面倒な感じだったから眠らせただけだよ」
それって“だけ”でいいのか。と思ったけど、僕だけでは止められなかったし、助かったのは確かだから「ありがとう」という想いを込めて頭を下げる。
「殿下。お早かったですね」
聖女様がカイと一緒に調剤室から出てきた。
「うん。ちょうど暇だったからね。カイ、お邪魔してるよ」
「アルベルト様、すみません。ほったらかしで。
あれ? 神官様寝てらっしゃる?」
カイはテーブルに突っ伏す神官様に気付いてブランケットを持ってきて肩にかける。
「疲れが溜まっていたのかもしれませんね。
彼はこのままにして、今後の話をしましょう」
眠っている神官様の隣に第二王子、神官様の前に聖女様、聖女様の隣にカイが座る。
僕はカイの隣に座って様子を見ることにした。
「通常教会で授与している薬やポーションは、満月の夜に聖句を唱えながら生成しています。
満月により増した力を、聖句を唱えることによって薬に込められると言われています。
ですが、カイさんはそのどちらもしていないのですよね?」
「はい。初耳です。聖句というのもどういうものかわからなくて」
「聖句もなく聖なる力を薬に込められていることが不思議で」
二人の話を興味深げに見ていた第二王子が首を傾げて聖女様を見た。
「もしかしてクレアは聖句に力があると考えている?」
聖女様は怪訝な表情で第二王子を見返す。
「魔法使いの呪文に当たるものが聖句でしょう?」
「ああ、やはりそういう認識なのか」
「違うのですか?」
「私の考えではね。
魔法使いは魔素を扱うから、それをコントロールするための思考整理や集中力を高めるために呪文を使う。だから慣れた魔法なら呪文を口にせずとも魔法を行使することが可能だ」
そう言いながら第二王子は神官様が使用していたカップに浄化の魔法をかけて綺麗にする。カイが小さく拍手をした。
「対して“聖なる力”は、神の力をかりるものだ。
神の力をかりることができればいいのだから、お願いすれば良いものだと私は考えている」
「ですから、そのお願いに必要なものが聖句でしょう? 教会ではそう教わります」
「でも、カイの作る軟膏には聖なる力が込められているんだろう?
カイ、レオンが元の姿に戻るよう神に祈ってもらえるか?」
「あ、カイさん、少しお待ちください」
聖女様はカイの両手を取って額を合わせた。
「我らが女神、この者は我が妹、貴女が導いた者の娘、カイ。どうかこの者に祝福を」
聖女様とカイを取り囲むように柔らかな光が現れて消えた。
「これでカイさんの声が女神に届きやすくなるでしょう」
「ありがとうございます」
両手を見つめていたカイが息をつくように礼を言って立ち上がると僕の前に座って手を組んだ。
「神様、どうか私の幼馴染を助けてください。
レオンは昔から気の小さな泣き虫でした。でも、みんなを助けるために頑張ったんです。
どうか、呪いを解いて人間の姿に戻してあげてください」
カイの言葉に目の奥がツンとしたかと思うと、頭の奥から胸の奥、指先まで全身に渡り温かなものが巡っていく。
やがて体に力が入らなくなって倒れる瞬間、カイが慌てた様子で僕の名前を呼ぶのが聞こえる。
『なぜ、我ばかりが苦しまなければならぬのか。
なぜ我は』
遠くの方で地の底から響いてくるような声はだんだんと小さくなって、聞こえなくなっていた。
やっぱり魔王にだって心はあったんじゃないか。なんて思ったけど、そんな思考もやがて溶けるように消えてしまっていた。
目を覚ますとカイがぽろぽろと涙を流していた。
カイはこんなに泣き虫だったっけ? と思いながら放っておくことができなくて頬を流れる涙を拭おうと手を伸ばして気付く。
「ぼくのて……こえも」
「姿も、ちゃんと人間の姿に戻ってるよ」
にっこりと笑いながら第二王子が教えてくれる。
僕はカイに膝枕されているみたいだ。
「カイ、ありがとう」
カイは頭を振る。
「みんなのおかげだよ。神様と聖女様とアルベルト様と、おじさんとおばさんとお父さんと、それから、お母さんが、みんなが」
真っ赤な目をしたカイが僕に抱きついてきてわんわん泣いて、しばらくすると眠ってしまった。
「時々、身内を亡くした者が力を使う時、亡くなった身内が力をかしてくれることがあるそうです。
カイさんもおそらく力をかりたのでしょう」
そういうことがあるのか、と感心している間に聖女様は立ち上がってカイを抱き上げる。
「さ、カイさんをベッドにお連れしないと。お部屋はどちらですか?」
部屋を教えると聖女はさっさとカイを連れていってしまった。
呆然とする僕に第二王子は笑いを堪えながら「解呪おめでとう」と声をかけてきた。




