(勇者の)希望方針
フランケンが「人工的に創られた存在」であることは、エリーザにも予想できていた。またその予想は、アリス達が来訪してからなされた小屋の会話を耳にしたことで確信に変わっていた。
「そうだったわ、申し遅れてごめんなさい。私の名はエリーザ。この国の第一王女、エリーザ・ディ・シグナスよ」
「エリーザ、か……。ずっと、尋ねたかったことがある」
「ええ、私が答えられることならいくらでも……」
ゴオオオオオオ……!
ハンドベルのように高く澄んだエリーザの声を、遥か向こうの空から迫ってきた轟音が遮る。全員の視線が向き、その轟音を出す灰色の物体を青空の中に見た。
「一体何だ?」
「こちらに来ますぞ!」
エリーザのセーターによって人間の姿を取り戻したシグナス国王と、執事長が口々に言う。と、エリーザの正面に立っていたフランケンが、突然バルコニーの脇から飛び降りた。
「フランケン!?」
「あれは危険だ。質問は後でする」
耐衝撃素材が皮膚に盛り込まれているフランケンは、四階の高さから飛び降りても差し障りないようで、城の裏門の方へと走っていく。バルコニーから身を乗り出してその背を見送ることしか出来ないエリーザの上空を、灰色の物体が轟音と共に通り過ぎた。
「きゃっ……」
かなりの低空飛行をしているようで、数秒遅れで風圧がエリーザの髪を乱れさせた。
「何なんだ、あの恐ろしい鉄の鳥は……」
「さっきの怪物が連れてきたのかしら……」
「ですから! フランケンは怪物じゃありません!」
祖母の呟きに反発するエリーザを、兄が宥める。
「可哀想なエリーザ……。お前は長く一人だったから、あのような怪物にも変な愛着を持ってしまっているんだ。大丈夫だよ、これからはまた、僕たち家族が傍に……」
「お兄様、確かに私は寂しくて哀しくて心細くて怖くて、この一年間、どうにかなってしまいそうでした。でも、この目で見て、この耳で聞いてきたことは全てきちんと覚えています。彼は空腹の私にパンを与え、喉が渇けば水を差し出し、私が答えないと知ってなお、傍で語りかけてくれました。彼の協力なくして私は、私に課せられたことを成し遂げられなかったわ」
強く言い切ったエリーザに、兄だけでなく父王や王妃、執事やメイド達も黙り込む。
「だから、彼を怪物だなんて呼ばせません。多くの人が彼の見た目に恐怖したとしても、私は彼の温かい人柄を知っているわ。それにお父様、この国に呪いをかけた魔女だって、見た目はとても可憐な女性だったではありませんか」
「それは……そうだが、」
「私たちは、壁の外のことを知らなすぎると思うのです。一目見ただけでは分からないことが、この世界にはたくさんある……。私は編み物をしている間、痛いほどそう感じましたもの」
真直ぐな言葉と真直ぐな瞳。バルコニーに沈黙が流れる。一息吐いたエリーザは、踵を返して城内へ足を進めた。
「エリーザ、何処へ?」
「私、フランケンが心配なので後を追います。お父様たちは、街の人たちにこれまでのことをちゃんと説明してください。お父様たちと違って、皆は見聞きできない花々に変えられていました。長い時間が経っていることに、とても驚いているに違いないわ」
***
戦闘機を追って城の方へ戻ってきたアリスとチェシャ猫は、庭園にて座り込んでいるジャックを発見した。暴走状態に陥ったのも含め、魔力の消耗が相当激しいようで、彼は自らの怪我の手当てすら(チェシャ猫に施したのと同じく)「記録魔法」ではなく「支配魔法」で行っていた。
「ジャックさん!」
「嬢ちゃん……ああ、チェシャ猫も、一緒か……」
「やぁ、重体の俺に色々土産置いてってくれた割に、結構追い詰められたみたいだねぇ。具合はどうだい? お弟子サマ」
「まぁまぁ元気……ってトコだな」
途切れ途切れに返答するジャックに、「無理しないでください」としゃがみこむアリス。ハンプティに刺された箇所は、ゆっくりと修復しているようだが、伯爵の再生能力に比べるとかなり遅く、何時間もかかりそうなペースだった。
「ごめんなさい、ジャックさん……私、」
「いらねぇよ、嬢ちゃんの『ごめん』は」
「でも、」
「あんたが無傷で、いてくれたこと……そんだけで、俺は来た甲斐があった……そーだろ? チェシャ猫」
「そうかもね、っていうのは俺個人としての返答。だけど、『勇者アリスの案内役』としての返答となると、残念ながらそうはいかないよ」
「へへ……無茶言ってくれるぜ」
力無く笑うジャックに、チェシャ猫は報告した。想定通り、個人的にアリスを狙ってきたハンプティを、用意されていた魔法の豆粒で退けることができたこと、オズが乗っているであろう戦闘機がこちらの方へ飛んでいったのを見たこと。
「空飛ぶ鉄の塊……そうか、もう一個の不安要素が動いちまってんだな……」
「大臣サマの脅威レベルってどのくらいなんだい? 俺が思う頭でっかちな学者って認識は、改めておいた方がいいのかな?」
「ああ、あんたの知ってるマッド・ハッターみたいなのとは違ぇだろーぜ。つーか、自分の手でフランケンを処分しようとやって来たんだ、怪力で頑丈なフランケンに対抗できる手段が用意できちまった、ってことだろ」
「そんな……じゃあ、急がなくちゃ!」
城の方へ駆け出そうとするアリスの手を、チェシャ猫が掴む。
「ストップ。アリスちゃん、いくつか確認しておきたいことがあるんだけど、いい?」
「な、何?」
「重傷のお弟子サマにはココで治癒に専念してもらう、だよね?」
「うん」
反論しようとしたジャックだが、やはり刺された腹部は痛むらしい。「な……ん、でもねぇ……分かった」と、大人しく口を噤んだ。
「あともう一つ。俺達もそろそろ今後の方針を決めとかないといけないと思うんだけどさぁ」
「方針?」
「そう。例えば……さっきの戦闘機といい、予定より速く来てた軍隊といい、向こうはこっちの息の根を止めにかかってる。だったら逆に……」
「ダメ! それだけは、絶対にダメ」
チェシャ猫の手を握り返しながら、アリスは真剣な眼差しで訴える。
紛れもなくオズは、フランケンだけでなくアリスも「処分対象」としている。他にも、魔力保持者のジャックの捕獲や、吸血鬼である伯爵を実験材料として扱うなど、神経が逆撫でされることばかりだ。
けれど、だからと言ってこちらに報復する権利なんて無い。そんな考えは、あってはならない。そう思っていたにも関わらず、アリスは先程ハンプティに追い詰められて、ナイフを向け、刺そうとしてしまった。
「ダメなの。それだけは、やっぱり何があってもしたくない。だから……もし私がまた間違えそうになったら、止めてね」
「……分かってはいたけど、やっぱり君ってすごく面倒な勇者サマだね」
「だって、問題を解決するために誰かが命を落とすなんて、間違ってる。それは解決じゃないよ」
自分を見つめるアリスの瞳に、チェシャ猫はふっと小さく笑った。
「しょーがないなぁ。君がどうしてもその選択肢を取りたくないって言うんなら、別の選択肢を示してあげるよ。それが俺の役割だからね」
「うん、ありがと」
改めてジャックの方を向いたチェシャ猫は、最終確認と言わんばかりに念を押した。少なくとも治癒が終わるまではこの場を動かないこと。回復をしたとしても一人で動いては体力を消耗しかねないので、伯爵と合流するのが望ましいということ。
「伯爵サマなら俺たちがそれぞれどの地点にいるか把握できるだろうしね。お弟子サマが転移魔法を使って魔力消費する必要もなくなるって算段なんだけどさ」
「ああ、分かった。そうさせてもらうぜ」
「じゃあ行こうか、アリスちゃん。君が元の世界に帰るために、ヒントを持つ存在を助けないとね」
「うんっ」




