復活 ―悩みの種―
「ならば一つ、約束をして欲しいのだが……良いだろうか」
「約束、ですか?」
「これからも、この世界の魔法を信じ続けてもらいたい。動植物と語らい、未来を詠み、水や岩石の力を借りる……そんな奇跡の御業が存在するということを、信じていてくれるだろうか」
「もちろんです!」
アリスの即答が意外だったのか、ワイズ・ワームは柄にもなく呆気にとられた。
「私、今マーリンさんの魔法で縮んでいるんです。信じるなっていう方が無理ですよ。それに……今回この世界に来た時、正直ショックだったんです。ステキな魔法に溢れてた世界が、私のいた世界に近付いちゃった、って。たとえいつかそうなるとしても、今じゃなくていいと思うんです。まだ、魔力を持った人たちが生きてるから」
「アリス、君の願いには小生も同意である。しかし……動き始めた変革の歯車は、止められぬ。魔力の衰退は加速を免れぬだろう」
彼らの姿を前に返せる言葉など、アリスは持ち合わせていなかった。
ワイズ・ワームは、覚悟を決めて生きている。彼だけではない。バターフライも、いつその情報の継承が途絶えるかも分からないまま、ひたすらに生業として各地に赴き、ワイズ・ワームの脳に情報を蓄積させ続けているのだ。何処かで誰かの役に立てれば……その思いだけで。
「小生らのように魔力への信心を拠り所としている存在は、この時代において少なからず『その時』が近付いていることを察していよう。だが恐れはそれほど大きくない。語り継げる者は、小生をおいて他にもいるのだ」
「え?」
「君の心労を増やすばかりと思い、伝えるべきか迷ったが……どうやら隠し通せることでもないらしい。つい昨日のことだ、ある存在が眠りから目覚めた。否、目覚めさせられた、というのが適切であろうか」
それまでとは別の深刻さを帯びるワイズ・ワームの語り口に、アリスも息を呑む。この時代に、オズやあの怪物の他にも悩みの種になりそうなことがあるなんて……ツイてなさすぎる。受け止められるように一呼吸おいてから、聞き返した。
「誰が、目覚めたんですか? 私の心労って、どういうことでしょうか」
「エメラルドシティのずっと西に、荒野がある。その地は三百年前ワラキアという自治区であった。そして、その地には長く語り継がれる英雄がいたのだ。棺の中で永久に眠り続ける、褐色の吸血鬼だ……と」
「吸血鬼……それってもしかして…………でも、」
「知っているだろう、吸血鬼は血液さえ摂取し続ければ不老不死であるのだ。その体質ゆえに、三百年の眠りから目覚めることが出来た」
「だとしても、あり得ませんっ! わ、私の知ってる吸血鬼は……伯爵は、自分からすすんで人の血を吸ったりしません!」
「深呼吸をなさい、レディ・アリス」
取り乱して呼吸も落ち着かないアリスを、バターフライがなだめる。一旦目を閉じて深呼吸をしたものの、やはり頭の中はぐちゃぐちゃなまま。
「どうして、伯爵が……。私、何処から質問すればいいか……」
「では順を追って伝えよう。小生が知る限りの、ルゥ・ドラキュラが歩んだ道を」
ワイズ・ワームは前足の一つでアリスの後方にある葉を指した。長くなるからそこに座れ、ということらしい。アリスも応じて頷き、その葉に腰かけた。
「君の知るように、ドラキュラ伯爵は強い理性の持ち主であると同時に、深い友愛の持ち主でもあり、人望もあった。主食である人の血を吸おうとしない姿勢を貫く姿に、彼の友である医者も、応えようとしていた。すなわち、医者は職務以外の時間を、吸血鬼の研究に費やしたのだ。彼が、血を吸わねば生きられない体質から解放される道はないか、と」
「それって、ヴァンさん……?」
初めてアリスに伯爵を紹介する時、ヴァンは「友達であり患者だ」と言っていた。吸血鬼の力を解放する薬も、強制的に抑える薬も、ヴァンが開発していた。しかしそれらは通過点に過ぎず、彼の最終目標は、伯爵を元の人間に戻すことだったのだろう。
「だが、医者の命は短かった。研究が終わらぬうちに、彼の身体は病に蝕まれ始めたのだ。無理に研究に没頭しないよう吸血鬼は労わったが、医者は諦めようとしなかった。そこで吸血鬼は依頼したのだ、自分を地中の棺に永久封印してくれ、と」
「ヴァンさんは、その頼みを受け入れたんですね……。」
「医者も、吸血鬼の胸中を理解していたのだろう。何より、血液を摂取しない吸血鬼が暴走一つしなかったのは、医者の製造する薬の効果が大きい。医者がその生を終えることは、吸血鬼が無害な存在として生きられる日常の終わりと同義だったのだ」
「じゃあ、その封印が破られるなんてあり得ないんじゃ……」
「いかにも。名医ヴァン・ヘルシングが己の最後の時間を費やし創り上げた封印は、言うまでもなく内側から破られる安易なものではない。何者かが、何らかの目的を持って、外から吸血鬼ドラキュラを呼び起こしたと考えるほかあるまい。そしてこの事象は、既にオズの耳にも入ってしまっている。目覚めた吸血鬼は暴走状態にあるらしく、農村地帯から数名の女性を攫ったという」
かつて伯爵に告げられた事実が、アリスの脳裏を過る。(戦闘力的に)強い者の血も糧となるが、最も好まれるのは若い女性の血である、と。
アリスの表情から膨れ上がっている緊張感を汲み取りながら、ワイズ・ワームは続けた。
「これは小生の推測の域を出ないが……封印を解き、吸血鬼を目覚めさせた人物が、意図的にその場で血を与え、暴走状態にさせた。よって彼は、本能のままに血を欲する状態から抜け出せないのではあるまいか」
「誰が……何で、そんなことを」
零れるようなアリスの問いかけに、ワイズ・ワームは首を横に振る。
「アリス、君の心労に繋がりかねないのを承知で伝えよう。オズの研究において、吸血鬼の価値は相当高い。恐らく、連れ去られた住民の奪還と称し、生け捕り目的で討伐隊を仕向けるだろう」
ワイズ・ワームの言っていることは、アリスの中にずしりと落とし込まれた。権力を手に入れ、人造人間を生み出すほど不老不死の研究に没頭しているオズ。その彼が、実際に不老不死の性質を持つ吸血鬼を見逃すはずがない。




