第五話 雨の日の邂逅(前編)
――バシャバシャバシャバシャ
叩きつけるような激しい雨が、石畳の路面を白く染めていた。
薄暗い軒下に、エリックは滑り込む。ずぶ濡れになった前髪をがしがしと掻きむしり、滴る水を振り払った。
「……うぅ、今日はツイてないなぁ……。また、安く買い叩かれるし、エミリーちゃんはお休みだし……。はぁ、この土砂降り雨……」
胸元で麻袋をきつく抱きしめると、中のガラス瓶がカチャリと冷たい音を立てた。あれだけ丁寧に作った回復薬を思い出し、胸がひゅっと切なくなる。
「……あんなに安くされたら、次の薬草も買えないや……。どうしよう……」
衣服の上からペシャンコの財布を触り、深いため息をついた。冬間近の冷たい外気が余計に懐を冷やす。見上げるとどんよりと垂れ込めた雨雲。
「ウチまでまだ結構あるなぁ。これは止みそうにない……。うーん、気が進まないけど、スラムの中を突っ切って帰るか」
ふぅ、と大きく息を吐き出すと、麻袋を抱え直した。薄暗く入り組んだスラム街の軒下をつたいながら、足早に歩みを進める。
――バシャバシャバシャバシャ
「おい、兄ちゃん。少し恵んでくれよぉ。酒はねぇのかぁ、たばこでもいいからよぉ」
物陰から、うつろな目をした男が手を伸ばしてくる。
「ひっ……! も、持ってません……っ!」
――バシャバシャバシャバシャ
――ドン!
「あぁん? 見ねぇ面だな。こんなところに何の用だぁ、あ?」
今度は角から大柄な男がぶつかってきた。
「ひぇっ、ご、ご、ご、ごめんなさいぃぃぃ!」
生きた心地がせず、ひたすら頭を下げて暗がりの路地へと駆け込む。
「あらぁ、かわいい子。少し遊んでいかないかい? サービスするわよぉ」
今度はきつい香水の匂いを漂わせた女が声をかけてくる。
「あわわわわわ……っ!」
「なんだい、失礼な男だねぇ」
――バシャバシャバシャバシャ
早くこの場所を抜け出したい――その一心で、暗い視界の中をがむしゃらに進む。
――バシャバシャバシャバシャ――ドン!
「わっ、おっとっと、な、何だ……? ん? 子ども……?」
不意に何かに蹴躓きそうになり振り返る。
それは激しい雨に打たれながら、小さな体を丸めてうずくまっている一人の子どもだった。
「お、おい、君! 大丈夫かい!?」
慌てて膝をつき、その子の体を抱き起こす。ずぶ濡れになった髪の間から、力なく垂れ下がった三角形の白い耳が見える猫獣人の少女。
「…………ゼェ、ゼェ…………ケホッ……」
「…………! ちょっとごめんよ」
少女の額に手を当てた瞬間、指先に焼き付くような熱気。
「……っ、熱い! なんだこの熱……!」
少女の顔は土気色で、呼吸は浅く、今にも途絶えてしまいそうだ。
「お嬢ちゃん、おうちはどこだい!? お父さんとお母さんはどこにいる!?」
「ん…………」
問いかけに、少女はうっすらと虚ろな目を開けたが、すぐに意識を失うようにしてがくりと首を垂れた。
「まずい! 早くしないと、手遅れになる!」
エリックは少女の小さな体をしっかりと腕の中に抱きかかえると、土砂降りの雨の中を遮二無二駆け出した。
――バシャバシャバシャバシャ!
――バタン!
『琥珀の樽亭』の扉を、エリックは肩で押し開けた。
「悪いけど、まだ開店前だよ。……っておや、エリックじゃないかい。どうしたんだい、ずぶ濡れじゃないか!」
驚いてカウンターから声をあげたのは、女将のマチルダだ。エリックの腕の中でぐったりとしている塊に気づくと、彼女の目が一瞬で鋭くなる。
「その子はどうしたんだい!」
「スラムで倒れてたんだ! すごい熱で……! マチルダさん、手を貸してくれないか!」
「あぁ、わかったよ! まずはそのずぶ濡れの格好をどうにかしなくちゃね。――ロイ!! すぐにお湯を沸かしてちょうだい!」
「わかった!」
奥の厨房から、ロイの声が飛ぶ。マチルダはすぐさまエリックの腕から少女を抱き上げると、店内にいたエマへと視線を走らせた。
「エマ! この子に着せる寝間着を持ってきてくれないかい!」
「うん! わかった! 」
エマは小さな足をバタバタと響かせ、二階へと駆け上がっていく。マチルダがエリックを鋭く促した。
「あんたも家へ帰って、すぐに着替えてきな!」
「ありがとう、すぐに戻ってくる!」




