期待
この世界における魔法は、頭で描いたイメージ、想像力に魔力を込める事で発生する。
しかし、イメージというのは思う以上に曖昧な物で、自分の手の平に炎を発生させる事は比較的初期に扱い始める魔法だが、火球生成魔法のような生成だけでなく、対象に向かって放つ魔法になると、打ち出す方向、軌道、またその間の形状や威力を維持する為のイメージも必要である。
もちろんこれらは経験を積む事でほぼ無意識に出来るようになるが、多くの魔法師は何かしらの動作を付ける事が多い。
杖の先に発生させた火球を対象に向かって杖を振る事で、魔法の軌道は安定し、対象に当てるイメージを持ち易い事から、より追尾性を高く出来たりする。
又、魔法の名称を言葉にする事でイメージは定着し易く、元々の魔法の威力を高めたり、放たれた後も威力の減少を抑える効果がある。
より強力な魔法を求めた場合…3つの選択肢がある。莫大な魔力を供与することで、契約した精霊の力を借りる精霊魔法。
詠唱符を口上する事で強力なイメージの定着と魔力の供給を促す詠唱魔法。
魔法陣としてイメージと魔力を定着させる事で、より強力な魔法を発生させる陣魔法となる。
だが、精霊魔法に関してはそもそも精霊と契約を結べる者自体が限られ、使用出来る者はわずかしか存在しない。
後者の2つを扱える者は幅広くいるが、一方で使用する機会は限られる。
理由は簡単で、事前動作が多く、使い勝手が悪い為である。
魔法名称を唱えるだけでも、相手からしたら何が来るのか情報を得られるのだ。詠唱に至っては相応の時間を要するので隙を作ってしまう。
又、陣魔法は魔法陣を中心に周辺に影響を与える魔法である。対象を効果範囲まで引き込めなければ、使用魔力に反して無意味な物となってしまう。
パーティに属する魔法師が、仲間の補助を受けながら放つ必殺の一撃といった使用が想定されるが、全く使用しない魔法師も少なくない。
ただ、もちろん例外はある。守護魔法師、とりわけ土属性を操る者は陣魔法を好む者が多い。
相手の行動を制限させる術に長ける為、魔法陣への誘導がし易いからだ。
僕もそれに倣って、いくつか陣魔法を習得している。
今日もその中の一つを用意したが、果たして……
「この辺りが推定の場所だが…子供が一人か…」
二人組の男の一人がそう呟きながら近づいて来る。
「アッシュです。お手合わせよろしくお願いします」
「礼儀正しいじゃないか」
「二人がかりで不意打ちを仕掛ける事も出来たのに堂々と現れて頂いていますからね」
「俺はクライヴだ。あぁ、トムさん、あんたは手を出さないでくれ」
「良いんですか?折角の有利な状況なのに」
「今は命を掛けた戦いじゃない。それに腕には自信があるからな」
言い終えると手に持つ大剣を振り被り、こちらに突進してくる。
見た目よりも俊敏な動きに警戒を強め、相手の振り下ろしに合わせて盾生成魔法を発動する。
相手の初撃を防ぎ切ると思いきや、威力は殺したものの、シールドを破壊され、そのまま剣が振り下ろされる。
「盾生成魔法!!」
間一髪、二つ目のシールドを発生させ、今度こそ斬撃を防ぎ切る。
「命のやり取りの場では無いとおっしゃっていた気がしましたが?」
焦りを悟られないよう出来るだけ冷静に問いかける。
「君なら防ぎ切ると思ってね。格好から英雄ロックを模したロックスタイル。土属性魔法師だろう?災厄前ならともかく、今そのような戦い方を真似する者はいない。それがこのような場にいるんだ。相応の鍛錬を積んだ者に違いないと…」
「ハッタリだったらどうするつもりだったんですか」
「フッ、その程度の者であれば寸止めし、拘束していたさ」
それだけの腕を持っているという事か。
「おしゃべりはここまでだ。しっかり防がねばすぐに勝負は着くぞアッシュ」
繰り返されるクライヴさんの斬撃を盾生成魔法を発生させて防ぐが、所々でこちらの想定を越えた威力の斬撃と予想と違う軌道の斬撃が混ざり、反撃の糸口を見つけられない。
盾生成魔法の発動をすべて強い斬撃に合わせた強度にすれば防げるが、魔力の消費が大きくなり過ぎる。短時間で決着を付けられる目処がない状態では賭けになってしまう。
しかし、この斬撃の違和感は何だろう。力の強弱だけでは片付けられない何かがある。いや、そもそもクライヴさんの動き自体が…
「反射盾生成魔法」
本来なら相手の力を利用して、相手の物理攻撃を跳ね返す魔法だが、斬撃の威力が強く、互いに後方に飛ぶ形となった。
「簡単には逃さんぞ」
クライヴさんはすぐに間合いを詰めようと前進してくる。そうして数歩進んだ時、次に踏み込む足の下に向かって魔法を発生させる。
土壁生成魔法。わずか数十センチだが、足元から突然突起物が発生し、クライヴさんは体勢を崩すはずだった。
「やはり風属性の魔法師だったんですね」
空中に浮くクライヴさんに向かって問いかける。
「先程の魔法はこの確認の為に?」
「はい、あなた程の実力者の特性が分からないままでは決め手がありませんから」
「フッ、出来るものならばやってみろ」
実際、この人は脅威だ。風属性の魔法をすべて補助に使う事で、元々高い身体能力を底上げしたり、斬撃の威力を上乗せしている。まだ攻撃に転じられていないが、中途半端な魔法では避けられてしまうだろう。
今使える中では陣魔法くらいしか決め手が無いが、相性が良いとは言えない…
その後も防戦一方で斬撃を受け止めながら、先程までと大きく攻撃パターンが変わらない事を不思議に思う。
特性がバレた以上、もっと力技で来るかと思ったが、僕の反撃も含めて戦闘を楽しんでる?それとも僕の魔力切れを狙ってる?いや、もしかしたら…
一つのモーションに狙いを定め、再び魔法を唱える。
「反射盾生成魔法」
再びクライヴさんとの間合いを作る。
すぐさま大地に手をつき唱える。
「尖岩生成魔法」
魔力の消費は激しいが、広範囲をイメージする事で上以外の逃げ場を無くす。
「岩石爆発魔法」
さらに続けて、無数の岩を徐々にクライヴさん目掛けて放つ。左にやや空間を残すようにして…
「どんな魔法も当たらなければ意味はないぞ」
とは言え、いかんせん数が多い。一つ一つはそれ程の威力では無いが空中で回避行動を取る。
急に反撃に移ったかと思えば連続で魔法使用。勝ち手が見つからず捨て身になったか?
あらかた避け切り、地面に着地しようとした所に更に魔法が飛んで来る。此奴まさか…
こちらの意図に気付いたのだろう。
クライヴさんは速度を上げて大きく距離を取り、地面に着地しようとする。
目標地点まではあと少し。魔法の連続使用でこちらもかなり厳しい状況だが、あと二つだけ持ってくれ。
「尖岩生成魔法」
クライヴさんの着地地点に再び魔法を発生させる。
体勢を崩しながらも大剣で大地から突き出た岩を破壊し、転がりながら着地する。
「さすがに今のは焦ったよアッシュ」
少し息を切らしながらクライヴさんにそう話しかけられたが、生憎こちらは体力も魔力もギリギリで、返事をする余裕が無い。
「……岩石監獄魔法」
用意していた陣魔法に発動の為の魔力を放つ。
魔法陣の外円部分から急速に伸びた岩壁は五メートル程の高さになった後、蓋をする様に互いの壁とくっついていく。
陣魔法岩石監獄魔法でクライヴさんを捕らえた事を確認し、僕はその場に崩れ落ちてしまった。
陣魔法か…油断したつもりは無かったのだが、こんなものまで用意しているとは。
壁に触れて強度を確かめてみるが、かなりの硬さだ。
「全力ならばこの剣でも壊せるが…」
いや、やめておこう。それでは魔法剣士ではなく、ただの剣士になってしまう。
魔法師としての私は敗れたのだ。
私の魔力が然程高くない事を見抜き、正々堂々破られた。実に楽しい戦いだったではないか。
それに…私の懸念を消すに足る素材だ…
自分を満足させるだけのモノを見つけ、クライヴは微笑んだ。
「いやー、お見事でしたアッシュさん」
確かトムと呼ばれていたもう一人の男性だ。正直すっかり忘れていた。
すぐには起き上がれない身体を何とか奮い立たせ問いかける。
「次はあなたの番ですか」
「いえいえ、私の目的は勝負の勝ち負けではありませんので、リーダーが囚われた事ですし一旦引かせて頂きます」
「……貴方も試験官の方でしたか」
「おっと、そのような事まで気付いているとは、誰かが口を滑らせたか、余程の観察力ですね。まぁ、今は良いでしょう。健闘を讃えて失礼させて頂きます」
そう言い残し、消えていった。
それを見つめながら僕は再びその場に腰を下ろした。
しばらくは誰も来ないでくれと願いながら…
アッシュがクライヴ、トムと名乗る男と遭遇する少し前、ヒース、カイルの二人は前述の二人とピーターと名乗る男を合わせた三人組に出会っていた。
「二人対三人か…」
事前に仲間が用意した防御壁を使い、遠距離で互いに小手調べの応酬をしている。
自分でアッシュを休ませたんだから当然ではあるが、劣勢を強いられている。少しづつではあるが、防御壁も削られていく。
「カイル、何か手立てはあるか?」
「ダメだ。先頭の盾持ちのせいで崩せん」
近接の方が得意とはいえ、盾持ちを何とかしない事には他の二人に狙われて終わりだ。どうする。
「俺が行こうか?」
「クライヴさん、ダメですよ。試験なんだから貴方が一人で終わらせたら私達の活躍の場が無くなっちゃうじゃないですか。まぁ、でもこの二人なら私一人で何とかなりそうなので、トムさんと先に二人で行っても良いですよ」
「俺は一人で構わんが」
「ケケケ、貴方がやり過ぎない為の監視役ですよ」
「監視役…ね。まぁ、良い。では先に行くぞ」
「ピーター、頼んだぞ」
「はい、万が一の時のトムさんに比べればこちらの方が安全ですから任せて下さい」
「そうかも知れんな…」
盾持ちがこちらに近付いて来るのに合わせて、二人の魔力が離れて行く。囮か?
「何であれこのままではジリ貧だ。二人で盾持ちを抑えるぞ」
カイルにそう促され、剣を構える。
「前は任せろ」
剣に最大火力の炎を纏わせ、盾持ちに斬り掛かる。
一気にねじ伏せ他の二人の動きを追うつもりだったが、両手で構えた盾に受け止められる。
「なんて硬さだ⁈」
次の瞬間、カイルが放ったであろう風属性の魔法が盾持ちを襲うがそれも防ぎ切った。
「ケケケ、コンビネーションもいまいちのようですね」
「なめるな!」
続けて連撃を入れるが、全て防がれる。
「対人戦、特に盾との戦闘経験があまり無いようですね」
「くっ…」
正面から攻撃を続けても抜ける気がしない。カイルが魔法で援護してくれるが、それも防がれる。
「ケケケ、良い機会です。盾しか持たない魔法師の戦い方をご存知ですか?」
とこちらに問いながら魔法を唱える。
「装備圧縮魔法」
両手に持っていた盾が二つに分かれ、ナックル(メリケンサック)のように小さくなって拳を守っている。
「ケケケ、先程までより硬いので注意して下さいね」
次の瞬間、俺は腹を殴られ吹き飛んでいた。
「ヒース!!」
カイルの叫ぶ声が聞こえ、魔法を放っているようだが、すべてナックルを使った拳圧で掻き消されていた。
「いやー、あなた方に罪は無いのですが、盾しか持っていないと時々冒険者の方にどうやって戦うんだと笑われる事がありまして。そんな時はこうやって直接ぶん殴ってあげるのが一番気持ちいいんですよケケケ」
強い…攻撃は全て防がれ、隙があれば拳で反撃される。カイルのように離れて戦っても有効打は無く、こちらの魔力が消耗するだけだ。
対人戦か…子供の頃はよく仲間内で決闘ごっこしたものだが、冒険者になってからはモンスターとしか戦って無かったな。
…いや、冒険者になってからもギルドに頼まれて新人冒険者と二、三度模擬戦をしたな。
新人はみんな必死に一撃入れようとあれこれやってきて…俺が冒険者に成り立ての時も同じだ。
先輩冒険者と模擬戦をする時は何とか一撃入れようと色々考えて試した。モンスター相手でも同じだ。どんな特徴があるのか考え、それに合わせた対策をたてた。
いつの間にか同じモンスターとばかり対峙するのに慣れ過ぎて、考えて行動する事が減っていたんだな…
「ヒース大丈夫か?」
「すまない。カウンターでいいのを一発喰らったせいで倒れていた。とても万全とは言えないが、それよりも頼みたい事がある」
「こちらも魔力が減っている。あまり保たんぞ」
「大丈夫。今までと同じで良い。ただ、魔法を唱えてくれ。今から連携を高めて攻撃なんて無理だ。俺がカイルの魔法に合わせて攻撃を入れる。その時の合図にしたい」
「わかった。何とか二人で決めよう」
「相談は終わりましたか?そろそろこちらからもいきますよ」
そう言い攻撃を仕掛けて来る。無理に攻撃に回らずそれを捌き、カイルの魔法を待つ。
「風刃生成魔法」
盾持ちの俺への攻撃が止み、ウィンドカッターを消し飛ばす為の動作に入る。ここだ!
「爆風の刃」
渾身の一撃が空いた脇腹に決まるかと思った時、盾持ちの両手の盾が元の大きさに戻り、片方がこちらの攻撃に合わせられる。
「装備強化魔法」
両手でそれぞれの攻撃を防がれた。
「今のはなかなか素晴らしい攻撃でしたよ」
「でも、あんたには通じなかった…」
その時、俺達が拠点とした方向で一際大きな音がする。アッシュが戦ってるのか…
「おっと、私も念の為あちらに行った方が良さそうですね。最後に一つ。途中から忘れていたと思いますが、今は試験です。あなた方は十分強い力を持っているが、その力の使い方をよく考えて下さいね」
「あんたは一体何者だ?」
「もう良いでしょう。守護魔法師団第二部隊隊長にして試験官のモーガンです。またお会いしましょう」
そう言い残し先程の音の方へと去っていった。
「ヒース、動けそうか?」
「いや、さすがに身体も魔力もボロボロだ。そっちはどうだ?」
「身体は平気だが、魔力の余裕がない。しばらくは無理そうだ」
「しかし、隊長か。どおりで強いはずだ。あんなのが受験者じゃ無くて正直ホッとしたよ」
「俺達の試験は終わったんだろうな」
「あぁ、結果は分からんが…悔しいな…冒険者としてリスクの少ない所でそれなりに上手くやれるようになって、鍛錬を重ねる事が足りて無かった」
「次やる時は必ず勝とう。例え二人がかりでもな」
そう言ってカイルは笑った。
【人物紹介】
アッシュ・メイソン(ローランド):英雄ロックの実子。現在は義父ノックス・メイソンと実妹のフローラと暮らす魔法師見習い
ロック・ローランド:元勇者パーティの魔法師。パーティ解散後は王都にて守護魔法師団団長を務めた。スルードの災厄にて元凶と相打ちになり亡くなっている。
ノックス・メイソン:かつて王都守護魔法師団の副団長を務めた優秀な魔法剣士。アッシュ、フローラ兄妹の養父。新生守護魔法師団団長の任を受ける。
フローラ・メイソン(ローランド):英雄ロックの実子。家族の事を大事に思う心優しい女の子。
リナリア:ノックス・メイソンの妻。控えめな性格ながらも芯の強さを持つ女性。
マリー・ウィンスロー:守護魔法師団隊長。金髪の美少女で、魔法師の実力も別格。自分の目指したかった姿をアッシュに重ね、意識している。
アイリス・アシュレー:王都守護騎士団の団員。マリーとは大の仲良しで、元冒険者パーティを組んでいた。
オリバー:守護魔法師団副団長。ノックスとは再結成前からの同僚。
ヒース・ビアーズ:元冒険者。マリー・ウィンスローに憧れて守護魔法師団への入団を目指している。炎の魔剣士。
カイル:元冒険者。守護魔法師団入団を目指す風属性の魔法師。
クライヴ:Sランク冒険者で本来は一流の剣士。魔力は少ないもののコントロールに優れており、何かの目的があって魔法剣士として入団試験に混ざっている。
モーガン:守護魔法師団第二部隊隊長。土属性に優れた盾使い。普段は温厚だが怒らせると怖い。




