真贋
近衛隊の参戦後、硬直状態に近かった主戦場に少しづつ動きがみられ始めた。
理由はわからないがヘイムウェル軍の指揮官が戦場を離れている。こちら側もノックス団長が相手指揮官を追ったが、開戦当初から団長は居なかった為、良くも悪くも大きな影響は見られない。
一方、敵軍は少しづつ綻びが出始めていた。部隊を後退させるタイミングの遅れや、我々の勢いがある場所への援軍が送られて来ず被害が大きくなっている。そして何よりも……
「士気…と言うよりも、敵意が薄らいだな」
「クライヴ様!はい、当初はこちらへの恨みにも似た恐ろしい程の敵意を感じました。ですが、今はどこか戸惑いすら感じられます」
「このまま行けばチャンスがあるかもしれん」
「チャンス?ですか?」
「ああ、相手は人間だ。モンスターと違って話が出来る。必ずしも軍が全滅するまで戦おうという訳ではなかろう。自分達が優勢ならば聞かない言葉も、劣勢になれば話も変わる。後はそのタイミングと相手側の今の指揮官次第だ。タイミングを間違えば、相手は覚悟を決めた死兵として戦い続ける可能性もある」
「クライヴ様がそのタイミングを見て話す事は出来ないのですか?」
「国同士の争いに一冒険者が口を挟む訳にはいかん。相応の立場の者がこちらから立てば良いが……」
恐らくヘイムウェル軍は絶対的な指揮官の元に軍がまとまっていた。理由はわからないが、それが無くなり統率に乱れが生じたのだろう。
一方こちらは部隊毎の指揮官の権限が強く、ノックス・メイソンが不在ながらも何とか戦いを続ける事が出来た。しかし言い換えれば、この戦い全体の責任を負える程の者が不在とも取れる。
来るべきタイミングはそう遠くはない。
”巨石の飛礫”
巨大な岩を放ち、眼前で爆破させる事で複数の飛礫となって襲い掛かる。言わば単体向けの範囲魔法のようなもので、すべて避け切るのは難しく、広範囲に防御を広げなければならない。
”巨石の投擲”
巨石な岩を放つ中位の土属性魔法ではあるのだが、威力自体は十分高く、何より巨石の飛礫との見分けが付かないように似せて放って来る。
たった2つの魔法の使い分けだけでも、連続して使われる事で防戦一方に追い込まれている。魔法師イルミンの攻撃は多彩な上に、何より魔力の底が見えて来ない。威力の強弱はあるものの、僕と義父さんの2人がかりでも反撃の隙を与えない攻勢を続けて来る。
「所詮お前達もこの程度か」
強い……これほど連続で魔法を行使すれば、一時的な魔力枯渇感が出てもおかしくないのだが、一切それを感じない。この人の魔力の根源は一体……
「アッシュ、このままでは埒が明かない。強引にでも俺が奴の間合いに入る。出来る限りのフォローは任せたぞ」
まさかこれ程とはな。人同士の因縁に口を挟むつもりは無かったが、万が一ここでノックスとアッシュが敗れれば彼奴は大化けするかもしれん。手遅れになる前に手を貸すか……?!?!
何だと!馬鹿な!何故その場所を知る者がおる?いや、それ以上にどうやってあそこまで……一刻を争う事態だ。
「お嬢さん、確かリネアさんいったね?ワシは急用が出来たのでしばしこの場を離れる。出来る範囲でこの戦いの被害を防いでやって欲しい。そして、万が一あの二人が負けるような事があれば、君は全力でこの場を離れなさい。間違っても助けようなどとは思ってはいかん」
「ノーム様!?……はい、でも、私はあの二人が必ず勝つと信じています」
「ワシも信じておるさ。では、任せたぞ」
少し離れ過ぎておる……間に合うか……
「お前の剣では届かぬぞ」
「くっ……」
アッシュのフォローによって何とか間合いに入ろうとしたが、イルミンの盾生成魔法に阻まれて後一歩が届かない。これではまるで……
「ロックを思いだすか…?」
「ふざけるな!ロック団長はこの程度ではない!」
「ならば私に攻撃を当ててみろ」
「大爆発の刃」
その技も盾生成魔法に難なく防がれ、自ら起こした爆発によりイルミンと再び距離が置かれる。
「どうやら私が期待し過ぎていたようだな」
”大地の嘆き”
大地より隆起した土が多方面からノックス目掛けて襲い掛かる。
「全方位防御壁!」
これは……アッシュの防御魔法か……そういえばいつだったか、全身を球体の盾で守るという話をしたな。過去の会話を思い出し、少し笑みがこぼれる。
一時的ではあるが外部と切り離された事で、冷静になるのを感じる。何度も名前が飛び交い、その似せた戦い方から、自分自身が勝手にロック団長を意識し過ぎていた気がする。今戦っているのはイルミンだ。
俺はあの人から何を学んだ。何を語った……
「ノックス、君の攻撃はすごい。今は及ばないが、いつかアーウィンにも引けを取らない剣になるだろう」
「ありがとうございます!精進します」
「だが、君の攻撃を防げ無いかと言われると、実はそれほど難しくはない」
「それはロック団長の魔法がより優れているからでは無いのですか?」
「そうではないよ。君は自分と同格くらいの剣士と戦って勝った事はあるかい?」
「……同格では無いと思いますが、父には一度も勝てた事がありません。最前線には立たなくなってしばらく経つというのに……」
「はは、ロイドさん相手ではあまり参考にはならないけど、君の剣はその性格と同じく真面目過ぎるんだ。身体の動きも太刀筋も無駄が少ない。だからこそ読みやすい。君は魔法を乗せても、威力を上げる方向に利用するだろう?確かにそれで押し切れる事もあるだろうけど、受ける側としては対処し易いんだ」
「なるほど……だから父の手の平で転がされているような気がしていたんですね」
「あはは、余程ロイドさんに勝ちたいんだね。その真面目さは決して欠点ではない。だけど、そこに何を上乗せするのか、又、時にそれを逆手に取る。そうしたものが見えた時、また一段強くなれると思うよ」
「ありがとうございます!自分なりに探ってみます」
「ロイドさんに勝てた時は一緒にお祝いしよう」
「——————」
「これは君がやったのかアッシュ?益々ここで葬るには惜しいな」
「心配いりません。義父が貴方をここで止めます。だから貴方の野望は潰えます」
「口が減らんな。これだけの力の差を見てまだわからぬか」
「貴方の力の根源がやっとわかりました。僕達でそれを超えます」
「何を言い出すかと思えば、やれるものならやってみるが良い」
後はどうやって義父さんに伝え、行動するか。今までと同じ攻め方ではあの守りを抜けられない。
思考を巡らせながら全方位防御壁を解除する。
「惨めなものだな。守護龍などと呼ばれる男がアッシュに守られて命拾いするとは」
「義父さん……」
「いや、構わんさ。俺が望んで得た名誉でもない。俺は自分の守りたいものを守り通せればそれで良い」
「フンッ、揃いも揃って…では、精々守り通してみせるんだな!」
「アッシュ、一瞬で良い。気を引いてくれ」
先程までとは義父さんの様子が変わったのがわかる。ここで仕掛けるしか無い。
「煌めく星達よ その輝きを持って悪しき魂を打ち払え 多段流星飛来魔法」
僕が使える最大の攻撃魔法だ。魔法師イルミンの使う魔法に比べれば威力は落ちるが、手数と速度は無視出来ないはずだ。
アッシュの魔法に対して盾生成魔法で防ぐ動作をしたのを確認し、イルミンの視界から外れると共に後の魔法の為に魔力を込める。
そして、イルミンの死角から大爆発の刃で斬りかかる。が、盾生成魔法の同時展開により、これは先程と同じように防がれる。
想定通りの対応に、剣と盾の衝突によって発生した爆発のエネルギーを利用して上へと飛び上がる。
「悠久に燃え盛りし炎よ その姿を剣とし我に力を与えたまえ”炎精霊の剣”」
魔力の大半を注ぎ込み炎精霊の力で新たな剣を創造する。
「ついに炎精霊の力を使ったか!これを防げはお前は終わりだ!」
再びぶつかり合う剣と盾。先程とは比べ物にならない威力を誇る刃は、イルミンの創り出した盾を破るまでには至らない……
「イルミン、お前がロック団長じゃ無くて良かったよ。ロック団長ならこれすら防がれていた」
次の瞬間、ノックスは先程手放していた愛剣でイルミンの右腕を斬り落としていた。
「ぐあぁぁ……き、貴様ぁ……」
「お前なら、俺がどれだけ動き回ろうが魔力を探知して俺の位置を把握していると思っていた。だから、炎精霊の力を使う事で自分の魔力を大きく減らし、剣に込めた。そして、それに対抗する為にお前が最高の盾を創り出した時、俺はその剣を手放した」
「お前に説明されずともわかっておるわ!たかが腕一本で勝ったつもりか!」
「いえ、貴方はもう戦えません」
「何をほざくか小僧が!ぐがあぁぁ……」
「魔法は時に理論では説明出来ない人智を超えた力を持ちます。恐らく貴方は、家族を救えなかった後悔からロック・ローランドに強い恨みを持ちましたが、真実を知る事でその思いは再び憧れへと変わった。それでも家族を亡くした悲しみは消える訳では無い。いつしかその憧れは自分にロック程の力があればという考えに形を代えた。その長きに渡る強い思いを義父ノックスに宣言した事をきっかけに、自己暗示のようなものとして、まるで貴方の目指すロックに近付くように魔力を押し上げ続けた」
「それでロック団長と見間違う程に研ぎ澄まされていったのか……」
「はい、義父さんとの戦いでより自信を深め、自分がロックになると創造した事で、いつしか自らの限界値を超えていった。だけど、どれだけこの方が優秀な魔法師でも、人はあれ程魔力を行使し続けていれば一時的な魔力欠乏に陥る。先程の義父さんの一撃で、自分がロックでは無いと自覚してしまった事で魔法は効力を失った……反動がどれくらいかはわかりませんが、すぐに魔法を使う事は出来ないでしょう」
「黙れ!俺はロックだ!ロックになるのだ!」
「いい加減その名を叫ぶのを止めて貰えないかね」
不意に一筋の風が通り過ぎる。高熱を帯びたその風は、何故か酷く寒気を感じさせる。
「シャドー、貴様何故ここに居る?軍の指揮はどうした!」
「あんなもの、もうどうなろうと構わないさ。私の目的は既に果たせた」
「ふざけるなっ!お前の目的な……ぐはっ……」
それはイルミンの腹部に黒炎を纏った腕を突き刺しながら話し続ける。
「あまり興奮するなイルミン。傷に障るぞ?」
「き…貴様……本当にシャドー……なのか…?」
「イルミン、お前には本当に感謝しているのだ。お前が派手に動いてくれたおかげで、邪魔だったノームがようやく動いた。改めて自己紹介しておこう。元魔王軍六大軍団長のスルードだ。名前くらいは知っておろう?」
「ば…ばかな……お前はロック団長に倒され……かはっ……」
「イルミン、いい加減学んでくれ。私の嫌いな名を口にするな……だが、せめてもの礼に教えてやろう。あの男は私の想像を越えていた。あのまま戦い続ければ、お前の言う通り、私は消滅していたかもしれん。だが、何故かあの男は決着を急いでいた。わざと私の攻撃を受け止め、掴んだ腕ごと球体を創り出し封印したのだ。すぐに悟ったよ、ここからは出られないと。焦った私はあの男に刺した手に全力を込めた。そして切り落とされたのだ。本来ならば朽ちるだけの我が手だが、魔王様の奇跡か、我が意識の一部が残り、何とか形を維持した。そこからは屈辱の日々だ!失った魔力を取り戻す為、獲物を狩り、地道に魔力を蓄えた。ようやくお前達人型に化ける魔力を取り戻した時、出会ったのが憎悪で魂が黒く染まったお前だよイルミン」
「……く……そ……俺は…仇に……」
「まあ良いでは無いか。最期はお前が望み続けたあの男に成りかけたのだ本望だろう。私が同じようにトドメを刺してやる」
理由を考えるより前に動いていた。スルードが振り下ろした腕は、僕の盾生成魔法で動きを止める。
「なんのつもりだ?」
「理由など、どうでも良い。お前は僕が止める」
「………………」
「お前如きに出来るのか?」
「くっ……」
義父さんは魔力が尽きかけている。僕が何とかするしかない……
「…今は退けアッシュ!大地の嘆き」
魔力が尽きていたはずのイルミンから微かな光が漏れ、魔法を発動する。
地面から隆起した無数の土の塊がスルード目掛けて襲い掛かるが、そのすべてが躱し尽くされる。
「ノックス………俺は…お前と……」
スルードは何かを確認するような素振りを見せながら
「ふむ、まあ良いわ。イルミンに免じて今日は退いておこう。再び私が訪れる事に恐怖しながら過ごすが良い。お前に預けたこれは持っていくぞ。これは魔王様からの頂き物だ」
そう言い、イルミンが腕に付けていた腕輪を拾い上げると、スルードは飛び去って行った。
【人物紹介】
アッシュ・メイソン(ローランド):英雄ロックの実子。実父に憧れて魔法師として日々修練に励んでいる。
ロック・ローランド:元勇者パーティの魔法師。パーティ解散後は王都にて守護魔法師団団長を務めた。スルードの災厄にて元凶を封印したが、10年の時を経て封印は破られてしまう。
ノックス・メイソン:かつてロックの部下として王都守護魔法師団の副団長を務めた優秀な魔法剣士。アッシュ、フローラ兄妹の養父。新生守護魔法師団団長を務める。
フローラ・メイソン(ローランド):英雄ロックの実子。家族の事を大事に思う心優しい女の子。
リナリア:ノックス・メイソンの妻。控えめな性格ながらも芯の強さを持つ女性。
マリー・ウィンスロー:守護魔法師団隊長。金髪の美少女で、魔法師の実力も別格。自分の目指したかった姿をアッシュに重ね、意識している。
アイリス・アシュレー:王都守護騎士団の団員。マリーとは大の仲良しで、元冒険者パーティを組んでいた。
リネア・ハーネス:守護魔法師団第七部隊に所属する風属性魔法師。マリー、アイリスとは元冒険者パーティを組んでいた。
ヒース・ビアーズ:元冒険者。マリー・ウィンスローに憧れて守護魔法師団へ入団さかた炎属性の魔剣士。
チェリル:第七部隊の賑やか担当魔法師。実は高い魔力を有しており、影で努力を怠らない。
クライヴ:Sランク冒険者で一流の剣士でありながら、冒険者パーティを率いるリーダーも務める。
オリバー:守護魔法師団副団長。ノックスとは再結成前からの同僚。
モーガン:守護魔法師団第二部隊隊長。土属性の優れた盾使い。
ヴェルナー:公爵位の貴族。過去にロックとの因縁があり、守護魔法師団を毛嫌いしているが、国を思う気持ちは誰よりも強い。
ニコラス・ゴードウィン:伯爵位の貴族。ノックスの父から剣技を学んだ過去があり、ノックスとは古くから付き合いがある。
マーカス・ゴードウィン:ニコラスの弟。兄を尊敬し、その手足となって活動を支えている。
イルミン:シャドーを名乗っていた一人。前身の守護魔法師団に所属した魔法師。スルードの災厄で妻と子を失い、憧れたロックにすら恨みを持つも、真実を知ることでその恨みは王都とそこに暮らす人々すべてに向けられた。
スルード:ロックに討たれたと思われていたが、奇跡的に生き残り、自身の本体を封印から解く機会を伺って暗躍していた。




