セーターと白鳥 ―呪解―
「何をしている貴様ら!! 吸血鬼は虫の息だ!! 総員射撃!! 二度と再生できぬよう、今すぐ奴をハチの巣にしろ!!!」
「りょ……了解!!」
「撃て! 撃てぇ!!」
ここに来て、パイパーの一喝が効いた。手榴弾を押し付けられたことで胴体の真ん中に大きな穴をあけられた伯爵は、極力上空までのぼり高度を保つ。
「いやはや……恐れ入ったよ……」
空に向けられて撃たれる銃弾は、伯爵のいる高度まで届いたり届かなかったりしていた。恐らくまだ、大量生産における品質管理が徹底されていないのだろう。仮に届いたとしても、銃弾での負傷であれば数秒で治せる。
「さて、どうしたものか」
体の大穴がふさがるにはそれなりの時間を要するが、その時間は稼げないと思われた。なぜなら、至近距離で手榴弾を使ったパイパーの雄姿に鼓舞され、兵士たちは先ほどのように仲間割れをしてくれそうにもないからである。一丸となった時の人間の強さ……三百年前から変わらない。
少し羨みながらも、伯爵は小さく息を吸った。この数を接近戦で相手するには、今の自分の負傷状態では荷が重い。となれば、やれることは一つ。今この瞬間、アリスやジャック、そしてフランケンが近くにいない状況でしか使えない戦法。
「敬意を込めて、命は残そう」
伯爵が口を開けて放ったのは、爆音の周波数に相当する音波だった。突如上空から降って来た異様な音に、兵士たちは耳の奥での異変を感じて止まる。中には、カシャンと銃を落とし、そのまま倒れる者もいた。耳の鼓膜が破れるような振動に、全身震える。
「あ、頭がっ……」
「痛い……割れる、割れる……!」
兵士の多くは耳をふさいで膝をつき、鼓膜を通じて襲う音波から逃れようと蹲る。叱咤すべき立場のパイパーも、片膝をついて憎らし気に伯爵を見上げることしかできなかった。何度も何度もその音波を浴びるうち、限界を迎えた兵士は次々と失神していく。パイパーにとって目の前の光景は、どこをどう切り取っても屈辱以外の何物でもなかった。
フランケンという怪物を処分するために編成された軍隊。弊害になるであろう吸血鬼を仕留めるために施された自らの義手の装備。それらをもってしても、向こうに与えられた被害は伯爵の身体に空けた大穴だけ……しかも、遠目ながら徐々にふさがってきているのが分かる。こちらの被害は大きいが、伯爵は誰一人として直接命を奪っていない。
何故、生かされるのか。何故、向こうはこちらの命を取りに来ないのか。見くびられているのか、取るに足らない小物だと思われているのか。
「くそ……化け物、め……!」
意識を手放す直前、伯爵の返答が聞こえた気がした。
「だから言っただろう。君程度の人間では、私の相手は務まらない、と」
***
壁を伝って上の階へ移り、途中から階段を登っていくフランケン。その背にしがみつく彼女の脳裏には、「あの日のこと」が映画のように流れていた。
―「残念でした」
自分たちを、この王国を悪夢の渦中に突き落とした、悪魔の声。その気配が去って数時間ほど経った後だったろうか、新しい足音がした。もしかして、これはただの夢だったのか。新しい足音――正確には、高いヒールを鳴らすゆったりとした足音――が隠し通路の扉の前で止まり、開かれる。
―「ここの運命もまた、捻じ曲げられてしまったか……」
涙で視界がぼやける中、銀河で織られたような輝きを持つドレスを纏う彼女の姿は、陽光によって更に眩しく見えた。誰、と尋ねようとする幼い王女の唇に、人差し指が添えられる。
―「シグナスに残された一筋の希望よ、よくお聞き。あの女がかけた記録魔法は強すぎるゆえ、『上書き』による解除が叶わぬ。この城にいた全ての者は白鳥に、城下町に暮らしていた者は皆、物言わぬ花となっておる。……よいか、イラクサから糸を作り、上に着る物を城にいた人数分だけ編むのじゃ。ただしその間は、何があろうと一言も話してはならぬ。言葉を発した時点で、呪われた状態が永遠となろう。しかし、『現在』への『上書き』はできずとも、『未来』を調律することは可能じゃ。成し遂げた時には必ず全てが元に戻ると、ここに誓おう。偉大なる始祖、フェアリー・ゴッド・マザーの名のもとに」
隠し扉の向こうの廊下には、白い羽がいくつか落ちていた。きっと、最後まで自分を守ってくれた兄達の残していった羽に違いない……。溢れる涙を袖で拭い、彼女は大きく頷いた。
目的地は、四階にあるバルコニー。フランケンの背を叩き、指差して方向を伝える。
「外に出るのか?」
問いかけに頷くと、フランケンはバルコニーに出て彼女をそっと降ろしてくれた。どうしてここまで協力してくれるのか、疑問に思わなかったわけではない。が、今はまだその問いを投げかけることも、感謝を伝えることもできない。
小屋を出るときに、これまで編んだセーターをジャックが魔法で小さくしてくれた。それらを取り出して、教わった通りパンパンと手で挟んで叩く。と、元の大きさに戻っていく。編み終えたセーターは全部で二十七枚。あの日、城内にいた人数分だ。
やっと、やっと準備ができた。だからどうか、ここに戻って来て。両手を組んで遠くの空に祈りを捧げる。頑張ったから、皆のために。耐え続けてきたから、皆と暮らせる未来のために。
ぎゅっと目を閉じ祈り続ける彼女の耳に、幽かな鳴き声が聞こえてきた。
「コォーッ……コォーッ……」
「あれは、白鳥か」
常人離れした視力でその姿をいち早く捉えたフランケン。彼女は思わず顔を上げ、用意したセーターを一枚、旗のように大きく振る。
「コォーッ」
「真直ぐここに向かっている」
間違いない。間違いない。ずっと会いたかった、自分の家族だ。城で一緒に暮らしていた皆だ。溢れ出しそうになる涙を堪える。もう少し、もう少し、と。この涙を流すのは、全員が元に戻ってから。
セーターを振る彼女の前に、そのバルコニーの柵に、並んで止まった二十七羽の白鳥。彼女は端から順に、それらの首にセーターを通していった。すると、そのセーターごと白鳥の全身が光り輝き……――
「エリーザ!!」
「王女様!」
「エリーザ様!」
彼女を次々に呼ぶ声と、光の中から現れる人たち。感動に震え、足を動かせない王女エリーザの瞳からは、飴玉のような大粒の滴がぽろぽろと零れ、頬を伝っていく。
「お父様、お母様、お兄様……みんなっ……」
久しく音を発していなかった喉から、小さな声が紡がれる。そんなエリーザを一番に強く抱きしめたのは、同じように大粒の涙を流す母親、シグナス王国の王妃だった。
「ああ、エリーザ……愛しい我が娘……苦労をかけましたね、本当に……本当に、よく……」
「お母様っ……」
場にいる者が呪いの終わりと再会に心を震わせる。しかしふと、エリーザの二人の兄がバルコニーの隅に立つフランケンの姿を捉え、声をあげた。
「な、何だアイツは!?」
「巨大な、怪物……?」
「いいえ違うわ!」
兄達の言葉を受け、他の者も畏れの視線をフランケンに向ける。が、その視線を遮るようにエリーザが家族とフランケンとの間に立った。
「この方は、私を助けてくださったの! 身の上話一つ語れない私を、ここまで連れてきてくれたのも彼よ。私、どうお礼を言えばいいのか……」
フランケンの方に向き直り、エリーザは真直ぐ彼を見つめた。
「こんな言葉だけでは足りないのは承知しているけれど、言わせてちょうだい。ありがとう、フランケン・シュタイン様」
「……名を、教えて欲しい」
3メートルを超える巨体の上部、カーキ色の肌を持つその口から発せられたのは、たった一つの質問だった。まるで、引っ込み思案な少年が、初めて出会う人に対して恐る恐る口にする挨拶であるかのように。




