9ポスト目① 夏季インターン初日〜部署案内編〜
「みなさん、駐日アルヴェロイザ王国大使館の夏季インターンシップにようこそお越しくださいました。私は次席公使のフェリックス・アーレントと申します。本日から2週間よろしくお願いいたします」
拍手の中、フェリックス公使がホワイトボードの前で挨拶を行った。会議室の半分はリクルートスーツをビシッと決めた男女、もう半分には王国の大学の礼服を身に纏った男女が座っていた。ハルトは最後尾から映像や写真の撮影を行っていた。もちろん、インターン生には事前に顔出しの可否は取ってある。
「それではまず入館証の配布と、このインターン期間でのペア決めを行います」
総務部長の小野がテキパキと指示を出す。年の功なのか流石だとハルトは思った。名前を呼ばれた人から入館証を受け取り、くじを引いて行った。日本人と王国民でそれぞれ箱は違っていた。
「では、同じ植物同士でペアになってください。座席も移動をお願いします」
植物…?とハルトは疑問に思い、ペア探しを観察していると桜やユリや栗、椿といった日本に馴染み深い種類と、話しかけるほど精神支配をしてくる例の「ミューレン」や、香りで生物を惑わす「ムスクスフィア」などの魔法植物が描かれていた。誰の発案かわからないが、自然とペア間での会話がスムーズに始まった。植物の話から入るところもあれば、普通に自己紹介を始めているペアもあった。
「おう!桜だな?よろしく!俺は佐々木嵐學。TOKIO外国語大学言語文化部の3年だ」
「よろしく〜。僕は、魔法学部の4年、イムハシ・ターラント。…あ、王立大だよ〜」
きっちりとリクルートスーツを決め、ブルーのネクタイにきっちりジェルで7:3に分けた体育会系の日本人。そして少しぼーっとしている、オレンジ色のフワフワパーマヘアーで微笑みが特徴的な王国民。一見すると真逆の組み合わせだが…はたして。
「魔法学部って魔法を極めるのか?」
「まあそんなところだね〜。でもここでは魔法使えないから…」
「えーー、めっちゃ見たかった!今度見せてよ!」
「ミューレンの人ー!いませんかー?」童顔で身長も小さめの少女が、上下にぴょんぴょんとジャンプし肩にかかるほどのサファイヤブルーのストレートの髪の毛を揺らしながらペアを探していた。
「あ、私かもです!」はつらつとして、長い黒髪を一つに束ね、就活用というより少し派手目だがバッチリメイクを決めている女性が駆け寄る。
「ミューレンだね!私はミミリーナ。よろしくー!」
「ミミリーナさん!私は島津国聡子こちらこそよろしく!…ところでミューレンってなに…?」
「ああ、基本は良い植物だよ。話しかけなければいいだけで!」
「え…?どういうこと…」先ほどまで完璧なキラキラ女子大生だったが、わけのわからない文化の話を聞き困惑しているようだ。
「はい、それではインターンの日程と、諸注意について案内しますよ。質問は後で時間をとりますので。では配布した資料の二枚目をご覧ください」
小野総務部長はスライドを映しながら慣れた様子で説明を始めた。しかし配布された資料はとても2週間きりのインターン生に読ませる量とは思えないほどの束になっていた。ハルトは撮影を一時中断し、自身も資料をめくりはじめた。ハルトがインターンの内容をちゃんと聞くのはこれが初めてだった。
「と、言うことで大体はペアで各部署の体験を回ってもらいます。なお、土曜日夕方からの『夏季インターンシップ交流懇親会』は正装でお越しください。日曜日はお休みですが、遠出しすぎて月曜の始業に間に合わないというのは避けてくださいね?毎年『ドラゴンなら間に合った』とか『自分の箒の速度なら着いてた』と言い訳を聞かされるこっちの身にもなってください。王国民の皆様、わかりましたか?」
礼服を着ている人達からボソっと返事が聞こえた。「え…私、週末は北海道と沖縄、満喫する予定だったのに…」とどこからか聞こえたが、流石に無理がある日程だろう。この間、自動掃除ロボットに餌付けしていた総務部女性職員が「わかる。両方行けると思うよね」というような表情で頷いていた。その動きを小野部長は捉え、一瞬だけ該当職員を睨んでいたようにハルトには見えた。
「ではオリエンテーションは以上です。食堂でお昼をとった後、時間までにこちらの会議室に集合してください」
「それでは、各部署の案内に移りたいと思います。まずは電子製品や魔法道具をこちらにお預けください」
機密情報を扱う部署にも入室するため、撮影や通信できるものは全て回収となった。もちろん、機密文章をインターンに見せるわけではないが、万が一に備えてだ。
「まずは領事部です。大使館といえば、の仕事だと思います。主にパスポートやビザの発給、在留する王国民の各種手続きや支援などを行なっています」
「パスポートなくしましたー」
と号泣しながら窓口に1人の男性がやってきた。
「承知しました。紛失された状況を教えていただけますか?」
「自動水栓トイレが面白くて、遊んでて…。気づいたら落としたみたいで…」
「………」
領事部職員の男性は地蔵のように落ち着いた外面だったが、その瞳には鎮火されたあとのキャンプファイヤーのようなものを感じさせた。
「え〜…!日本のトイレってそんなにおもしろいの〜?」
イムハシがすこぶる楽しそうにしている。
「えーっと…じゃあ次の部署を案内しますねー…」
他の王国民も浮き足だっているようだが、小野部長がさっさと移動を促した。
「こちらは政務部です。日本の政治や外交、安全保障などに関する情報収集や分析、本国への報告、日本政府との連絡・調整などを担当しています。どの部署にも言えることですが、政務部は特に日本や地球の歴史に詳しくないといけません」
「あ!地球史私も取ってる!」
ミミリーナが少し嬉しそうに聡子に話す。
「世界史じゃなくて地球史なんだ…」
政務部の部屋には吊り下げのテレビが何台かあり、常にニュースを流している。日本だけでなく、地球全体のニュースもだ。さらに、日本の新聞も大量に積まれていた。各職員のデスクは書類の山で、埋もれている状況だ。
「続いて、経済・科学技術部です。こちらでは日本の科学技術の本国への導入や、日本企業の誘致や貿易の促進、両国の研究機関との連携などを担っています。」
このフロアは常に電話が鳴っていて、ホワイトボードの予定表にはびっちりと予定が書き込まれている。日本人なら誰しもが知る企業の名前もそこかしこにある。
「この部署は打ち合わせや外回りが多いですので、デスクにいる時間は短いですかね」
「次は通詞部門です。日本語では通訳・翻訳部門のほうが馴染みがあるかもしれませんね。ご存知の通り、我が国と日本の国交は10年のため、まだまだ対応する単語が決められていないものが多いです。そのため、この部署では本国とも連携を取りながら、翻訳と同時に単語の制作も行なっています」
「わあ!夏のインターンですね!こんにちは。通詞部・部長をしています、エレス・ドルクと申します」
ひょろっとしたのっぽで、明るめの茶髪の髪と丸メガネ、青とチョコレート色のシェパードチェックのシャツに、グレーのパンツスタイルの男性が話しかけてきた。
「お疲れ様です。今日が初日で、部署見学中です。何か通詞部門の魅力など、お伝えいただけませんか?」
小野の提案に、エレスは少し眠そうだった瞳を輝かせた。
「…そうですねぇ…。1番は、名前の残る仕事ということですかね。普通の外交官の場合、表に出ない、出せない仕事が多いので…。毎年、追加された単語や訳語をまとめた追補版を出すんです。そこに、その年の編纂に携わった通詞の名前が掲載されるんですよ」
「それはいい仕事だな…」嵐學がガッツポーズを決めていた。
「部長…!今政務部から、昨日の政策原稿を17時締切にしてくれって…」
受話器のマイク部分を手で押さえながら、1人の女性職員が通詞部部長に伝える。当の部長はキラキラの瞳が一瞬で白目にかわり、口元にも絶望が表れていた。
「え…?それ明日までじゃなかった…?」
「事情が変わったようで…」
よく見ると書類の山のなかに、カップ麺の空容器と使用済みの割り箸、エナドリや缶コーヒーの残骸や地面には寝袋まで転がっていた。小野が小声でエレスに「今日までに片付けてって何度も言いましたよね…?」とお説教をしていた。
「えーっと、次に行きましょうか」
このフロアもそそくさと小野は案内をやめた。
「こちらの扉の向こうは情報システム部です。館内のネットワークや端末の管理、本国との通信システムの維持、情報セキュリティなどを担当しています。あとは、電子機器に初めて触れる職員や、インターネットリテラシーなどの研修などを担当してくださっています」
ドアの向こうは薄暗い空間のようで、曇りガラスのため何をしているのかわからない。これもセキュリティの一環なのだろう。
「僕も研究室でパソコンとかタブレット使ってるよ〜」
「そういえばイムハシさんは、そういった研究をされているんでしたね」
「サーバールーム見たいです〜」
「ダメです。それに、あなた方の入館証では入れませんし」
イムハシは「え〜。おねがいです〜」と食い下がっていたが、さすがの総務部長は全く相手にしていない。
「聡子…サーバーってなに…?」
「あー、なんかすごい計算できたり、記憶をしてくれる…とかじゃなかったかな…。私も詳しくはわかんない…」
「地球人なのに?」
「ミミリーナこそ、王国やそのほか全てに精通してるの?」
「…あ。ごめん」
「そしてこちらは、私が統括している総務部です。縁の下の力持ち的な部署で、館内の雑務や、こういったインターンの受け入れなどを中心的に担っています。総務部部長として求めている人材は、そうですねえ…。コピー機を叩かない人…でしょうか」
最後の言葉を聞き、日本人たちは大いに戸惑っていた。しかし、総務部のフロアは日本でもよくある整然としたオフィスで、通詞部のような闇などは一切垣間見えなかった。
「最後に広報部です。こちらは皆様にもわかりやすい仕事内容ですね。王国の歴史や文化のPRや、王国に輸入した日本文化などの宣伝も行なっています。特に最近は、SNSにも力を入れて発信していますね。俗に言う、ソフトパワー外交の一翼を担っています。そしてこちらが、我らがSNS担当官のヴァッハロイザ君です」
「こんにちは。ようこそアルヴェロイザ大使館へ!…と言っても、オリエンテーションの最初から後ろで撮影していたので、もうお気づきかもしれませんが…」
ここで日本人参加者が少しざわついた。インターンシップに応募し合格するような人は、熱心な王国ファンか、入念な下調べを行なった人達だろう。大使館公式SNSに度々顔を出しているハルトを知っている者も少なくないのだ。
「インターンシップ期間中、撮影をしたり、何名かにはインタビューしたいと思っています。ぜひご協力をお願いいたします」




