第四話 頑固職人と、黄金色の特効薬(後編)
「ほら、薬だ。これを毎日一粒飲むんだ。あと、しばらく酒は飲むな」
「なんじゃと……」
「……あんたの肝臓が酒で酷く弱ってる。だから目が霞むようになるし、イライラも止まらなくなるんだ。幸いまだ手遅れじゃない。鍛冶屋を続けたかったら、僕の言うことを聞きな」
――ドン!!
ガラムは顔を真っ赤にしてカウンターを叩きつけた。
「喧しいわ! 誰がそんなもの飲むか! 酒は命の水じゃ! ヤブの薬師が作った薬なんぞより、酒の方が余程効くわい!」
「……やれやれ、頑固じじいめ。もう勝手にしろ。くそっ、せっかくのミートパイが冷めちまった!」
そんな殺伐とした空気が店内に満ちた直後、
「ふぇえええん! ぎゃぁぁぁぁぁん!!」
――ドタドタドタドタ
「あんたたちが大声で喧嘩するから、ライラが起きちまったじゃないか!!! せっかく今さっき寝かせたところだったんだよ!」
「ご、ごめん、マチルダさん……」
さらに、エマがポロポロと涙をこぼし始める。
「わたしがおじいちゃんを元気にしてほしいってお願いしたから……ごめんなさい、みんな……」
「ち、違う! エマちゃんのせいじゃないんだ! あわわ、ち、ちょっと待ってて」
と慌てて言い残すと、エリックは再び『琥珀の樽亭』を飛び出した。
夜風と共にバタバタと足音を響かせてエリックが戻ってきた。その手には、黄金色の液体が入った透明なガラスの酒瓶が握られている。
「待たせたね。ロイ、グラスを出してくれないか」
エリックはカウンターに酒瓶を置くと、手際よく空のグラスに、黄金色の液体をトトト……と少しだけ注いだ。
「ここに火酒を注いでくれ」
「いいぜ。……ところで、なんだいそれは? 綺麗な色だけど」
「きれい……。このなか、お花が入ってる」
エマが丸い目をさらに丸くして、酒瓶をのぞき込んだ。エリックが持ち込んだボトルの中には、丁寧に乾燥させた小さな黄色い野菊の花の花弁が、まるで星のようにいくつも揺れていた。
「うーん、これこれ」
エリックは完成したグラスを手に取ると、まずは自分で一口、喉に流し込んだ。
「この清涼感のある爽やかな香りと、柔らかな口当たり。こりゃ最高だな。……おや、そこの爺さんはいつもの無骨な火酒かい? いやぁ、こっちの酒は実に美味いなぁ。ロイ、お前も一口飲んでみなよ」
「どれ、ちょっと失礼して……」
ロイがもう一つのグラスを取り、口をつける。その瞬間、ロイの眉が驚きで跳ね上がった。
「ほう……! こりゃあ確かに美味いな! 火酒特有のあの野暮ったさが消えて、すごく爽やかだ。まるで別の高級な酒を飲んでるみたいだぞ」
二人のやり取りを、店の隅からガラムがじろりと睨みつけていた。ドワーフの鋭い嗅覚が、エリックのグラスから漂う、これまでに嗅いだことのない瑞々しい芳香を捉えていた。
「……おい、小僧。そりゃあ、なんじゃ。ワシにもちと飲ませろ」
ガラムが喉を鳴らしながら、恨めしそうな声を出す。
エリックはわざとらしく肩をすくめ、グラスを引っ込めた。
「嫌だね。僕みたいなヤブの作ったものなんて、飲まないんだろ?」
「うぐっ……ま、まぁ、そう堅いことを言うな。なぁ?」
「それなら、条件がある。今後、僕を『小僧』呼ばわりするのはやめるんだね」
「……わかった、わかった。エリック。……いや、エリック大先生! これで満足か! ほれ、早く寄こせ!」
「はいはい、仕方ないね。ほらよ」
エリックがグラスを差し出すと、ガラムはひったくるようにしてそれを受け取り、一気に煽った。
――ゴクッ、ゴクッ
「ふ、ふぉぉぉーーーっ!!」
ガラムはカッと目を見開き、感嘆の息を吐き出した。
「これは……美味い、美味すぎる! この瑞々しく、鼻を抜けるような爽やかな香りは何じゃ。口当たりは驚くほど柔らかいのに、その後から火酒のガツンとした酒精がしっかりと追っかけてくる。ワシの五臓六腑に染み渡るようじゃわい!」
「おいエリック、これはいったい何なんだ?」
ロイが感心したようにガラス瓶を見つめる。
「これはね、乾燥させた野菊の花を特殊な製法で煮詰めてお茶にしたシロップさ。そこに水と風の魔力を封じたんだ」
「野菊の花だと?」
ガラムが不思議そうにグラスを見つめる。
「その野菊の花はね、酒で焼かれた肝臓の熱を冷まし、目を健やかにする特効薬なんだ」
「それに、あんたは毎日、火と地の魔力に当てられて魔力が乱れてる。水と風の魔力を少し補充する必要があるんだ。これを混ぜて飲んでりゃ、まぁ、少しずつは良くなるだろ」
「ほ、本当か、小ぞっ……いや、大先生!」
「んっ、んんっ! 何もしないで引退するよりはマシだろ。ボトルはここに置いておくから、しばらくはこれを混ぜて飲みな。あ、だけど、いくら美味いからって飲みすぎるんじゃないぞ」
「エリック……。ワシは、ワシは……恩に着るぞ……!」
ガラムの目から、今度は大粒の嬉し涙が溢れ出た。
「やっとライラが寝付いたよ。エマ、お留守番ありがとうね。……っておや、あんたたち、いつの間に仲直りしたんだい?」
奥の部屋から、ようやく赤ん坊を寝かしつけたマチルダが顔を出した。
――数日後。
「おい! 小僧! 相変わらず景気の悪い面をしておるな!」
――バシッ
上機嫌にエリックの背中を叩く。
「ガハハハ、今日も息子も腰を抜かすような最高の業物を一本打ち上げてやったわい!今夜はワシの奢りじゃ。何でも好きなものを食え! ロイ、ワシにはいつもの野菊の火酒をくれ!」
「はいよ!」
「イテテ、あの頑固爺さん、また『小僧』に戻ってるじゃないか、人はそう簡単に変わらないものだね……」
「まぁ、そう言うな。今日はガラム爺さんの奢りだそうだ、他に何か頼むか?」
「うん、そうだな……ロイ、ミートパイをもう一つ追加してくれ」
「ハハハ、お前も似たようなもんだな」




