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不幸だらけの王妃




 スピカ様、と呼ばれて振り返ると下半身が蛇の黒髪の女性が立っていた。アルビレオが言うにはラミアという魔物らしい。スピカの命喰らいの力から護るための瑠璃色の光の膜の中で、彼女は優しく微笑みかけた。出会った頃は王妃様と呼ばれていたが、名前で呼んで欲しいと言えば彼女もスピカと呼ぶようになった。

 この城には様々な魔物達がやって来る。魔王であるアルビレオだけではなく、スピカにも会うために。彼らは元はただ生贄として連れて来られたスピカを敬愛した。それが気恥ずかしくなって止めて欲しいとスピカが言えば、皆口を揃えてこう答えた。


『あなたはあの方を孤独から解放してくれました』






 太陽が昇っている時間に外に出るのは、もしかしたら初めてアルビレオと出会った時以来かもしれない。空から降り注ぐ暖かい光を浴びながらスピカは背伸びをした。月明かりの夜道を歩くのも好きだったが、こちらの方が明るくて心まで暖かくなるようだ。

 珍しくぼんやりとした表情のアルビレオの手を引いて歩く。寒さを凌ぐための夜色のマントも要らない。アルビレオや配下の魔物には止められたものの、結局薄青色のドレスのままで色素の薄い砂浜に来たせいで裾が砂で汚れてしまった。セイレーンやラミア達が嘆くかもしれないと思いつつも、スピカは微笑む。

 砂浜に打ち寄せる海水。その向こうに広がっている海。薄い空の青と深い海の蒼はどこまでも続いているのだろう。


「私、こんな間近で海なんて見るの初めてなの。とっても綺麗なのね」

「お前ら王族は基本的に城に引き込もってばかりだからな」

「ねぇアルビレオ様、海には昔もっと生き物が住んでたって本当?」

「まあな。人間共が戦争をやり過ぎて海が汚くなってほとんど住めなくなったが、多分今の人間は知らない生き物もいた」


 スピカの知っている海に住む生物は魚しかいない。それも滅多に獲れず、魚と言えば生臭い川の魚が国では主な食材になっていた。

 どんなものがかつての海にはいたのか。目を輝かせて見上げてくるスピカにアルビレオは少しだけ引きながらも口を開く。


「クジラとイルカ。それからタコだのイカだの……多分お前がはしゃぎそうな奴らがいた」

「そうなの? 可愛いの?」

「いや、可愛くはない」


 サファイアを溶かしたような青く美しい海。アルビレオが言うには昔はもっと汚れて、人間や魔物の死体がたくさん浮かんでいたそうだ。そして、死ぬべきではなかった海の中に住む多くの生き物が死んだ。

 スピカは波打ち際まで進み、海水の中に手を沈めた。ひんやりとして気持ち良い。後ろからアルビレオが戻って来いと叫ぶ。ドレスの裾が濡れて砂がべったりと付いていた。

 これ以上怒られないように戻ろうと振り返り、スピカは動きを止める。怒った顔をしていると思ったのにアルビレオは笑っていた。ほんの少し悲しそうに。


「お前、前に聞いたよな? 王族を生贄にしたのは散歩に付き合わせるためかって」

「……いつの話だったかしら?」

「お前自分から聞いたんだろ。……文字通りの生贄だよ。この海の養分にしようと思った。王族の人間は生まれつき魔術師でなくても魔力がある程度ある。そいつらを海と同化させればほんの少しくらいは海に存在していた魔力を戻す事が出来るからな。魔術師じゃなくて王族にしたのは散々戦争で世界を壊しておいて、のうのうと生きる奴らへの嫌がらせだ」

「……だったらどうして私を海に入れないで助けたの?」


 スピカがそう尋ねるとアルビレオは溜め息をついた。口を開き掛けて閉じる。けれど、今回はもう一度開いて言葉を紡いでいった。


「お前の命喰らいを利用してやろうと思ったんだ」


 告げたアルビレオの表情はどこか沈んでいて、罪を恐れているようにも見えた。それでもスピカは彼に言葉を続けさせた。


「私を、生贄じゃなければ、どうする気だったの?」

「生きてるだけで命を簡単に奪える命喰らいを使って人間を大勢殺してやるつもりだった。王族を海の養分にするよりもずっと楽しそうだったしな」

「……え?」


 僅かに怯えの表情を見せたスピカにアルビレオは困ったように眉を下げ、「つもりだったって言っただろ」と言った。


「今は人を殺させるつもりなんて毛頭ない。お前には今まで通り俺の散歩に付き合ってもらう」

「でも、あなた今私を利用するって」

「王族のくせに幽閉され続けてゴミみたいな扱いされてた女が元気になるまで世話してみれば、そいつから怖がらないで寄ってきたんだ。そうしたら、魔物達がそいつを俺の王妃になる人だとか馬鹿な事を言い出して、それで」


 アルビレオの頬にじわじわと熱が集まり出す。「後は言わなくても分かるだろ」とぽつりと呟いて何も言わなくなった青年。スピカも頬をほんのり紅潮させて穏やかに笑った。

 ちゃぷん。足を海の中に入れる。ちゃぷん。もう片足も入れる。ドレスに付着していた砂が水中に散らばってどこかへ消え去っていく。


「馬鹿、濡れるから早く戻って」

「私、私を助けてくれたアルビレオ様が好きよ」

「……な、に言ってるんだよ」

「だからあなたのために何かしてあげたいって思うの」


 ざぷん。スピカの体が青い水の中に沈んでいく。目を大きく見開いたアルビレオが勢い良く海に足を突っ込み、走り出す。

 スピカの腕を掴んだアルビレオの手は僅かに震えていて、顔色はいつもよりも悪かった。互いに海に体を沈めながら見詰め合って、スピカは濡れた手でアルビレオの髪に触れた。人差し指と中指の間に数本挟んで擦り合わせる。


「私を殺さないで優しくしてくれたあなた。今一番怖いのはいつか私があなたを殺してしまうんじゃないかって事。今は大丈夫でも、いつか、あなたを殺すかもしれない」

「そんな事」

「そんな私でもずっとあなたの側に居させてくれるなら何でもするわ。私はアルビレオ様を愛してるから。私に幸せをくれて、ありがとう」

「……………」

「あ、ちょっと何か言ってよー! 私愛してるって言ったの初めてなのに……きゃっ」


 せがむスピカの額をアルビレオの指が弾く。耳まで赤くしながらアルビレオはスピカの手を掴んだまま岸へと戻っていった。


「お前はそれを言うためだけに海に入ったのかよ!?」

「ちょっと驚かせようと思って。それにここが昔みたいに生き物がたくさん住む場所になっちゃったら私、もう中に入れなくなるでしょう? その前に海に入っておきたかったの」


 くすくすと笑いながらスピカはアルビレオの手を握り返す。相変わらず冷たい手だが、この手がスピカを暗い地下から連れ出してくれたのだ。

 岸まで後の一歩の所で青年は足を止め、幸せに浸る少女へと振り返った。


「でも、お前はやっぱり不幸な女だと俺は思うよ。俺はお前を幸せには出来ない」

「どうしてそんな事を言うのよ」

「……お前の言う通り、いつか俺の体がまたおかしくなった時、お前の命喰らいが俺の命を喰おうとするかもしれないって事だ」


 スピカの体がびくりと震える。それでも魔王と呼ばれる青年は魔王の妃となった少女へ笑みを浮かべ、淡々と述べていった。


「一度はこの世界に嫌気が差しての人間を本気で滅ぼそうとして大勢の人間を殺した身だ。殺すのも殺されるのも恐ろしいと感じなくなった」




「それでも、俺を殺す人間は自分で選んでおきたい。そいつが嫌だって言っても泣いても、そいつに俺の命を喰ってもらいたい」




「なあスピカ、俺はお前に殺されたいって願ってるんだよ」


 魔王はいつか自分を殺してくれるだろう少女を愛しげに見詰めた。

ぼんやりとした内容にしたかったので、色々謎を残して終わらせました。


二人のその後がハッピーエンドかバッドエンドなのかはご想像にお任せします。

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