2ポスト目② 生配信にチャレンジです
「よし…機材準備完了。自分の身支度も…」
日曜日の昼時。アイロンでパリッと決めた紺のシャツの襟をなでる。服装は、ちゃんとした感はあるが硬すぎないように意識したつもりだ。いつもと同じ、シャツにスラックスに革靴の組み合わせには変わりないが。
「…髪型変えた方がいいかな」
鏡の前で前髪と格闘したが、ワックスの付け方もぎこちないハルトにはまだ早いようだった。
「あにうえー!!」
少し開けていた扉から、アデルが勢いよく飛び出してくる。今日はお気に入りのさくらんぼ柄のワンピースにハーフツインテールに赤色のリボンを巻いている。
「兄上、髪の毛やってるの?私がやってあげるよ?」
「ありがとう、アデル。でも、今からお仕事だから」
「あ!SNSですよね?アデルもお手伝いするです!」
「うーん…ちょっと今回は任せられることないかな…」
「えーーーー!!イヤです!!この間も、お手伝いさせてくれなかったです!!」
モチモチのほっぺを目一杯膨らませ、不満を表明する。
「うーん…でもなあ…」
ハルトは生配信の環境を少し見渡す。カメラや照明などはきちんとセッティングされているが、肝心のカメラの枠内は会議室のシンプルな背景に椅子だけという、綾乃が見たら呆れるような絵面だ。
「あ、そうだ。じゃあ、職員さんにお花と花瓶お願いして、持ってきてくれる?ここに飾りたいんだ」
「わかりました!兄上!!いってきます!」
小さい右手で敬礼をし、トタトタと駆け出していった。生配信の開始まで残りわずかだった。
「あにうえー!持ってきましたー!」
アデルは慎重に両手で見事に生けた花を持ってきた。
「わあ!ありがとう!じゃあここに置いてくれる?本当に助かったよ!」
「本当ですか?嬉しいです!」
「じゃあ今からお兄ちゃんお仕事だから、この部屋に入っちゃダメだよ?」
「…わかったです!」
「こんにちは!SNS担当官です!お集まりいただき、ありがとうございます!」
配信を始めると、ちらほらと視聴者が増えてきた。
「『担当官君、今日はお休みですか?』今日はお仕事ですね。この配信を命じられていますので」
『命じられている爆笑』『いや、固すぎるww』『通常営業』
「平日は学業、放課後と学校のお休みの日はSNS担当官としてお仕事をさせていただいております」
「『お休みないの?!』…まあ、そうなりますかね。でも、任務を拝命するのは光栄なことです」
緊張も程よく解け、笑顔も自然に出せるようになってきた。
すると、カメラの向こうで何かの物体が横切った。ハルトは気のせいだと思い込み、すぐにコメントを読み上げようと努力はした。しかし、先ほど気のせいだと思い込んだ物体の段ボール箱は、そろりそろりとこちらに近づいてくる。その段ボールとコメント欄の視線の往復で、しばらく無言になってしまった。
「『担当官君、彼女いるの?』え…、いや、いませんね。今は…学業とお仕事に専念しておりますので…」
『めっちゃ動揺してる』『かわいい』『おじさんだけど立候補したい』
急いで配信の続きをしたが、もはやどちらで動揺しているのかわからなくなっていた。
段ボール箱はついに、カメラ横まで来てしまった。ハルトはそれから目が離せなくなっていた。一度配信を止めるべきなのか、それとも少しだけ退席してこの段ボールっ子を追い出すべきなのか…
すると、段ボールの隙間から一輪の花が差し出された。ピンク色の可愛いお花だ。
「あ…えっと、ありがとう」
ハルトはお花を受け取り、シャツの胸ポケットに入れた。隙間から様子を見ていた彼女は満足しったかのように、再びそろりそろりとドアに向かって動き出した。
『え?お花?』『かわいい』『誰の仕業だろ』
「えーっと…その…えーっと…」
生配信に慣れていない、かつアドリブ力のないハルトは必死に言い訳とも呼べるような解決案を導いた。
「えーっと、大使館の妖精です…」
『妖精?』『ファンタジーやん』『でも魔法あるし、ガチでいそう』
「『見たい』…えーっと、ちょっと難しいですね。その、大使に確認しないといけないので…」
「『大使館内に王国の魔法生物的なのいるの?』え、あ、いや…その…検疫が厳しいので…あの…その…」
ハルトは冷や汗が止まらなくなっていた。なんとか関係のない話を読み上げたいのだが、妖精のワードにコメント欄は爆速に反応している。
『矛盾してね?』『国際問題か?笑』『SNS担当官がんばれ』
気がつくと再び段ボールがカメラ横まで来ていた。今度は隙間からシロツメクサの花冠を差し出してきた。
「あ、ありがとう…」
ハルトは画面外で受け取り、壁に飾ろうとした。
「あ!兄上がつけてください!」
『兄上!?!?』『妹???』『可愛い妖精さん(妹)』今までにないほどの速さでコメントが流れる。もはや動体視力検査の領域だった。
「お、俺が被ればいいの?」
「はい!」
ハルトはしぶしぶ花冠を頭に乗せた。
『兄上かわいい』『妹見たい』『似合ってる』
「…お兄ちゃん、お仕事中だからこっちに来ちゃダメだよ?わかった?」
「お友達とお話してるんですよね?アデルもやりたいです!」
『アデルちゃん!?』『名前バレ大丈夫か?』『担当官の名前バレより早かった』
すでに色々な個人情報が流出してしまった…。もう配信を切るべきだ…。
しかし、視聴者数がどんどん増えている。ここで配信終了するのはもったいない、とハルトは脳内で格闘していた。
「『アデルちゃんは、おにいちゃんすき?』はい!だいすきです!兄上はいつも優しいです!」
一瞬の隙にアデルがスマホの前に陣取り、コメントを読み上げてしまった。
『やさしそうだよね』『なかよしきょうだい』『ぼくも、あにうえすきだよ』『アデルちゃん かわいい』『ガチで妖精レベルのかわいさ』いつの間にかコメントはひらがなとカタカナ中心で投稿されていた。
「アデル、ダメだよ!」
「アデルお友達いっぱいつくって、みんなで富士山でおにぎり食べたいです!」
『おにぎりオフかい』『王国公式行事にしよう』『アデルちゃんと おともだちになりたい』
すでに時遅しだった。
そして会議室のドアの隙間から大使が憤怒の表情を覗かせていた。
「………」
「…その…申し訳ありませんでした」
「パパ上、ごめんなさい…」
すぐに配信を停止し、二人の兄弟は正座していた。
「………」
「………」
沈黙が続く。ハルトがこうやって正座で叱られるのはどのくらいぶりだろうか、と頭の片隅で考えていた。もちろん、アデルと同じようなの頃は幾度も叱られてはいたが、同世代と比べると少ないほうではないかと思っている。しかしアデルと一緒の場合、兄としての責任も発生する。今回はどのような落とし前をつければ良いのか…とハルトはスパコン並みに頭を回転させていた。
「…アデル、ハルトの仕事を手伝いたいのか?」
「…!はい!兄上のお手伝い、したいです!」
アデルは勢いよく立ち上がり、アンディウスに歩み寄る。
「兄上、お仕事してるときキラキラしてるです!アデルも、そうなりたいです…!SNSでお友達たくさん作りたいです!」
「…うーむ」
「お菓子、しばらく我慢するから…お願いです…!」
「……うーむ、そうか…」
そういう問題ではないと思ったハルトだが、無駄に口を開くとさらに怒りを買うだけだと思い、つぐんだ。そろそろハルトも足が痺れてきた。
「まあ、良いだろう。アデル、お前を本日付けで、在日アルヴェロイザ王国大使館公式SNS担当の補佐官に任命する!」
「わあ!!!!パパ上ありがとうございます!!!」
彼女は7歳らしく、父の足元に抱きついた。
「父上、よろしいのですか?」
「ああ。しかし、監督責任はお前だぞ」
「…はい」
「アデルは、アデルはですね!兄上と日本中をおでかけしたいです!それをお友達に見てもらいたいです!」
お説教から解放された二人の兄弟は、一緒に廊下を歩いていた。
「旅行系か…まあ、ありかもしれない、けど…」
「あと、お琴の演奏も聞いてもらいたいです!
「アデルはお琴頑張ってるもんな。たしかに演奏会は良いかもしれないな」
「あと、あと、兄上とまた生配信したいです!」
「それはちょっと考えようか」
そして担当官と補佐官は、お説教をなんとか逃れることに成功したのだった。
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