襲撃
結論から言えば間に合わなかった。
義父さんは宮廷魔術師、王宮近衛騎士にも現状を説明し、協力を仰いだが、残念ながら推測に過ぎないと一蹴されてしまう。
守護魔法師団、守護騎士団から派遣出来る人材に目処は立っていたが、そのタイミングでの襲撃の可能性を排除し切れない為、防衛に回る人数も相当数確保しなければならない。
必然的に冒険者ギルドの協力が大事になるのだが、冒険者に頼るには元手が必要だ。
ギルドマスターは必死に呼びかけてくれたが、現場の冒険者に取って報酬を妥協することは出来ない。まして、全体像が把握し切れていないリスクの高い案件である以上、報酬を弾まなければ引き受け手も限られてしまう。
王宮に対しても状況説明と予算申請はしたが、そういった備えの為に守護魔法師団の再設立、相応の予算配分が行われた為、追加予算の返答はまだ得られていない。
せめてもの救いは、防衛に関しては冒険者ギルドの全面協力が得られている事だろう。ギルドとしても活動の中心地が被害を受ける事は好ましくない。それに事後であれば直接王宮に対して吹っ掛けられるとのことで頼もしい。
各方面に慌ただしい日々を過ごしながら、ついに今日を迎える事となった。
「全団員に告ぐ。監視者からモンスターの群れが王都に向けて進行を始めた旨の報告が入った。想定通りの三方向からである。計画通り応戦。各人の検討を祈る。また無事に皆で会おう」
「いよいよだなアッシュ」
「はい、お互い無事に乗り切りましょうヒースさん」
「しかし、団長が居るとはいえ、西側を守るのが第二、第七部隊だけでは少ないと思うが、何か聞いてるか?」
「はい、それは心配しなくて大丈夫と思います」
義父さんとは二日前に話していた。
「随分偏った配置だったけど、どうするの?」
義父さんは自分の力を過信するような人ではない。しかし、西側が二部隊だけに対し、中央は残りの守護魔法師団五部隊に冒険者、東側は守護騎士団が請け負う事になっている。
冒険者の方には状況を見て各自流動的に動いて貰う事になっているが、あくまでも中央がメインになる。
「西側廃坑のモンスター数が少ないって訳では無いでしょ?」
「アッシュには話しておこうか。既に各隊長には伝えてあるんだが、精霊魔法を使う」
「精霊魔法?!義父さんが?」
「ああ、精霊サラマンダーと契約を交わしている」
精霊魔法は書物の中ですらほとんど記述の無いレア中のレアだ。
まず扱う為の条件が不明なのだ。戦闘中に急に目覚めた者もあれば、修行中に精霊に呼びかけられた者、変わった所では、夢の中で精霊と遊び続け、翌朝枕元に精霊がいたという話もある。一つだけ共通している事は精霊に認められること。どれほど魔力に満ち溢れた者でも、生涯縁が無いのが普通なのだ。
「いつから精霊魔法を……いや、今はそんな事よりも……もう聞きたい事がいっぱいだよ」
「今回の問題が終わったら、またゆっくり話そう」
「わかった」
「今回俺の予測では普通に防衛に当たっては街中まで被害が出る可能性が高い。いくら守護結界が優秀になっても、攻撃を与えられ続ければいずれは貯蔵魔力が尽きて、結界が消えてしまうのだから当たり前だな」
「だから一方向を精霊魔法で一気に片付ける?」
「そう上手くはいかないだろうが、相応の数は減らしたい所だ」
「第二と第七部隊が同じ配置なのは理由があるの?」
「ああ、一番水属性の優秀な魔法師がマリー隊長だからね。同じくモーガン隊長も土属性のスペシャリストだ。二人には万が一精霊魔法を操りきれなかった際のフォローをお願いしているんだ」
「……なるほど、了解したよ」
同じ土属性の魔法師として、少し悔しさはあるが、こればかりは仕方ない。
「でも、それほど精霊魔法は強力なの?」
ずっと抱いていた疑問を口にする。何せ書物等での表現すら曖昧なのだ。魔法規模の想像が付かない。
「わからないんだ」
「えっ?!」
「いや、サラマンダーには確認しているから大丈夫と思うが、使うのは初めてだからね」
今回の作戦の成否を分けるかもしれない重要な事なのに笑いながらそう言った。
義父さんの大胆さというのか、楽観的な所は呆れを通り越して尊敬してしまう。これくらい気持ちに余裕があるから、いつでも柔軟な考えを持てるのだろうか?
「おいおい、絶対大丈夫と言ってやれ。息子なんだろう?」
他に誰もいないはずの部屋で突然声がする。
「居たのかいサラマンダー」
「お前の息子を見てみたくなったからな」
そう言いながら、義父さんの隣に姿を現す。
体長30センチくらいで宙に浮くサラマンダーは、言うなればレッドドラゴン。赤い鱗に覆われ、鋭く力強い眼を持つ。
「精霊サラマンダー様、お初にお目に掛かります。ノックスの息子アッシュです」
「俺達に敬称など不要だ。サラマンダーで構わん。しかし……面白いものを抱えておるな。ノックス、お前は何か知っているのか?」
「何かあったのかい?」
義父さんは本当に何も知らないようで聞き返す。
「何も知らないなら構わん。いずれ時が来れば否が応でもわかる」
「サラマンダー、私に関する事であれば何でも構いません。教えて頂けないでしょうか?」
「事情がわからん以上、余計な事は言えん。だが、ノームが関わっているとだけ伝えておこう」
「土属性の精霊ノームですか?」
「うむ、それもかなり高位のノームだ」
高位…?精霊にも格があるのだろうか?さすがに本人にそれを聞くのは失礼に当たるか考えながら義父さんの方を見てみる。
「………………」
何か別の事を考えている様子で、こちらの視線には気付かない。
「サラマンダー、もう一つだけ教えてください。僕はそのノームに会えるでしょうか?」
「我にそのような事はわからん。だが、其方が自らの運命から逃げず、受け入れられるだけの器になればその時は来るであろう」
「……わかりました。ありがとうございます」
「では、用は済んだ。必ず呼べよノックス」
「今回はよろしく頼むよサラマンダー」
そうして、何処へともなくサラマンダーは消えていった。
「今頃になって胸の奥がドキドキしてるみたいだ。まさか精霊を見るだけじゃなく、話まで出来るなんて」
「以前はもっと可愛げがあったんだけどね。契約して9年、一度も呼び出さなかった事を怒っていたよ」
「ははは……」
後に聞いた話だと、スルードの災厄で自分の力不足を突きつけられた義父さんは自身を一から鍛え直したらしい。
今にも仇打ちにでも行きそうな熱量の鍛練の日々に、興味を持って現れたのが先程のサラマンダーだったようだ。
「強き者と戦う時は呼ぶが良い」
と義父さんに伝え、すぐに必要とされると思ったまま9年。精霊の時間感覚はわからないが、少々予想外だったかもしれない。
だけど、先程対峙してわかった。きっと作戦は上手くいく……
「モーガン隊長頼む」
義父さんの呼びかけに応えて、第二部隊隊長のモーガンさんが魔法を発動する。
「魔法障壁!」
義父さんと他の団員を隔てるように光の壁が広範囲に渡って張り巡らされる。
サラマンダーの威力がわからない以上、念の為の措置だ。今はただ、義父さんを見守る事しか出来ない。
魔法障壁が展開されたのを確認して、詠唱を始める。
「我求む 悠久の時を歩みし炎の精霊よ 我が魔力を糧に立ちはだかる敵を焼き払え 炎精霊召喚」
詠唱を受け、全長5メートルを越すサラマンダーが現れる。先日の愛くるしさのある姿では無く、猛々しい成竜のような姿である。
「今日は随分大きいじゃないか」
「普段はお前達人間に合わせてやってるだけだ。今日は本気なんだろう?」
「ああ、心配はしてなかったけど、その姿を見てより安心出来たよ。よろしく頼む」
「ノックス、気を失うなよ」
そう告げ、サラマンダーは顔前に魔力を集め始める。
集められた魔力の塊は徐々に大きく、そして高熱へと変化していく。
迫り来るモンスターに目標を定め、そして発せられる。
”灼熱の息吹”
集められた超高熱の魔力は、フレア状に広がり、モンスター達だけでなく、木も岩もそこにあるものを跡形もなく燃やし尽くしていく。
と同時に、身体がとてつもない疲労感に襲われる。立っているのもギリギリになり、魔力がほぼ無くなった事を自覚する。
「こうゆう事か……」
「魔力欠乏症にならない程度に調整はしてやった」
「感謝するよ…サラマンダー」
すぐにこの場に倒れ込みたい所だが、まだそうはいかない。
魔法障壁が解かれた後方では大歓声が上がっていた。
圧巻という言葉しか無かった。
義父さんが呼び出したサラマンダーは先日見た姿とは打って変わって、そこに居るだけで他を圧倒する凛々しい姿をしている。
そもそも精霊を見た事がある人自体居ないであろう中、皆が固唾を飲んで見守った。
そして、魔法の発動。しばしの沈黙の後に大歓声が上がる。戦果を確認するまでも無く、圧倒的な損害を与えた事は誰の目にも疑いようが無かった。
しかし、そこで違和感に気付く。
(義父さんの魔力が著しく落ちている?)
魔法師が大勢集まっている為把握しづらいが、不安を感じて前に歩み始めた時、オリバー副団長が先に義父さんの隣に立っていた。
「皆の者静かに!精霊魔法によって戦況は有利であるが、団長の魔力消費も大きい為、今は一旦回復に当たって頂く。ここからは私が指揮を取るぞ」
オリバー副団長の号令で、浮つき始めていた全体の雰囲気が急速に整えられる。
「第二部隊は敵の残存兵力の確認。第七部隊は周辺の被害状況を確認。万が一火の手があればマリー隊長を中心に消火に当たってくれ」
他の団員より前に歩み出していた事でオリバー副団長の視界に入る。
「君は……アッシュ君か。丁度良い。団長を場内まで頼めるかい?息子の君なら団長も安心出来るだろう。マリー隊長、アッシュを少し借りるぞ」
「オリバー、すまないね。ありがとう」
「今は休んでください。必ず私達が守り抜きます」
「皆んな、迷惑をかけるがしばらく頼んだよ」
義父さんの言葉に再び歓声が上がった。
「義父さん、消耗が大きかったみたいだけど大丈夫?」
「はは、皆んなの前で倒れる訳にはいかないから頑張っていたんだがフラフラさ。アッシュ、悪いが肩を貸して貰えるかい?」
珍しい義父さんの弱音にそっと肩を貸す。
「覚悟はしていたけど、予想以上の消耗だったよ」
「でも、それだけの戦果はあったよ」
「敵の数が多いからね。何とか味方を鼓舞したかったが、上手くいったみたいで良かった。それだけにあの場で倒れる訳にはいかなかったから、オリバーとアッシュには感謝しているよ」
「後は僕達に任せてゆっくり休んでよ」
「アッシュ、もしかしたら今回の騒動を裏で操っている黒幕が出てくるかもしれない。十分気を付けてくれ」
「わかった。行ってくる」
再び戦場に戻るとオリバー副団長が義父さんの様子を伺いながら、戦況について教えてくれた。
西側の敵の残存数はおよそ250体程度。精霊魔法によって8割近くを削れていたそうだ。
第二部隊は押し上げた前線をある程度維持しつつ、残った敵の殲滅。第七部隊は中央に迫るモンスターに対して横撃を仕掛けているそうだ。
又、義父さんの開戦早々の戦果は戦場全体に伝えられ、味方の士気は非常に高くなっているとのこと。このままいけば良いんだけど…
「フッ、炎精霊召喚とは予想以上じゃないかノックス。それでこそお前を表舞台に連れ戻した甲斐がある。お前が光り輝く程、私の望む未来に近付くというもの。精々足掻けよノックス」
その男は気分が高揚していた。戦場に放った眼を通して得られた情報に、つい口も軽くなってしまったのであろう…
【人物紹介】
アッシュ・メイソン(ローランド):英雄ロックの実子。実父に憧れて魔法師として日々修練に励んでいる。
ロック・ローランド:元勇者パーティの魔法師。パーティ解散後は王都にて守護魔法師団団長を務めた。スルードの災厄にて元凶と相打ちになり亡くなっている。
ノックス・メイソン:かつて王都守護魔法師団の副団長を務めた優秀な魔法剣士。アッシュ、フローラ兄妹の養父。新生守護魔法師団団長の任を受ける。
フローラ・メイソン(ローランド):英雄ロックの実子。家族の事を大事に思う心優しい女の子。
リナリア:ノックス・メイソンの妻。控えめな性格ながらも芯の強さを持つ女性。
マリー・ウィンスロー:守護魔法師団隊長。金髪の美少女で、魔法師の実力も別格。自分の目指したかった姿をアッシュに重ね、意識している。
アイリス・アシュレー:王都守護騎士団の団員。マリーとは大の仲良しで、元冒険者パーティを組んでいた。
リネア・ハーネス:守護魔法師団第七部隊に所属する風属性魔法師。マリー、アイリスとは元冒険者パーティを組んでいた。
ヒース・ビアーズ:元冒険者。マリー・ウィンスローに憧れて守護魔法師団へ入団した炎属性の魔剣士。
チェリル:第七部隊の賑やか担当魔法師。実は高い魔力を有しており、影で努力を怠らない。
クライヴ:Sランク冒険者で本来は一流の剣士。冒険者の立場のまま王都を守る決意をした。
オリバー:守護魔法師団副団長。ノックスとは再結成前からの同僚。
モーガン:守護魔法師団第二部隊隊長。土属性に優れた盾使い。普段は温厚だが怒らせると怖い。




